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顔に傷のある少女  作者: AuThor
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佐藤朱里

高校生の女の子は毎朝、学校へ行く前に必ず鏡で自分の顔をチェックするだろう。


佐藤朱里さとうあかりも例外ではなく、自分の部屋にある等身大の鏡で身だしなみをチェックする。

左頬にある縦長の大きな傷が目に入る。

その傷を指先でなぞりながら「私はエマーのように生きる」と朱里は小さくつぶやく。


朱里は小学校4年生の時に事故に遭い、左頬に一生消えない大きな傷跡が残った。

一生消えない大きな傷跡が顔に残ると知った時、朱里は絶望した。

もう自分は一生恋愛できないと、わんわん泣いた。


親や医者は、本当に良い男は女の子を顔の傷なんかで判断しないと言ったが、朱里にはまったく信じられなかった。


まだ美人なら顔に傷があってもカッコいいかもしれない。いや、現実では美人であっても顔に傷ができたら恋愛など難しいだろう。ましてや美人でもない、平凡な自分の顔に大きな傷跡があれば、恋愛など絶望的だと朱里は本気で思った。


朱里は家にこもり、小学校に行かなくなったが、学校の先生が家に来て、ある漫画を朱里に渡した。


朱里はその漫画を読んでわんわん泣いた。今度は絶望したから泣いたのではない、心の底から救われたから泣いたのだ。


その漫画は主人公であるエマーという少女が、一生恋愛できない状態になっても強く生き、幸せになる物語だった。


女の子の人生は恋愛が全てではないということを朱里にその漫画は教えてくれた。


恋愛ができなくても強く生きるエマーを心からカッコいいと朱里は思った。


そして朱里は、エマーのように一生恋愛できない人生であっても、強く生きると決心した。


こうして朱里は小学4年生のときに恋愛することをあきらめた。


それからは、常にエマーを模範として朱里は行動してきた。


エマーの見返りを求めない善行をおこなう生き方に朱里は感激し、自分も常日頃からそのような行動を心がけてきた。


たとえば、校庭や廊下に捨てられているゴミを誰も見ていなくても拾ってゴミ箱に捨てたり、雨の日に傘置き場に傘が散乱している状態を整理整頓したりするなど、誰に感謝されることでもないことでもやってきた。


他にも、誰かのためにしたことでも、自分がやったとは言わず、気づかれなければそれでいいというように、誰かのためになる行動もしてきた。


学校の中だけでなく、そのような行動を自分の負担にならない程度で、できる限りやっている。


誰かのためにやった行動でも、それを相手に伝えない朱里の行動のほとんどは、誰にも気づかれないことが多いけれど、たまに気づいてくれる人もいた。


また、教室や誰かが見える場所でも善行をおこなっているので、それを見かける人は多く、朱里の人柄の良さは多くの人が知っている。


朱里は友達が比較的多いが、中でもお互いを親友と呼べるほど深い絆にある人間が現在2人いる。その2人は朱里の誰にも気づかれないような誰かのための善行を偶然見かけたことによって、友達となり、やがて親友となった。


親友である森本依子もりもとよりこは朱里と同じ平凡な顔の少女で、おとなしい控えめ系の女の子だ。もう一人の親友である真野詠美まのえいみはクラスのマドンナ的な美しさをもつ少女で、ギャル要素を少しもっている派手系の女の子だ。


3人はお互いの家に泊まったりして、必死に勉強を教え合い、3人とも同じ高校に入学した。


朱里はエマーを模範としたそのような生き方を小学校4年生の頃からしてきたが、その行動に気づく形で親友ができたのが依子と詠美で、それぞれ中学2年生と3年生の時だ。


朱里が善行をおこなう理由を2人とも聞いたが、朱里が勧めたエマーが登場する漫画を読んでも、朱里のようには行動できないと2人は言った。


それを聞き、朱里も笑って、自分も顔に傷を負っていなければ、この漫画を読んでも、今のような生き方はしていないと2人に言った。


人によっては悲劇の主人公を気取っているように思われるかもしれないと朱里は思うが、自分はエマーに感化され、エマーの人生がカッコいいと思って恋愛をあきらめているだけで、朱里自身は自分のことを悲劇の主人公とは思っていない。


あのタイミングで、この漫画を読んだから、ここまで自分の生き方が変わってしまったのだと朱里は思う。



高校の入学式が終わり、顔見知りのいないクラスの中で朱里は緊張する。


担任の先生が教室に入ってきて、教壇に立って生徒たちの前で自己紹介をした後、生徒の自己紹介を始めると言う。


教室の一番前方の右端の席に座っている生徒から順番に簡単な自己紹介がされていく。


そして朱里の番になり、朱里は席を立つ。


「佐藤朱里と言います。事故に遭って左頬に傷がありますが、ヤクザではないので、安心して話しかけてきてください」と笑って言う。


教室の所々から、受け入れたような温かい笑い声が聞こえてきて、朱里はほっとする。


高校生活が始まり、昼休みは時々、依子や詠美と一緒に集まって3人でご飯を食べたり、談笑したり、遊んだりする。


下校後や休日は3人ともそれぞれのクラスで仲良くなった新しい友達と遊んだり、親友の3人で集まり一緒に遊んだりする。


クラスでも朱里は他の女子たちと仲良くなることができた。

傷の理由については最初に話すことで、相手に気遣いさせないようにした。


朱里のクラスには、武藤蓮むとうれんという黒髪のヤンキー風の美形男子がいる。


ヤンキー風だがイケメンなので、クラスの女子から密かに注目されている。

だが当の本人は近寄りがたい雰囲気を醸し出しており、クラスの誰も近づくことができなかった。


朱里は高校でも今までと変わらず、エマーを模範とした善行を心がけて、日々を過ごしていた。



高校の初日から2週間ほど経った日に、授業で雨の中、傘をさして校庭に出るが、授業中に強風が吹き、朱里の傘は壊れた。予想外の強風により、雨の中での授業が中止になり、先生と生徒は急いで校庭から校内にもどる。


みんな自分のことに必死で、朱里の傘が壊れたことに誰も気づいた様子はない。


朱里は母から頼まれごとをされていたので、学校が終わったらすぐに家に帰らなければならなかった。

小さくため息をつきながら、仕方がないから今日は濡れて帰ろう、と朱里は思う。


下校時刻になり、雨が大量に降っているのを教室の窓から見ながら、朱里は家に帰るために席を立ち、廊下を歩く。鞄が雨で濡れて、中身がしわしわにならないように大きなサイズのビニールで鞄をくるむ。


朱里は誰かに迷惑をかけたり、気を遣わせたりすることを極力避ける傾向にある。


そして、げた箱に着き、勢いよく外へ走りだそうとした瞬間、斜め後ろから黒い傘が、にゅっと視界の横に現れた。


振り返ると、武藤蓮が傘を差し出していた。


「これ使えよ。傘、さっき壊れてただろ?俺は置き傘してた傘があるから大丈夫だし」と2本の傘を朱里に見せる。


「傘ささずに走って帰るつもりだったのか? この雨の中そんなことすれば、事故るかもしれないぜ」


朱里は一度も話したことのない蓮のその行動に驚くが、「ありがとう」と言う。


「でも凄い風だし、傘が壊れたりしたら悪いからいいよ」


「壊れてもいい。いらない方の傘だし。もし壊れたら捨てといてくれ」

蓮は有無を言わせぬ勢いで朱里に傘を差しだす。


「ありがとう」と朱里はもう一度言い、傘を受け取る。


朱里は傘を持ち、その場から蓮が去るのを待っていたが、蓮は動かずに朱里を見て立っている。


「早く帰れば?」

蓮は少し首を傾ける。


「あ・・・うん。じゃあ傘、使わせてもらうね。本当にありがとう」

蓮に背を向け、傘をさして雨の降る校庭の中を歩いていく。


怖い感じの人だと思っていたけど、優しい人だったんだな・・・。

傘を差し、雨の中を歩きながら朱里は思う。


朱里がちゃんと傘を使って校庭を歩いていき、その姿が見えなくなるのを、げた箱で見届けてから、蓮は傘を持ち、校舎の中にもどっていく。

そして先生用の傘置き場に着き、さっきまで拝借していた手に持っている傘を置く。


蓮は図書室に行き、本を読む。学校が完全下校時刻になるまで待つ。

そして、学校から全ての生徒が帰るように見回りの先生が来て指示する中、げた箱に蓮は行く。

自分の傘を朱里に渡したため、傘がないので、誰も今日は使わないであろう傘置き場に放置されている傘を拝借して、雨の降る校庭の中を歩いて、家に帰っていく。


次の日、朱里は蓮に傘を返そうと学校に早めに行き、げた箱の近くで蓮を待っていた。


昨日のどしゃぶりが嘘のように雲一つない晴れた日だった。


遅刻ぎりぎりの時間に蓮が姿を現した。

予報でも降水確率0%なのに、蓮が傘を手に持っていることに朱里は気づき、不思議に思う。


「おはよう、武藤くん」

朱里は蓮が近くに来たところであいさつする。


「おはよう」

蓮も朱里を見て挨拶を返す。


「あの・・・昨日、傘ありがとう」

朱里は傘を蓮に差しだす。


「ああ、気にしないで」

蓮は朱里から傘を受け取り、2本の傘を傘立てにさす。


朱里はお礼として持ってきた近くの饅頭屋で買った大福の入った袋を蓮の前に出す。


「これ・・・昨日のお礼」


「いいよ、いらない方の傘を渡しただけだし」

蓮は袋を受け取らないで、そのまま去ろうとする。


「いや、本当に助かったし、何もお礼しないのも嫌だから」

朱里は蓮を追いかけて袋を蓮の前に差し出す。


「じゃあ、もらっとくわ。サンキュー」

蓮はそう言い、袋を受け取る。


朱里は蓮が去っていく後姿を見て、もう蓮のことを怖いと感じなくなっていた。優しい人なんだなと思ったのだった。



「おい!九条」


休み時間に朱里は廊下を歩いていると、後ろから教師の怒鳴り声が聞こえたので、振り返った。


「おまえ、また授業中にパソコンいじってたって、赤坂先生から聞いたぞ。いいかげんにしろ」

教師が美青年に詰め寄っていた。


「すいません。仕事で緊急のメールがあったので」

美青年は無表情である。


「ここは学校だ!仕事場じゃねえんだぞ。そんな理由が通ると思ってんのか?」

教師はキレ気味で怒鳴り声をあげる。


「以後、気をつけます」

美青年は感情の入っていないような声で答える。


「あとで生徒指導室に来い」

教師は吐き捨てるように言い、立ち去っていく。


美青年は教師に背を向け、だるそうな顔で歩き出し、斜め横にいた朱里が目に入る。

傷に興味をもったのか一瞬だけ目を止めるが、すぐに興味をなくしたように前を向き、朱里がどうでもいい存在となったような様子で朱里の横を通り抜ける。


朱里の近くにいた女子たちが立ち去った美青年について話している。


「あれが、2年生の九条真也先輩でしょ。超イケメンだよね。学校一の天才で、現時点で東大とかも楽勝で合格できるんでしょ?」


「そうなの?ここも偏差値は悪くないけど、もっと上の高校あんのに、何でそんな人がここに来てんの?」


「家から近いからとかいう噂らしいよ」


「あとIT系の会社を起業してて、かなり稼いでるって噂だよ」


「同じ高校生とは思えないね。てか、高校に行く必要あんの?」


「さあ?何でだろうね」


女子たちの噂話を耳にしつつ、朱里は次の授業がおこなわれる体育館へ向かって歩きだした。


九条真也くじょうしんやと呼ばれる美青年は朱里の印象では、チャラチャラした感じの賢そうな灰色の髪の美青年だった。



放課後に陸上部の体験入部へ朱里は参加した。


部長が体験入部の1年生たちの前に立ち、あいさつをする。


「部長の秋瀬優人です。今日は陸上部の良さを存分に知ってください」


秋瀬優人あきせゆうとと名乗った、整いすぎた端正な顔立ちの金髪の部長に女子たちの熱い視線が集中する。


朱里は走ることが好きだ。小学校6年生の頃にやりたいことを探していて、駅伝やマラソン大会を見て、自分もやってみたいと思った。


中学時代は陸上部に入部して長距離に属したが、特段才能があるわけでなく、ふつうだ。大会でも中間くらいの順位である。

走っているときも好きだが、走り終わったあと、へとへとの状態で草むらの地面にあおむけになり、空を見上げている時間も朱里は好きだ。


陸上部に入らなくても走ることはできるので、他の部活の体験入部などもしたが、特にこれといった部活もなかったので、最後に陸上部の体験入部へ朱里は来たのだった。


部長の秋瀬優人は誠実さと優しさがにじみ出ているかのような男に朱里は見えた。


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