二人の女神
〈何をしに現れた……? ここはお前が来るところではない〉
女神像の瞳が光る。
「んー? 何ってそりゃ決まってるでしょ。おねーちゃんを助けに来たんだよ」
〈復活の手助けをしてくれると? 相変わらず嘘が好きだな〉
「えへへ」
エンディオーネが手を振り上げる。
散らばった大鎌の破片が、まるで巻き戻しのように集合し、再び大鎌の姿を取り戻す。それはエンディーネの手の中に収まった。
「死は救済をもたらすんだよ。ね?」
にこりとした笑みにぞっとする。
エンディオーネは、死神でも神族でもない。
こいつはれっきとした世界の女神。ファルトゥールの実の妹なんだ。
俺とエレノアは女神同士の対峙に気圧され、じりじりと後退る。
〈救済とは笑わせる。おためごかしの強欲者め〉
「ぶーっ。ひっどい物言いだなぁ」
〈自分のやったことを思い出してから言うのだな〉
「えー? あたし何かやっちゃったかなー?」
〈我が召喚した御子をすり替えただろう。あまつさえ因子を二つに分割し隠蔽するとはな。計画が失敗したように偽装するとは、お前の好みそうなことだ〉
「あはは。やるねぇ。そこまでわかっちゃったんだ」
因子を二つに分割?
本来エレノアに宿るはずだったアルバレス因子を、俺にも分けたってことだろうけど。
ということは。
「おいエンディオーネ」
俺は静かな怒りを覚え、小さな背中に声をぶつける。
「お前。あっちの世界で俺を殺した時、間違えたって言ったよな? あれは、嘘だったのかよ」
「そーだよ」
振り返りもしやがらねぇ。
「ぜーんぶあたしの思惑通り。まぁ誰でもよかったんだよ。たまたまキミが目立ってたから選んだだけ」
「てめぇ」
「しょーがないじゃーん。おねーちゃんの計画通りその子に因子が宿ってたら、今頃おねーちゃん復活しちゃっているよ。あのドルイドの女の子の身体に乗り移ってね」
悔しいが、たしかにそうだ。
女神ファルトゥールは裏からヘッケラー機関を操り、プロジェクト・アルバレスでエストを消し去り、プロジェクト・サラでこの世に再び降臨しようとした。
その計画を狂わせたのが、エンディオーネが送り込んだ俺の存在だった。
「あたしはねロートスくん。狂っちゃったおねーちゃんを助けたいんだよ。古代人に封印されてから、おねーちゃんは妄執に囚われちゃった。このまま復活しても、世界に仇なす邪神になっちゃうんだ」
〈ふざけたことを。お前の嘘にはうんざりだ。妄執に憑りつかれているのはお前の方ではないか〉
どっちが正しいなんてどうでもいい。
なんてこった。
「俺たちは、人間は結局……女神同士の争いに利用されてただけってわけか」
「ロートス……」
エレノアが俺の手を握る。
大丈夫だ。俺はもう見失わない。
自分の使命を。
「世界の真実とやらをいくつも耳にしてきたけどよ。なんにしたって、やることは変わらないんだ」
エンディオーネがファルトゥールを殺してくれるんってんなら渡りに船だろう。それでサラのことは解決するんだからな。
「エンディオーネ」
「んー?」
「お前のことを信用するわけじゃない。だが利用はさせてもらう」
「いーよ! まっかせてー! 時間はかかりそうだけど」
大鎌を振り上げるエンディオーネ。
〈愚かな……我はこの世界の創造神。この世界に存在する以上、何物も我に触れることはできぬ〉
「古代人ごときに封印されておいてなーに言っちゃってんだか」
神々の戦いが始まろうとしている。
ここにいたら巻き込まれないか? 今更ながら不安になってきた。
と思っていたら。
「ロートスくん。あたしもキミを利用させてね。今のうちに、エストを消滅させておいてよ」
おつかいでも頼むような気軽さだ。
「どうやって? 神族はみんな死んだぞ」
「ルーちゃんならわかるはず。じゃ、頼んだよ」
ルーチェが?
そして、俺とエレノアの身体が光に包まれる。
「おい、もっと詳しく――」
次の瞬間、俺の視界は真っ白に染まった。




