エレベーター
初めての投稿です。試しに書いてみました。よろしくお願いします。
第一市立中学校の二年生たちは、初夏の海風にスカートやら社会見学のしおりを押さえていた。海が目下に広がる市内有数の観光スポットで、県内一の高さを誇る高層タワーには、強風が吹き荒れない日はない。
「ちょっとヤバいんだけど。髪が!」
「藍美はショートだからいいじゃない。はぁ、ヘアゴム持ってくればよかった」
「あっ、夢香。シュシュ持ってるから貸そうか?」
「ほんと?ありがとう。さすが、いろりん」
夢香はいろはから借りた大きな花の柄が描かれた布地の縁にレースがあしらわれたシュシュを手に取った。髪を結わこうとしたが強風で断念した。今結んだところで髪がボサボサなのは変わらない。
「これから各班の班長に入場券配るぞ。集合は三時。遅れるなよ」
担任は必死に禿げ始めた頭を押さえていた。男子たちがクスクス笑っている。
班長の藍美がさっそくチケットを受け取り、班の子たちに配り始めた。手に持っていたパンフレットを開く。
「赤レンガミュージアムが完成したんだ。この前来たときは建設中だったから、入りたい」
夢香もうなずいた。
「冬はクリスマス仕様になるんだって。冬に来たかったな」
「また来ればいいしゃん。料金別だって。どうする?」
いろはが聞くと藍美は、タワーチケットを振った。
「タワーの方のチケットがあれば百円引きだって」
班の女子は特に異論を唱えず、藍美に従った。
彼女たちの班の他にもミュージアムに入る班もいるようで、隣のクラスの女子がチケット売り場に並んでいた。夢香も班の女子とお喋りしながら列に並んだ。
一足早く入場する別のクラスの女子たちの中に、俯きながら歩く二つに髪を結わいた子が目に入った。
「あの子、来てたんだ」
「あの子って?」
いろはに聞かれて夢香は名前が出てこなかった。指でさそうとしたが、相手はエントランスに吸い込まれていった。
「名前なんだっけな。三組の静かな子で確かいじめられて不登校になった…」
「ああ、知ってる。去年の秋ころから休んでたよね、名前は…」
「神田美奈ちゃんだよ。一年のときに一緒のクラスだったから知ってる。てか、酷くない?二人とも名前知らないなんて」
藍美に言われて二人は神田と同じクラスになったことがないので反論しようとしたが、口をつぐんだ。別に指摘されて怒るほどではない。
「あの子転校生だったしね。私だって名前知らなかったよ。風強いし早く中に入ろう。トイレ行って髪をとかしたいし」
真央がその場を宥めるように言った。すでに真央は並んでいる時に鏡を出して、しきりに髪をとかしていた。
入り口でチケットが切られ、トイレを探したが出口まで行かないとなかった。
彼女たちは思い思いに髪をとかしながら、赤レンガミュージアムの中を進んだ。
ミュージアムといっても、明治や大正時代に作られた街並みを再現した模型が展示されているだけだった。
夢香は飽きていたが、藍美は歴史建造物にロマンを見いだしたらしく、幸せそうに微笑んていた。
「ねえ、洋館の一室が再現されてるんだって」
次のフロアに入ると壁が赤いレンガの造りになっており、床もレンガ調だった。このミュージアムの見せ場のようだ。
赤いレンガを辿っていくと白壁の洋館の一室が現れた。藍美が舐めるように部屋の端まで眺めている。
「こんな部屋で本でも読んだら、気分いいだろうな」
「え、藍美って本を読むんだ?」
活字が苦手でもっぱらマンガ派の夢香はびっくりした。藍美はややバツが悪そうな顔をした。
「純文学は全く駄目。頭いたくなる。ハードボイルド系は好きでよく読んでるよ。お母さんの本だねどね」
ハードボイルドとは何かわからない夢香は黙った。後でネットで調べようと考えた。ここでスマホを取り出したらあからさまなので控えたのだ。
「へえ、藍美って意外~」
いろはが言うと、藍美は腕を組んでわざと怒って見せた。
「失礼な。一緒のクラスになって二ヶ月で決めないでください」
「はいはい。失礼しました。確かにここいいね。クリスマスはどういう風になるんだろう。写メ撮れないのが残念」
エントランスの壁にカメラと携帯電話の絵が大きくバツ印が描かれていたのだ。ふと先を見ると神田美奈が一人で洋館を眺めていた。
「あれ?はぐれちゃった?」
声をかけたつもりがなかったが、相手は夢香を見た。寂しそうに微笑んだ顔は、班とはぐれてしまったからだろうか。
「美奈、どうしたの?うちらと一緒に行く?」
藍美が誘うとゆっくりと美奈は頷いた。
「いいかな?ぼうっと眺めてたら置いていかれちゃった」
「いいよ、全然。ね?」
夢香たちは同意した。洋館のフロアを抜けると夜道のような暗いフロアになった。
神田美奈は一言も話さずに夢香たちの後ろをついてきた。
「ちょっと暗すぎじゃない?」
「夢香って暗いの苦手?」
真央に聞かれると夢香は首を振った。
「ディズニーのアトラクションでもこんなに暗くないのになって」
「そうだね。もうちょっと明るくしてほしいよ。さっき転びそうになったもん」
藍美が尖った声を出した。
後でぱっと光が差した。
驚いた彼女たちは勢いよく振り返ると、美奈の隣に立っている街頭が光ったのだ。美奈も驚いたらしく、目をまんまるにして街頭を見上げていた。
「その街頭、偽物かと思った。そういう仕掛け?」
いろはが街頭を突っつくと、しおらしく街頭の明かりは消えてしまった。藍美が元気よく笑う。
「お化け屋敷みたい。人が通ると明かりがついて、一定時間になると消えるのね」
自分の推理に満足したらしく、何事もなかったように歩き出した。
呆気に取られていた夢香は真央に呼ばれて慌てて着いていった。いつの間にか美奈が先に歩いていた。彼女の背中を見ながら夢香はルートを進んだ。
夜道のエリアが終盤に差し掛かり、小さなレンガの橋があった。
「本当、明るくしてほしい。せっかくのレンガの橋が台無し」
藍美がいいながらレンガの橋を渡っていく。真央が振り返りながら、階段があるよと後方の友人たちに教える。
美奈が恐る恐る橋の階段に足を踏み入れると小さな電球が、色とりどりに輝き始めた。まるでクリスマスのイルミネーションだ。
「凄いね。神田さんが通ると光るのかな?」
夢香が美奈の小さな背中に話しかけると彼女は首を傾げた。
「狙ってなんかないと思うけど。さすがにびっくりした」
橋の先に小さな光たちが誘導するかのように道を作っていた。
「ねえ、順路こっちだけどライトの先に道があるよ」
好奇心を抑えられずに藍美が指した。暗いフロアの先に自動ドアがあり、その前に「順路」と書かれた看板が立っていた。レンガの壁が切れた奥まったところに小さな光が続いていた。
「順路があるなら、そっちに行った方が」
夢香が藍美を呼び止めたが、藍美は聞こえないのか光を辿った。大体こういうときは真央が止めるのだが、肝心の真央がいなかった。
いろはも気づいたのか、慌てて周囲を見た。彼女たち以外に見学者はいなかった。
「ねえ、藍美。真央がいないよ」
「先に行っちゃったんじゃない?あの子、こういうの好きじゃないって言ってた気がするし。ねぇ、こっちきて。レンガ造りのエレベーターだって」
こうなったら藍美は言うことを聞かないし、波風立てたくない夢香はしぶしぶ行く。後から美奈も着いてきた。
藍美はすでにエレベーターのボタンを押していた。チンとなって小さなエレベーターが開く。ごく普通のエレベーターだった。
「店員さんとかが使うやつじゃない?」
美奈も遠慮がちに言ったが、藍美はすでに入っていた。
「中は普通だね。がっかり」
閉まりそうになり、慌てて夢香は飛び乗ると「開」のボタンを押した。しかし、扉は開くどころか閉まり、いろはが乗り損ねた。
「あれ?開くボタンじゃなかったの?」
後ろから小さい背の子が覗き込んできた。美奈は乗れたようだ。ボタンには階を示すものと「閉」しかなく、「開」がなかった。
「変なの。何階に降りる?」
美奈が訝しげに思いながらも、藍美に聞く。
「とりあえず全部押して、真央を探そう」
藍美は四つあるボタンの全てを押した。夢香は目を見張った。一番下のボタンが「4」でその上が「3」、と続き一番上が「1」だったのだ。
「普通は1が一番下だよね?」
「本当、間違えて作っちゃったのかな?」
美奈も不思議がっている間にエレベーターの扉が開いた。夢香が降りると藍美が上を指した。
「私は上の階を探して見るから、この階よろしく」
扉が閉まる直前に美奈が飛び出してきた。間一髪挟まれるところだった。夢香は一人きりにならなかったことに安堵したが、なぜ慌てて美奈が飛び降りてきたのか不思議だった。今日初めて話したばかりだし、美奈は一年生のときに一緒のクラスだったからだ。
夢香の視線に気づいたのか、俯いて美奈が言った。
「私、藍美ちゃんのことが少し苦手なんだ。強引…マイペースなところあるし」
小さく強引と言ったのが夢香にも聞こえたが、不愉快ではなかった。
「マイペースだよね。急いで真央を探そう。タワーに上がれなくなっちゃうし」
二人はエレベーターから離れた。狭い廊下に出て、そのまま歩いていくとすぐに元のエレベーターについてしまった。夢香も美奈も周囲をきょろきょろと見渡した。一本道で階段も部屋も何もなかったのだ。
「おかしいね。建設途中なのかな?やっぱりお客さんが来ちゃいけないところだったんだよ」
四月にミュージアムが完成したばかりであることを思い出した。
「怖い、ここ。下に降りよう」
美奈がエレベーターのボタンを押す。ボタンが一つしかなかったことに彼女は気がつかなかった。すぐにエレベーターが来て、チンと扉が開く。二人が乗ると上昇する。
「なんで下に行かないの?」
美奈はややパニックになり、夢香も不安を感じ始めた。
「次の階で階段を探そう」
夢香は震える美奈の肩をさすった。上の階に着くと最初の階と同じ作りに見えた。二人は恐る恐る歩き、階段を探したが見つからずにエレベーター前に着いてしまった。藍美と出くわさなかったところから、先に上の階へ行ってしまったのだろう。美奈はしゃがみこんでしまった。
「おかしいよ、ここ。私嫌だ」
今にも泣き出しそうだ。
「上の階へ行こう。もしかしたら、一番上に行かないと降りれないのかもしれない」
夢香は自分が意外としっかりしていることに驚いた。美奈もここで泣いても仕方ないと思ったのか立ち上がった。
ボタンを押すとエレベーターの扉が開いた。そっと美奈の背中を押し、先に入るように促す。美奈が入るとボタンを押した。夢香が入る手前、急に扉がしまった。咄嗟に挟まれそうな体を引く。
「え、待って」
閉まる扉越しに美奈の声が聞こえ、夢香は慌ててボタンを押したが、すでに美奈を乗せて上昇する。一人残された夢香は何度もボタンを押すが中々扉が開かない。
「どうしよう。はぐれちゃった」
腕時計をみると十四時半を回っている。スマホを見ると電話もメールも使えず、圏外になっていた。
「うそ。ミュージアムの中に入ったときは繋がったのに」
同じに作業を数回繰り返すがエレベーターはこない。夢香は途方に暮れた。
「スマホが使えないなんて」
友だちもいない。頼りのスマホも使えない。
呼吸が荒くなり、涙が出そうになった。
どうしよう。どうしよう。
エレベーターのボタンを押すが、うんともすんとも言わない。夢香は迷った挙げ句、もう一度廊下を歩いた。
結果は同じく階段も見つからず、下へ行けるエレベーターもなかった。
もう一度、エレベーターのボタンを押すとチンとなって開いた。飛び乗ると「1」のボタンを連打した。何事もなかったかのようにエレベーターは上昇する。
壁に寄りかかり、息を吐いた。スマホは繋がらない。
エレベーターに乗れて安心したのも束の間、不安がゆるゆると心を支配した。
エレベーターは上昇したまま、一向に着く気配はない。今までの階の間隔では上の階に着いているはずだ。耳がツンとおかしくなる。
「降りれないってことはないよね」
呟きに応じるように上昇をやめ、扉が開いた。ザワザワと人が会話する声が聞こえる。エレベーターを飛び出て、小走りにフロアへ行くとコーヒーの香りが鼻をついた。
目の前にはテーブルが横に広がり、その上には様々なケーキが置かれていた。以前、母親と一緒に来たホテルのデザートビュッフェを彷彿させた。
椅子に腰かけて楽しそうに話しているのは、同じ中学の制服を着た女の子たちだった。藍美と美奈を探したが、二人は見つからず、それどころか知った顔がいなかった。
今日、社会見学に来ているのは夢香たちの学年だけである。二年になってクラス替えしたので、他のクラスでも見知った子も中にいるはずだ。思いきって近くに座っていた女の子に声をかけた。
「あの、何組?私一組なんだけど。村岡さんと神田さん見なかった?」
声をかけられた女の子たちは互いの顔を見やった。
「ううん。見てないよ」
「そう」
夢香は肩を落とした。そして彼女たちが食べている美味しそうなケーキを見た。
「今日の社会見学でビュッフェなんかなかったよね?」
「そうね」
「…勝手に食べてていいの?」
「いいんじゃない?先に来ていた男子も食べてたし、先生たちもいないしね」
言われてみれば先生の姿どころか店員の姿もない。中学生だけだった。夢香はケーキを勧められたが、食べる気が起きなかった。ふと視線を上げると窓の外は真っ暗だった。
「え?なんで」
腕時計を見たが、十四時半で止まっていた。
「どうしたの?」
心配されたが、夢香は上の空だった。
「ねえ、ここに最後に来た子って誰?」
「誰って、私たちが来た後にイケやマエケンが来たよ。そいつらに聞いてみれば?」
指の先を見たが、全く知らない男子だった。夢香は勇気を絞って声をかけた。普段、男子と話さないので緊張して顔が真っ赤になったのを感じた。
「あの、ここに最後に来た子って誰だかわかる?」
「最後に来たやつ?ああ、神田じゃない?」
神田と聞いて夢香は男子に詰め寄った。
「その子どこ?」
「な、なんだよ、お前。あっちだよ。それにしてもお前、初めて見る顔だな」
「ありがとう」
最後の方は聞かずに夢香は走って教えてもらった場所へ向かう。少し奥まった場所で人気がなかった。
人影を見つけて声をかけようとしたが、言葉にできなかった。後ろ姿が美奈ではなく、男子だったのた。夢香の方を振り向くと男子はがっかりしたような表情になった。夢香は腹が立った。こちらだって人違いにがっかりしたのだ。
「なんだ神田さんじゃないのか」
「神田さんって?君のお友だち?」
なぜか神田という男子は期待を込めて言った。
「…友だちってほどじゃないよ。さっきまで一緒にいたんだけど、はぐれちゃって。あなた、何年生?同じ中学だよね?」
「同じ中学だ。君のいう神田さんって神田美奈のこと?」
「知り合い?」
夢香はどっと疲れて近くのソファーに座った。
「変なエレベーターに乗ったら、ここに来てさ。降りようと思っても降りれなかったんだよ」
「そっか、悪いことしたね。美奈と君は同い年なのかな?」
「そうだけど?」
神田君の言い方に夢香は困惑した。同じ学年かと思ったが先輩かもしれない。
「あの、神田さんって三年生ですか?」
「三年ではないけど、君たちの先輩だね」
笑った目元や口が美奈に似ていると思った瞬間、夢香は立ち上がった。彼は美奈の兄弟か親戚かもしれない。
「あなたは美奈ちゃんのお兄さんですか?」
「いいや、彼女は一人っ子だよ。年の近い親戚もいない」
夢香はもう一度彼の顔を見ると、中学生の顔から年が増した顔へ少しずつ変化していた。
ー確か、お父さんが亡くなったって
藍美の言葉を思い出した瞬間、脱兎のごとく夢香はエレベーターへ向かった。ボタンを押そうとしたが、ボタンが何もなかった。
「ここって、ここって」
階段はないか、別のエレベーターはないか。
振り返ると楽しそうに話し込んでいる制服姿の中学生越しに、途方に暮れている美奈を発見した。
「美奈!」
夢香は美奈の腕を掴むとヘナヘナと座り込んだ。ほぼ初めて会話し、知り合った人に名前を呼ばれて困惑しているのか、美奈はしきりに瞬きをしている。
「あなた死んでいないよね?」
「何を言っているの?」
言ったそばから後悔した。絶対に頭のおかしい人だと思われただろう。今はそれどころではない。彼女もこの状況を変だと思ったのだろう。同じ中学の制服を着て、知り合いが誰一人いない状況に。
「えっと、あの、ユメカさんでいいんだっけ?」
お互いにろくに自己紹介をしていなかったことを思い出した。
「ごめん、私は一組の菊地夢香」
「ううん、こちらこそごめんね。私は三組の神田美奈だよ。菊地さんはここに知っている人がいる?」
「いないの。だからおかしいって。そしたら神田っていう男子に会ったの。そしたら」
もう一度ゆっくりと美奈の顔を見た。
「こんなときに悪いけど、笑ってみてくれる?」
「へ?」
真剣に言ったおかげか、美奈はぎこちなく笑った。夢香は確信した。
「私、頭おかしいのかもしれない。でも本当なのかもしれない。美奈ちゃんに会って確かめて欲しいんだ」
「誰に会うの?」
不安そうな美奈の腕を無理矢理引っ張って、あの男子の元へ連れていく。あの男子はさっきと同様窓の外を眺めていた。ゆっくりと振り返ると笑顔になった。
「美奈」
その眼差しはすでに中学生ではなかった。美奈は呆気に取られて男子、いや男性を眺めていたが、突然走り出して抱き締めた。
「お父さん!」
夢香はその光景を微笑ましく思うゆとりはなかった。
やっぱりあの世なんだ。
あの世。
天国という言葉も知っていたが、どちらかというと天国はいい意味だ。それよりも不安を感じたからかもしれない。自然に足は小走りになり、エレベーターへ向かった。
先ほどまで話し込んでいた中学生たちも、中央に置かれたビュッフェの形跡も跡形もなく消えていた。
真っ暗だった窓から日の光りが差していた。エレベーターへ向かおうにも足が石のように動かない。
「夢香ちゃん」
どのくらいそこに立っていたのかは判らない。呼ばれて振り向くと美奈は涙目で微笑んでいた。
「ありがとう。ありがとう」
しきりに感謝され、夢香は困った。
「あの人、お父さんだったの?」
美奈は小さく頷き歩き出した。夢香もつられ、二人は黙ってエレベーターの前に立った。
美奈が下向きの三角形のボタンを押した。チンとなると扉が開く。二人が乗るとゆっくりと降下した。美奈は再び扉が開くまで、夢香の手を握っていた。
扉が開くとタワーのチケット売り場が見え、スマホをしきりにいじる友だちがいた。急に夢香のスマホがバイブする。見てみるとメールと電話の履歴が一気に増える。
「ちょっと夢香、どこに行ってたの?探したんだよ!」
藍美に詰め寄られ、夢香はむっとした。
「何よ。先に変なエレベーターに乗り込んだのはあなたじゃない」
「そ…そうだけどさ。何もなかったじゃない。なんですぐに降りてこないのよ」
彼女は夢香と別れてエレベーターを降りたら、ミュージアムの従業員と鉢合わせして怒られたらしい。それを聞いた夢香と美奈は顔を合わせた。
「美奈も美奈よ。どこに行ってたの?三組の子たちが心配してたよ」
「ごめん。私が迷っていたところを夢香が探してくれたの。あんまり怒らないであげて。あなたも結構勝手だったよ?」
つい先ほどまで藍美のことを苦手で避けていた美奈が言い返した。狐につねられたような顔をしたのは藍美の方だった。
「あんたたち、いのまに仲良くなったの?」
「つい、さっき。ね?夢香」
「う、うん」
藍美は美奈の班の子たちを呼びに行くため、二人から離れた。美奈は小声で言った。
「お父さんがね、私だけを招き入れるつもりだったんだって。でも夢香も連れてきちゃったから、中学生の格好をしてたの。おかげでお父さんの中学時代の顔が見られて楽しかった。二人だけの秘密ね」
しっと口元に指を添えた。学年で一番大人しい女の子が、清々しい笑みを浮かべていた。
読んでくだりありがとうございました。
この小説の元は夢でした。妙にリアルで、夢の中ではケーキを食べており食感まで目覚めたときに覚えていたくらいです。まぁ、前日にホテルのアフタヌーンティーを食べていたのでその影響かと…。
モデルになった場所はあり、分かる方もいらっしゃると思いますが、ミュージアムはありません。
次は長編にチャレンジしたいと思います。よろしかったらそちらも読んでみてください。