意外な一面
アイリスとセレンの視線がじっと俺に注がれる。
「あらマスター。いつの間に先生とご婚約を?」
「初耳」
いやいや。
「おいフィードリット。いい加減なことを言うなって。そんなこと誰が言ってたんだよ」
俺が声を大きくすると、フィードリットの形のいい眉がぐにゃりと曲がった。
「お前はアディの胸に言及していたではないか」
いつのことだよ。先生がハーフエルフであることを明かした時か。
「女の胸についてとやかく言うというのは、生涯の伴侶にしか許されんことだぞ」
え、そうなの?
俺はセレンを見る。
「初耳」
うん、やっぱりそうだよな。
「女性の身体的特徴に言及することは確かに褒められたことではありませんし、品のある行為とも言えませんが、あなたのそれは流石に話が飛躍してはいませんか? それとも、エルフの文化ではそういうものなのですか?」
アイリスも俺と同じことを思っているらしい。
「いいや」
フィードリットは首を振る。
「これはワタシの母親としての意見だ。かわいい娘の胸についてとやかく言った男がいて、言及された本人もまんざらではないと見た。ならば、結婚するしかあるまい」
なんでだよ。その理屈はおかしいだろ。
別にアデライト先生に不満があるわけじゃない。むしろ大歓迎ではある。
けど、今の俺は結婚願望はない。
「俺は先生が正体を偽っていることを知っていた。先生には『千変』のスキルがあるからな。だから、俺としては先生のおっぱいが真か偽かを厳しく峻別する必要があったんだ。確かに身体的特徴に触れることはよろしくないことだけど、俺はそれを無視してでもはっきりさせたかった。フィードリットには母としての考えや信念があるのかもしれないが、俺にだって一人の男としての想いがある。だから触れられずにはいられなかった。おっぱいとは夢であり、希望。そして平和の根源だ。見て見ぬふりをして、無視して生きることは俺にはできない。そんなことをしたら、俺が俺でなくなってしまうような気がして」
「そんなものは知らん」
一蹴された。
「ワタシが決めた。お前はアディの婚約者だ。異論は認めん」
なんて女だこいつは。
「ちょっとお母さん! 余計なこと言わないでったら!」
御者席から先生の焦った声が聞こえてきた。
「む、しかしだな」
「いいから黙ってて!」
娘に一喝され、フィードリットは唇を尖らせてそれ以上は喋らなかった。
「驚いた」
セレンが無表情で俺を見る。
「同感だ。アデライト先生でも、あんな声出すんだな」
あの人の新しい一面を垣間見たようで、俺はなんだか嬉しくなっていた。




