無人と化した村
息巻いてカード村に戻った俺が見たのは、人っ子一人いない閑散とした風景だった。
「あれ?」
誰もいないだと?
どういうことだ。ついさっきまでアイリスと戦ってた軍がいたじゃないか。
ついさっきと言っても、数時間は経過しているが。
「……どうなってんだ」
思わず独り言が漏れてしまう。
ガウマン侯爵に直談判するつもりで来たのに、これじゃ拍子抜けもいいとこだ。
呆然と立ち尽くしていると、足下に小動物らしき物体が現れる。
「ラットマウス?」
まさか。
「アイリスかっ」
名を呼ぶと、ラットマウスは光を放ち、その姿を変化させる。
光が収まった時、目の前に立っていたのは紛れもないアイリスであった。
「マスター。ああ、よかった。ご無事で何よりですわ」
ふわりと抱きしめられる。アイリスの豊かなおっぱいが俺の首元あたりに押し付けられた。最高やな。
けど、今はそれどころじゃない。
名残惜しく体を離し、眉尻を下げるアイリスを見つめる。
「一体どうなってる? 軍はどこにいったんだ」
「ガウマン侯爵の軍は、この村を放棄し、アインアッカ村に向かったと聞きましたわ」
「なんだって?」
アインアッカ村に?
「カード村を襲撃しようとしていた亜人軍ですが、どうやらあれは囮だったらしいのです。本命の主力軍はアインアッカ村に布陣して、ガウマン侯爵を後方から攻めるつもりだとか……ですから、私もそれ以上は戦いをやめて、隠れることにしたのですわ」
「待て待て、整理する」
アインアッカ村はヘッケラー機関の息のかかった村だ。亜人連合の背後には帝国と機関がいることを考えると、最初からカード村じゃなくてアインアッカ村を本拠地にするつもりだったのかもしれない。
となると、ガウマン軍は転進してアインアッカ村を攻めることになるのか。
「エレノアとマホさんを見たか?」
「ええ。見ましたわ。彼女達もガウマン侯爵と共にアインアッカ村へ向かったようですわね」
「ふむ」
エレノアが一緒にいるなら、アインアッカ村を攻撃するようなことにはならないか。
いや、一学徒兵の意見が侯爵に通るとも思えん。甘い考えは捨てよう。
「アインアッカ村は俺の生まれ故郷だ。放っておくわけにはいかない」
両親もいるんだ。死なれちゃ流石に辛い。
「アイリス、急ぐぞ」
「かしこまりましたわ」
俺はとにかく走った。アインアッカ村まではそんなに遠くない。
くそ。想像できなかったわけじゃないが、まさかこうも早くアインアッカ村が巻き込まれるとはな。もしかしたら既に戦場になっているかもしれない。
必死の思いでアインアッカ村に到着した時、そこにあったのは、夥しい数の死体であった。




