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ギルド、陥落

 ギルド長を見れば、大階段の上で腰を抜かしていた。皴だらけの顔には脂汗が浮かび、焦りと恐怖に震えているようだ。


「頼みの綱のS級も役に立たなかったな」


 俺は早足で階段を上り、ギルド長の胸倉をつかみ上げた。


「ぐあぁっ」


「情けねぇ声出すんじゃねーよジジィのくせに」


「このガキが……ワシに楯突くとは……!」


「おう。そっちの方がやりやすいぜ」


 俺はギルド長の顔面を、思いっきりぶん殴る。

 ルージュには効かなかったパンチも、か弱い老人には効果覿面だ。

 ギルド長は苦悶の声を漏らして床に転がった。


「サラとルーチェはどこだ」


「だから知らんと言ってるじゃろうが!」


「俺も鬼じゃねぇ。殴るのは一発だけにしといてやるつもりだ。俺の気が変わる前に質問に答えろ」


「ほ、本当に知らないんだ! たのむ! やめてくれ!」


「ふーん。まぁ言いたくないならいいけどさ」


 俺は足元に落ちていた鉄の棒を拾い上げると、ギルド長の頭部を狙って大きく振りかぶった。


「待て! 待て! あのハーフエルフからはもう手を引く! 干渉しない! だから――」


「なに当たり前のこと言ってんだ」


 俺は渾身の力をこめ、ギルド長の脳天に棒を振り下ろそうとする。


「ひぃっ!」


 だが。身体が動かない。俺の腕に絡みついたアイリスが、俺の動きを阻んでいる。

 アイリスはぷるぷると震えている。喋らずともわかる。そこまでやる必要はないと、俺を諫めてくれているんだろう。


「……わかってるよ」


 確かに、これを振り下ろせば殺しかねない。現代日本的な感覚を捨てられない俺からすれば、流石にそれはやばいだろう。冒険者達をアイリスに殺させておいて、こんなことを言うのも卑怯かもしれないが。


 棒を放り捨て、大きく息を吐く。


「なんとかなったようじゃの」


 いつの間にかアカネが隣に立っている。のじゃロリモードに戻ったアカネは、俺の背中をたんと叩き、幼い顔に似合わない妖艶な笑みを浮かべる。


「どうじゃ? わらわの機転。なかなか役に立ったじゃろう」


「ああ。この上なくな」


「ぬはは。そうじゃろそうじゃろ」


 ひとしきり笑ったアカネは、スライムとなったアイリスを見て、次いでそこら中に倒れた冒険者達を見渡した。


「しかし、甘いのぅおぬしらは。だーれも死んでおらん。殺さずの誓いでも立てておるのか?」


 なんだって?

 死人が出ていないってのか。


 俺はたしかに殺せといった。その時の勢いもあったが、あれは紛れもなくあの時の本心だった。

 アイリスが俺の肩の上でぷるぷると震える。


 そうか。


 俺の潜在的な良心さえ汲み取って、殺さずにおいてくれたのか。

 まじでできる子だな。

 まさに、理想的な従者だ。


「貴様ら……ギルドをどうするつもりだ」


 ギルド長が慄いた声でそんなことを言う。


「ギルドなんてどうでもいいんだよ。サラとルーチェの居場所を教えろっつってんだろ」


「だからそれは……なんのことかわからん!」


 この期に及んでしらばっくれるつもりかよ。


「待つのじゃロートス。こやつ、本当に知らんようじゃ」


「わかるのか」


「わかる。永く生きておると人の心の機微を読めるようになってくる。どうやら、サラとルーチェが消えたのは、ギルドの仕業ではないようじゃの」


 なんてこった。

 だったら尚更、早く手を打たねぇと。

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