真犯人はウィッキー
ホテル・コーキューの正面玄関。
レンガ造りのどでかい建物の前に立つアデライト先生を見つけて、俺は色々と察したね。
にこやかな笑みを浮かべる先生の隣には、黒いローブ姿のウィッキーがいる。
「お待ちしていました。ロートスさん」
「意外と早かったすっね」
俺は溜息を吐く。ここまで行動が筒抜けとは、『千里眼』というスキルの物凄さを思い知る。
「先輩の頭痛が酷くなってきてるんすよ。早く中に入ろうっす」
「頭痛?」
「こらウィッキー。余計なことを言わないで」
そういえば、『千里眼』には使用に頭痛が伴うみたいな話を聞いたな。そんなに痛いなら見なけりゃいいのに。しかし、そのおかげで助かったのだから文句は言えないか。
「どうぞロートスさん。お部屋へ案内しますね」
「お願いします」
ホテル・コーキューは、俺の屋敷の数十倍はあろうかというほどの大きさだった。王都で最も大きなリゾートホテルらしいから当然か。
その最上階。デラックススイートルームに通された俺は、リビングのソファに座る。ワンフロアまるまるが一部屋になっているせいか、馬鹿みたいに広い。
壁に埋めこまれた水槽には、見たこともない水棲生物がふよふよしている。ウナギとカニを掛け合わせたような、進化の意味を疑うような造形だ。
それはともかく。
「何か頼みましょうか? ここのワインはとても美味しいんです」
「いえ、酒は結構です」
「あら残念。では、お茶を」
「それも結構です。時間が時間です。あまり女性の部屋に長居するつもりもありません」
俺の表情はいつになく真面目だろう。いつも真面目なつもりだが。
「……そうですか」
対面のソファに座るアデライト先生。
少し離れたスツールに、ウィッキーが腰を下ろした。
「頭痛の調子は?」
一応聞いてみる。
「スキルを使っていなければ徐々に治っていきます。ふふ。心配して下さってありがとうございます」
「人を覗くのも、ほどほどにしておかないと」
「ロートスさんがずっと一緒にいてくれたら、こんなこともないんですけどねぇ」
「……無茶を仰る」
冗談なのか本気なのか。いや、本気なんだろうな。
俺もまんざらではないが、正直反応に困るというものだ。
「さっきのドラゴンの件ですが」
「はい。あれはウィッキーがやりました」
「ウィッキーが?」
「そうっすよー! 街の上空から射抜いてやったっす!」
ウィッキーがフードを外してえっへんと大きめの胸を張った。
「私は仕事で手が離せませんでしたから、代わりにウィッキーにお願いしたんです」
「どうっすかロートス。ウチのこと見直したっすか―?」
「ああ。あれはすごかった。威力も精度も。おかげで助かった。ありがとな、ウィッキー」
「えへへ。あんなのちょろいもんっす。ウチにかかればお茶の子さいさいっす!」
あー、なんかこういうところサラに似てるなぁ。実の姉妹というのも頷ける。
「この子が使った魔法はホライゾン・スターライト。攻撃魔法として最長射程を誇る最上級魔法です」
「最上級っていうと、フレイムボルト・テンペストみたいな?」
エレノアも使えてたから、案外最上級って簡単なのか?
「ちっちっち。あんな炎をまき散らすだけの品のない魔法と一緒にしないでほしいっす」
「っていうと?」
「ウチのホライゾン・スターライトは、魔力の量に加え、とっても細かなコントロールが必要なんす。それだけじゃないっすよ。遠くの的に当てるには、撃った後の制御も大切っす。それに、視力を強化する魔法だって併用しなきゃならないっす」
「なんだかよく分からないが、すごそうだな」
「そーなんす! ウチって実はすごいんすよ!」
ウィッキーが優秀なのはもとより承知の上だ。ヘッケラー機関の刺客になるくらいだし、アデライト先生と互角にやり合ってたくらいだからな。
「しかし、どうしたものか……」
「何か気に懸かることでも?」
アデライト先生が首を傾げる。
「ギルドにはどう説明しようかと思いましてね。俺が倒したわけでもないし、ウィッキーの存在を表に出すわけにもいかないでしょう?」
「確かに、そーっすねー……」
途端にしょぼんとなるウィッキー。
「では、私が裏で手を回しておきましょう」
「そんなことできるんですか?」
「私は冒険者クラブの顧問ですよ。ギルドとはズブズブの関係です」
「うわ、でたよ……助かりますけどね」
相変わらずアデライト先生は政治力に長けている。こういったことのお世話になるとは思わなかったな。
しかし、こうなれば安心だ。
「でも私ができることにだって限度はあります。必ずしも期待通りの結果になるとは限りませんからね」
先生はそう言うが、たぶん大丈夫だろ。いくらなんでも、魔法学園の新入生がドラゴン二体を葬ったなんて信憑性のない情報が広まるわけがない。
俺はやっぱり、安心していた。




