狂いだす運命
「先生にお任せしますよ。じゃあ、俺はこれで帰ります」
「ちょっと待ってください」
立ち上がろうとした俺を、アデライト先生の手が制した。
「もう一つ、お話ししていますておきたいことがあります」
「……なんでしょう」
先生の目は見るからに真剣だった。おふざけの話ではないのだろう。
俺はもう一度ソファに深く座り直す。
アデライト先生はウィッキーを一瞥し、そして深呼吸を一つ。
「話というのは、あなたの体質についてです。ウィッキーとも話し合ったのですが、ロートスさん本人にも伝えておくべきかと思いまして」
体質とな。
「運命を操作されたってやつですか?」
「ええ、そうです。あなたとエレノアちゃんはヘッケラー機関によって運命を操作され生まれた。ですが、その影響を受けるのはあなた達本人だけではないかもしれません」
「どういうことです」
「人は一人では生きていません。いいえ、たとえ一人で生きることができたとしても、環境を切り離すなんて不可能です」
いまいち話が読めないな。
「結論から言えば、あなたやエレノアちゃんはただそこにいるだけで周囲の運命に影響を及ぼす存在なのです。水面に石を投げ込めば、周りに波が伝わっていくように」
「俺の運命が操作されてるから、俺に関わる物事にも影響があるってことですか」
アデライト先生は頷く。
「私があなたを好きになったこと自体、おかしなことだとは感じませんでしたか? あまりにも急だとか、都合のいい展開だとか」
「まぁ……すこしは」
その通りだが、アデライト先生の口からそれを言われるのは少しショックだな。
「もちろん私が抱くロートスさんへの恋心は本物です。あなたのことは大好きです。嘘ではありません。これはあくまで自分を客観視した場合の話。ですが、あなたの体質を解き明かす重要なヒントでもあります」
「俺と関わったから、アデライト先生は俺を好きになったと?」
「それだけだとそれほどおかしな話でもないように聞こえるっす。けど、そこまでの経緯があまりにも急すぎるんす」
たしかに、ウィッキーの言う通りだ。どうしてアデライト先生がこれほどまでに俺を好いてくれたのか疑問だったが、そういうことなら合点がいく。
「ちなみに言っておくと、ウチもあんたに惹かれてるっす。まぁ、ウチの場合はサラを助けてくれたとか、機関を捨てさせてくれたとか、もっともらしい理由があるからなんともいえないっすけど……」
「まぁ、俺の運命に引っ張られてる可能性は十分あるな……」
なら、俺が掲げる目立たないという信念は正解だったわけだ。好き好んで他人の人生を狂わせたいとは思わない。ひっそりと、できるだけ誰とも関わらず生きていくべきなのだろう。
いや、そもそも俺と関わる人間は俺の運命で決まっているはずから、その時点で俺が他人の運命を狂わせるのは避けられないのか?
だめだ。頭がこんがらがってきた。
「これは一つの憶測にすぎません。ですからあまり真に受けないでください」
「そういうわけにもいかないでしょう」
こんなことを聞いて気にするなという方が無理な話だ。




