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お前が来るんかい

「なんやねん。そのしょぼいパンチは」


 ルージュは鼻で笑う。

 ああ、くそ。

 クリティカルヒットした俺の一撃は、ほとんどダメージになっていなかった。


「死ねや!」


 石突で俺の頭をぶん殴るルージュだが、もちろん効かない。アイリスが守っている。

 俺はバックステップで距離を取り、手首を振る。


「いてて」


「そないなパンチやったら、虫も殺せへんで」


「ああ、そうだろうな」


 普通に考えて、ただの十三歳少年のパンチが、戦闘のプロであるS級冒険者に効くわけがないのだ。こればっかりはスキルがあるとかないとか以前の問題である。


「ジリ貧だな」


 周囲には倒れた冒険者達の武器が転がっているが、それを拾ったところで何の意味もないだろう。俺に武器の心得はない。

 お互いに攻撃が効かない。そういう硬直状態に陥ったのだ。


「なるほどなるほど。だんだん話読めてきたわ。わてのスキルを盗みよったな?」


「……どうだかな」


 流石はS級冒険者。すぐに見抜くとはやるじゃねぇか。


「はーしょうもな。そんなん戦いにならへんやん」


「そういうことだ。だからもう帰ったらどうだ?」


「そういうわけにもいかんのが冒険者のつらいところやなぁ。ギルド長のじっちゃんにようさんお金積まれてしもうたから、やるしかないんや」


「同情はしてやれねぇな」


 しかし、本当にここからどうするか。

 俺は背後を一瞥する。


 アカネとセレンは無事逃げてくれたようだ。もうここにはいない。

 そう思って安心する俺の耳に届いたのは、場違いに響く愉快気な声だった。


「ロートスよ! この吾輩が来てやったぞ!」


「は?」


 おいおい、冗談だろ。

 ヒーモの野郎が、大勢のメイドを引き連れ、ギルドのエントランスにずかずかと足を踏み入れていた。


「んおっ。なんだこの有様は……死屍累々とはまさにこの事じゃないか。それになんだ、キミのその恰好は」


 驚いている場合じゃねぇぞ。


「ヒーモ、なにしに来やがった!」


「知れたこと。あのクソガキからキミが窮地に陥っていると聞いてね。こうして駆けつけたんだよ。いやぁ、まさかこの吾輩が冒険者ギルドみたいな肥溜めにも劣る組織の本拠地に立ち入ることになろうとはね。人生とは、わからないものだ」


 ギルドの評価に関しては同意だけど、お前が来たところで何が変わるってんだ。


「いますぐ帰れ。お前は役に立たねぇよ。敵はS級冒険者だぞ」


 俺の忠告に、ヒーモは尊大な笑いをあげる。


「友の窮地を無視することは、王国貴族として恥ずべき行為。吾輩とて、ダーメンズ家の面汚しにはなりたくないのでね。全力で助太刀させてもらうよ」


 なんてこった。

 かっこいいじゃねーか、ヒーモのくせによ。


「ええなぁ。美しい友情や。そういうの、素敵やん? せやけどなぁ」


 それまでどこか余裕を帯びていたルージュの表情が、途端に憤怒に満ちたものに変貌する。


「わては貴族っちゅーんが大嫌いやねん。ホンマ、ぶち殺してやりたいと常日頃から思うてたんや!」


 ルージュの矛先は、ヒーモへと向けられた。

 いかんぞ。あいつは大勢のメイドを連れているが、女の攻撃は通用しない。


 どうするってんだ。

 ルージュが凄まじい速度でヒーモに迫る。


「これだから下賤の冒険者風情は」


 ヒーモが手をかざすと、周囲のメイド部隊が一斉に動き出す。


「死ねやボンボンがぁっ!」


「知恵が足りないぞ。我がしもべ達の餌食となりたまえよ」


 十数のメイドが、一挙にルージュへと飛びかかった。

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