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壁ドン

 噂をすればなんとやら。

 という言葉の意味を、俺は今まさに身をもって思い知ったね。


 図書館を出ようとしたところで、エレノアとマホさんの後姿を発見してしまった。二人は並んでテーブルにつき、分厚い魔導書を何冊も積み上げている。


 だが、幸い俺の存在はバレていない。とりあえず見つからないようにしないと。


「あ」


 俺はセレンの手を引いて、本棚の陰に隠れる。

 同時にこっそりと覗きながら、クソスキル『限られた深き地獄の耳朶』を発動。


 図書館の静寂を抜けてまず聞こえてきたのは、エレノアの溜息だ。


「こんなペースで、ほんとに間に合うのかしら」


「どしたよ急に。弱音たぁらしくねぇな」


「そういうんじゃないわ。こうやって魔導書を開くより、もっといい方法があるんじゃないかって思っちゃうのよね」


「魔導の研鑽に近道はねぇんだろ? 自分が言ったこと忘れたのか?」


 マホさんは退屈そうに棒付き飴を咥えている。あの人は魔法に興味がないらしい。まぁ見た目に反して脳筋だし。


「そうね。別に近道を行こうっていうんじゃないわ。自分の進む速度を上げたいってことなの」


「その違いがよくわからねぇが、もっと強くなりてぇってんなら、自習するより師匠を探せよ」


「……師匠?」


 エレノアの声は、まるで何かの気付きを得たようだった。


「そっか、師匠か。マホさんの言う通りだわ」


 ううむ。この様子だと、どのみちエレノアに魔法を教わるのは難しそうだったな。あいつはあいつで、自分を高めることに忙しいようだ。

 やはり、どんな分野にしても師匠というのは必要だ。賢者は先人に学ぶという格言もある。


 そこで俺ははたと気付く。俺の体と本棚の間に、セレンを挟んでしまっていることを。


「あ……これは」


 いわゆる壁ドンの状態だ。


 セレンは相変わらずの無表情で、至近距離から俺を見上げている。呼気を感じるくらいの距離だ。


 ところで、壁ドンってもともと壁を殴りつけるって意味だったのに、今では壁際に人を追い詰めるみたいな意味に変わっちゃってるよな。言語ってのは不思議なもんだ。常に流動し続ける。人間と同じだ。


「ロートス」


 現実逃避していた俺の耳にセレンの声が届く。


「すまん」


 俺はすっと体を退いた。

 セレンは俯き、抗議の声もあげようとしない。


 なんか、前にもこんなことあったよな。強欲の森林でサラを押し倒した時だ。あの時はサラだったからまだよかったが、今回は相手が同級生だからな。勝手が違う。

 俺はエレノアから隠れる度に女子に襲いかかる呪いにでもかかったのだろうか。


 セレンは無言で歩きだし、図書館から出ていこうとする。

 怒らせてしまったか。仕方ない。悪いのは俺だ。


 溜息。


 俺はエレノアとマホさんに見つからないように、セレンを追いかけるのだった。

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