着信アリ
しばらくすると、アイリスとガウマン軍との間で戦闘が始まった。
アイリスはこの地方でよく出没するモンスター、ラットマウスに化けている。ラットマウスといえば世界中のモンスターの中でも最弱の一角を担うザコモンスターだ。転生前の世界で言うなら、まさにモルモットみたいな感じ。だがアイリスが変化しているとなれば話は別だ。
ガウマン軍は、たった一匹のラットマウスに苦戦を強いられるだろう。
「今のうちに行くっす」
アイリスが軍を引きつけてくれているうちに、俺達はカード村の脇をこっそりと駆け抜ける。
このままいけば、難なくカード村を通過できるだろう。
ところがだ。
「ん? 先輩から着信っす」
ウィッキーがそんなことを呟いた。
「こんな時にか?」
「後でいいんじゃないかな? 今は早くこの村を抜けないと」
努めて冷静に言うルーチェ。
「そうっすね。後でかけ直すっす」
ウィッキーもそれに同意のようだ。
たしかに今は一刻も早く村を通り過ぎるべきだ。アイリスが引きつけてくれているとはいえ、俺達が見つからないとも限らない。
いや、待てよ。
そんなことくらいアデライト先生も承知のはず。それなのに念話灯を使ってるってことは、緊急の連絡なんじゃないか。
俺は前を歩くウィッキーの肩に手を置く。
「ウィッキー。やっぱり出てくれ」
「へ?」
「たぶん、その方がいい」
皆の視線が俺に集まる。
俺は真剣な顔でゆっくりと頷いた。
「わかったっす。ロートスがそう言うなら」
ウィッキーが念話灯を取り出し、耳に当てる。
「もしもし。はいっす。え……ロートスに?」
二、三言交わしてから、ウィッキーは念話灯を俺に渡してきた。
「先輩がロートスにかわってほしいって言ってるっす」
「俺か」
やはり何かあったようだ。
俺は念話灯を受け取る。
「先生?」
『ロートスさん。すみません、大変な時に』
「いえ。何か問題が?」
『はい。手短にお伝えします』
先生の声はいたって真面目である。
一体なにが。
『カード村に派遣されたガウマン侯爵の軍に、援軍が送られたようです』
「援軍?」
『先日お話しした、学園生の派兵です』
おいおい。まじか。
このタイミングでその話が出てくるってことは。
「もしかして、エレノアが?」
『……はい』
なんてこった。
ふざけんなよ。
エレノアが戦争に駆り出されるなんて。
『エレノアちゃんは、共に派兵された学園生と一緒に、そろそろカード村に到着する頃のはずです。これだけは、あなたに伝えておかなければならないと思って』
「ええ。ありがとうございます、先生」




