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マクロな話

 貴族寮に向かう頃、すでに空は夕焼けに染まっていた。

 隣を歩くシーラのお腹から、間の抜けた音が聞こえてくる。


「……申し訳ありません」


 顔が赤いのは夕陽のせいではないだろう。


「ヒーモのところに行ったら飯を集ろう。しばらくろくに食事もとってなかったもんな」


「はい……」


 学内には連休中の生徒達の姿がちらほらと見える。帰郷していない奴の方が多そうだ。

 というか俺自身、魔法学園に入ったはいいものの、学園生活を謳歌できているとは言い難い。それ以外の問題が山積みで、てんやわんやだからな。

 いずれこの学園で目立たずゆったりスローライフを送れる日が来るのだろうか。切に願うぜ。


 広いキャンパスを進むと、貴族寮が見えてくる。


 しかし、あれだな。

 気まずいな。

 シーラは俺の従者となったわけだが、それほど言葉を交わしたわけでもないし、お互いのことをわかっている風もない。いや、シーラの俺のことをよく知っているみたいだが、俺はよく知らないのだ。


「シーラはさ」


「はっ」


「サラと仲がよかったんだよな」


「……表向きは」


 んん。表向きとは。


「当時あたしは一研究員としてマルデヒット族を対象にスキル付与の実験を行っておりました。実験対象と親しくしていたのは、あくまで研究を円滑にするための努力の一環に過ぎません」


「あー」


 俺はなんとも言えなかった。

 シーラの言うことも理解はできる。しかし、真実は無情だ。


「親しいフリをしていただけってか?」


「愛着が湧かないわけではありませんでしたが」


「友人ってわけでもなかったと」


「……はい」


 サラには伝えられないな。


「あいつは、お前のことを随分慕っているようだった。ウィッキーの件で、それがよくわかった。だから、できるならあいつの思うままを真実にしておいてやりたい」


「主様が仰るなら、あたしはそのように振る舞います」


「いや……そういう意味の無理をする必要はない。親しくしていたのは努力の一環だったと言ったが、それが研究のためから人のために変わるだけだ」


「人の、ですか」


「ああ。サラと仲良くすることは、シーラ、お前のためになる。サラだけじゃない、ウィッキーやセレンや、他のみんなとも仲良くするといいぞ」


「交友を広げろということでしょうか?」


「そうだな。そういうことだ。人生ってのは人と関わることで豊かになる。大事なのはその関わり方なんだが……そうだな、何のために、って部分を忘れちゃならない」


「それが、人のため……?」


「自分のため、そして相手のためだ」


 シーラはプラチナのポニーテールを弄り、紅の目を泳がせる。


「難しく考える必要はない。これからサラと仲良くなればいいんだ。今度は、本心からな。あいつもきっとそれを望むだろうって」


「……わかりました。仰せのままに」


 シーラは生真面目な表情を少しだけ緩ませ、ほのかな微笑を浮かべていた。


「そのためには、まずサラを探し出さなければなりませんね」


「ああ。そういうこった」


 俺がこういう話をするのも、サラとシーラのためになればと思っているからだ。


 そんなこんなで貴族寮に辿り着いた俺達を待っていたのは、えらく神妙な面持ちをしたヒーモであった。


「お、どうした? やけに似合わない表情だな」


 ヒーモの部屋には相変わらずメイドがたくさん侍っている。さて、こやつらは人間かモンスターか。


「ロートス。キミの従者、たしかサラとかいったね」


「そうだが……何かあったのか」


 この場にはにわかにひりついた雰囲気が訪れる。

 ソファに腰かけたヒーモは、細い腕を組み、いつになく真剣な声色で言葉を紡いだ。


「これは国王陛下より一部の貴族だけに降りてきた情報なんだが……」


 国王から?


「それがサラとどう関係が?」


「分かってると思うが、他言は無用だ」


 俺は頷く。

 ヒーモは深呼吸を一つ、重大なことを口にした。


「亜人どもが結託し、王国に反旗を翻した。組織された軍隊は、亜人同盟と名付けられている。そしてその盟主が、マルデヒット族のサラと名乗っているんだ」


「なんだと?」


「……ロートス。戦争が、始まるぞ」


 なにがなんだかわからない。

 一体、どういうことなんだ。

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