一枚岩じゃない
路地裏には少年少女達が倒れ伏している。
そこに、軽やかな拍手が乾いた響きをもたらした。
「流石はロートス・アルバレス。その従者。素晴らしいお手並みだ」
俺達の背後から聞こえたのは、活力ある青年の声。
「やっぱり若さっていいわよねー。勢いがあるし、怖いもの無しっていうか」
「何言ってんだ。俺らだって十分若いじゃねぇか。少なくとも心は十代だぜ」
次いで聞こえたのは、色っぽい女の声と太い男の声。
新手か? 振り返って確認すると、上級冒険者らしき三人がこちらに歩み寄ってきていた。今朝、総督府での会合では見なかった顔ぶれだ。
すぐさまアイリスが俺の前に立つ。
「マスター。下がってください」
いつになく、真剣な声。
どうやら相当な実力者らしい。アイリスの佇まいから余裕が消え去った。
「おっと。待った待った。俺達は敵じゃない」
青年が両手を挙げる。
「ほら、憶えてないか? 君がハナクイ竜を狩った時に応援に行ったパーティだ。俺達が行った時にはもう終わっていたけどね」
ああ、そういえば。
かなりうろ覚えではあるけど、たしかにこの三人だったような気がする。
「そうそう。あたしらに敵意はないわよ」
「むしろ仲間意識しかないぜ。なんたって、あのクソ親父をギルドからたたき出してくれたんだからな」
ふむ。これは一体どういうことだろう。
アイリスはまだ警戒を解かない。
「あんた達のことは憶えてる。聞きたいんだけど、仲間意識ってのは? それにクソ親父ってのは、ギルド長のことだよな?」
俺の質問に答えたのは、筋肉もりもりの屈強な男だった。
「そうかそうか。おめぇは新人だったよな。じゃあギルドの内情もあんまり分かってねぇのか」
「ギルドも一枚岩じゃない。数えきれないほどの冒険者を抱えているんだ。自然と派閥というものが出来上がる」
青年がその言葉を継いだ。
「派閥ね。ギルドには軍から依頼がいってるんだろ? 俺を捕まえろってさ。あんた達はそれに反対するのか」
「その通り。俺達は以前までのギルドの体質を快く思っていなかった。改善のためにいろいろ動いてはいたんだが、どうにも尻尾を掴ませてくれなくてね。そんな時に、あの事件が起こったのさ」
「おめぇがギルドで大暴れしてくれたおかげで、ギルドの運営を根っこから見直すことになった。感謝するぜぇ。俺達A級が長らくできなかったことを、新人のおめぇが簡単にやっちまった。これはすごいことだぜ」
まぁ、称賛はありがたく受け取っておこう。
「今だって、その子たちの襲撃からあなたを守ろうとしてたのよぉ? 必要なかったみたいだけど」
魔法使い然とした女は、蠱惑的な笑みでアイリスを見る。
「俺達は君を応援してるんだ。ロートスくん」
「応援?」
「ああ。俺達も戦争には反対だ。戦えと言われれば戦うがね。それでも平和の方がずっといい。それは君と同じだよ」
「あなたが大将軍の前で啖呵を切ったって、あたしらの界隈ではもっぱらの噂よ?」
「大した度胸だぜ。まだ若ぇのによ」
なるほどなるほど。
だんだん話が読めてきた。
これは嬉しい誤算だ。冒険者にも俺の味方をしてくれる人達がいるなんて。
というか、もはや目立つことに忌避感を覚えなくなってきたな。慣れって怖い。
「冒険者ギルドの方は、俺達で抑えさせてもらうよ。君への襲撃や嫌がらせなんかがないようにね。なに、これでも俺達は名の通ったパーティなんだ。『トリニティ』っていうんだが……まぁ君は知らないか」
「冒険者達はもう気にしなくていいってことか? でも、それじゃあ軍からなんか文句を言われるんじゃ」
「心配無用よ? あたしらは軍にもコネがあるから」
「マジすか」
これが本当なら、とても助かる話だ。懸念が一つ消え去る。
「じゃあ、お願いしようかな。アイリス、いつまで身構えてんだ。もういいぞ」
この人たちは信用できそうだ。
「かしこまりました」
アイリスが構えを解く。
「それじゃあ。早速動くことにするよ。君が目的を果たせることを切に願っている」
「じゃあね坊や」
「頑張れよ!」
そう言って『トリニティ』の面々は立ち去った。
「なんか、よかったな」
冒険者ギルドでの騒動が、結果的に俺自身を助けてくれている。
家を燃やされたことも無駄じゃなかったってことだな。
納得がいかないのは、ギルドでの戦果がすべて俺のものになっていることだ。アイリスとヒーモしか活躍してないんだけどな。アイリスは俺の従者だから百歩譲るとしても、ヒーモの頑張りも認知してあげてほしい。
まぁいっか。ヒーモだし。




