めざめよ
「今度はごまかさない。ちゃんと聞かせてもらうから」
エレノアの決意に満ちた瞳。
エルフの森で先生と婚約云々の話になった時、確かにお茶を濁したことがあったな。エレノアが話を打ち切った感じのやつ。
あの時は助かったと思っていたが、なんのことはない。問題の先送りにしかなっていなかったんだ。
いや、わかっていたさ。
美女達に囲まれ、複数人と関係を持っていながら、中途半端な回答は許されない。
異世界に転生した物語の中で、多くの主人公がなし崩し的にハーレムを作ったりしているが、現実でそんなことはありえない。
俺は確かに異世界に来たが、紛うことなき現実に生きている。
「ロートス。あなた、本当は誰が一番好きなの?」
エレノアの瞳が不安に揺らぐ。
こいつは俺と同じく現代日本からやってきた転生者だ。そうでなくとも、王国では一夫一妻制の観念が常識だ。いや、そこまで大げさではない。一途に一人を愛するというのが美徳なのはどんな世の中でも同じだろう。
だけどな。
事ここに至っては、俺も腹を括るしかない。
「俺は」
唾を飲み込む。
「正直に言うぞ。言い訳はしないからな」
「早く言いなさいよ」
そう焦るなって。
深呼吸。
「俺は、みんなが好きだ。みんなを愛してる」
「それって、仲間として? それとも家族として?」
「異性としてだ」
この答えは予想できていたのだろう。エレノアの表情に変化はない。
「じゃあ、誰が一番なの?」
「順番はつけない」
「なにそれ? みんなを平等に愛します、とでも言うつもり? そんなの認めないわ」
「そう言うと思った。だけど俺は愛する人に順番をつけたくない。正妻とか側室とかの地位に序列はあるだろうけど、感情の強さに順序をつけるっておかしいだろ」
「屁理屈こねてるけど、それってただ単にたくさんの女を侍らせたいってだけでしょ」
「そうだ」
「……あっきれた。あなた、自分がどれほど最低なことを言ってるかわかってる?」
「言ったろ。言い訳はしない。俺は自分の欲望のままを口にしてる」
エレノアの溜息。
「ある意味、潔いってところかしらね。けど」
俺の胸倉を掴み、額を額に押し付けてくるエレノア。
「私だって生半可な覚悟で聞いてるんじゃないの。誰が一番かはっきりするまで、ずっとこのままよ」
驚いたな。
いや、誰が一番とか、はっきりさせるとかより以前に、今の俺の話を聞いて気持ちが冷めないのが不思議だ。
愛想を尽かされて離れていくかもしれないと思っていたから。
「そこまで一番にこだわるなら、俺なりの考えを話そう。だけどな、絶対気を悪くするぞ。賭けてもいい」
「いいから。最初からそうしなさいよ。で、誰なの?」
だから慌てるなって。
「それはな……その時々によって変わる、としか言えない」
「……はぁ?」
ようやくエレノアに怒気が生まれた。
わかってる。我ながら筋の通らないことを言ってるよな。
「その日の気分だったり、しばらく会ってなかったり、二人きりになってたり、逆にケンカしたり、落ち込んでたり傷ついてたり。自分の状態と相手の状態で、ころころ変わると思う」
「なによそれ。気分によって愛の重さが変わるなんて。女は食べ物じゃないのよ」
「けど感情は生ものだ。その時々によって移り変わるもんだろ」
「それじゃあ獣と一緒じゃないの。愛っていうのは誓うものでしょう? 感情が移り変わっても揺るがない。そういうものなんじゃないの?」
「だったら、みんなを平等に愛すると誓うのもアリだろ?」
「ナシよそんなの」
話は平行線だ。
俺は自分のクズ発言を自覚しているから、あまり強くは出られない。
いつかエレノアに言われたなぁ。意気地なしって。
どこまでいっても、中途半端な男だよ俺は。
エレノアは、強いまなざしをじっと俺に向けている。
一歩も退く気はないと気迫を感じるぞ。
俺はというと、進退窮まった。俺なりに正直に話したつもりだったが、これは失敗だったらしい。
そりゃそうだよなぁ。
ただのダメ男発言だもんな。
今の俺は、ヒーモよりもダメ男かもしれない。
「あの……ご主人様」
その声は、脇のベッドから聞こえてきた。
「そういう時は嘘でもその場しのぎでもいいから、お前が一番だって言わなきゃダメですよ。女は言葉を待ってるんです。ほんと、女心わかってないですよね。『無職』だし」
久々に聞いた声。
だけどもそれは、感動の再会とはほど遠いやつだった。




