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読書部の謎解きディスカッション

読書部の謎解きディスカッション 8 前編 〜ハッピーバースデイの悲劇〜

作者: くろすけ。

                               

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・さっきから何だよ、姉貴」

 朝日に照らされたリビングのテーブルで、朝食を取っている西山東輝の向かい側には、ムスッとした表情でコチラを睨みつけている姉の西山卯うさぎの姿があった。

 黒髪のショートカット、赤い縁のメガネに黒スーツ姿の彼女は、一見すると学校の美人女教師だとか、ファッションモデルだとか色々噂が上がるのだが、その実は東輝の住む街にある、図書館の司書の仕事をしているのだった。

 そんな普段は、真面目を絵に描いたような硬い人なのだが、こう見えてかなりのブラコンであり、二人きりになると人格が変わったかのようにイチャついてくる。

 「ふんふふ〜ん」

 幸いなことに、現在キッチンでは母親が鼻歌交じりに皿洗いをしているので、今の姉は、完全なよそ行きモードだ。

 「食べずれぇから、ずっと見てくんのやめろ」

 「見ていないわ、自意識過剰よ」

 「嘘つくな。リビングに俺が入ってから、視線が外れてねぇんだよ」

 そう言って、イチゴジャムを塗ったトーストを頬張りながら、姉を睨みつけてやると、彼女は右手に持っていたフォークを皿の上に静かに置いた。

 「最近、部活から帰ってくるのが遅いんじゃないかしら?」

 「は?」

 可愛らしい犬の絵が描かれたマグカップに口をつけた卯が、やっと口を開いたが、質問の内容が東輝には、よく分からなかった。

 「そうか? いつもと変わんねぇけど」

 「いいえ。二ヶ月ほど前から比べると平均35分程、帰宅時間が遅くなっているわ」

 「・・・・・・」

 ————もうストーカーの域だ。

 という言葉をコーヒーと共に飲み込んだ東輝が、何となく、部屋の隅に置かれた時計を確認すると、そろそろ登校しないとマズイ時間になっていた。

 「それに以前までは、よくサボっていた休日の部活にも、最近は毎週のように行ってるようだしね・・・・・・お姉ちゃん、すごく寂しい」

 「弟離れしろ」

 「無理。離れるくらいなら、死ぬ」

 「そんな事で死ぬな、ボケ」

 姉の今後の人生が気になる東輝だったが、このままでは遅刻しそうなので、話の途中だが席を立つことにする。

 七月に入ってからは、気温はぐんぐん上がっており、窓の外に見える通勤通学者たちは揃ってハンカチやタオルで、額の汗を拭っているのが見える。

 自分も今から、あそこのお仲間になると思うと、エアコンの効いた、このオアシスから出る勇気が少し萎えた。

 とは言っても、サボるわけにはいかない。

 「そろそろ行くわ」

 「あっ、待ってよ。とう君————コホン。待ちなさい東輝」

 すでに、キャラを保てていない姉を無視して立ち上がった東輝は「ごちそうさま」と母親に食器を渡し、椅子にかけていたカバンを肩にかける。

 「一応部活動だから、真面目に取り組まねぇと、顧問の先生に迷惑がかかんだよ」

 リビングを出る前に鏡で、衣服のチェックを行う。夏服に変わり半袖のシャツになった事で、かなり涼しくはなったが、学校の校則で必ずネクタイはしなくてはいけなく、首元だけ暑苦しかった。

 そんな様子を眺めながら、姉である卯は、お気に入りのピーナッツバターを塗ったトーストに噛り付いている。

 「顧問の先生に迷惑、本当かしらね。はっ! まさか————」

 「?」

 「あのチビ猿娘と、付き合ってるとかじゃ!」

 「は?」

 その昔、姉は、東輝の所属する読書部の後輩である北野南と、ある事件で初顔合わせをしているのだが、その時から何故かお互い、親でも殺されたのか? と思うほどの犬猿の仲なのだ。

 何故かは、分からないが。

 と、左手に巻いた腕時計の針が、いよいよ遅刻ギリギリを刺し始めているのに気が付き、話を遮るように、無理やり扉を開ける。

 「あるわけねぇよ。勝手な妄想すんな、じゃ」

 「あっ、ちょっ————」

 半ば強引に家から飛び出したが、確かに最近の自分は、よく読書部の活動場所である化学準備室によくいるなとは思う。

 以前までは、どこで本を読んだって一緒だと思っていたが、何となく最近は、あの場所だと落ち着けるようになっていた。

 ————あんなに、うるさい後輩がいるのに、何故?

 そんな疑問に答えを出せないまま東輝は、痛いほどの太陽光が降り注ぐ、通学路という名の地獄を歩き出した。

 



 「ようやく完成したなぁ」

 「きつかったよねぇ」

 「めっちゃ良いもんが、出来たんじゃないっすか?」

 ほとんどの生徒が、まだ到着していない早朝の学校内で、演劇部の部室内だけは、異様なほどの活気に満ち溢れていた。

 それもそのはず、今回演劇部は『全国映像演技コンクール』というコンテストに応募するための短編映画の制作に、ここ何ヶ月間、すべての労力を注いでいた。

 ある者は寝ずに台本を書き、またある者は編集作業に追われ・・・・・・などなど、部員総出で作り上げてきた作品が、今日めでたく完成を迎えたのだ。

 「小松さんも、お疲れ様。すごく良い芝居だったよ」

 「あぁ、どうも」

 そんな賑わいの中、同級生の部員に賞賛された小松菜々だったが、部室中央のテーブルに置かれた二枚のディスクを見て、そっと溜息を吐いた。

 ある事件で、この学校の読書部にいる幼馴染の後輩を騙してまで手に入れた今回の役。

 どんな形であれ、役を手に入れた者の勝ちだと、そう思うようにしていたのだが、あの事件以来、南の悲しげな顔や、その先輩の西山という人の顔が、頭から離れなくなってしまっている。

 ————私のした事って。

 そんな風に、毎日毎日、自問自答を繰り返していた。

 「みんなぁ、部長から大事な話があ・る・か・らぁー、聞いてねぇ」

 「!」

 副部長の海老原麻世先輩が、いつものようにお色気たっぷりに言葉を発したので、全員そちらに注目する。

 部屋の中央、会議机に静かに座る、演劇部部長の剛田豪先輩は、その名前がぴったり似合うほどの筋肉隆々の大男で、外の気温に負けず劣らず、暑苦しさが半端ないのだが、そんや見た目に反して冷静に物事を見極める、いわゆる頭脳派で、今回のコンテスト用に書き上げられた台本も、そんな部長の手によるものだった。

 「今回は、皆、よくやってくれたな」

 副部長の隣に座っていた部長は、低く響く声で全員に労いの言葉を送った。

 まるでヤクザ映画のボスみたいな見た目と話し方に、最初は戸惑う生徒もいるのだが、ここにいるメンバーは、もう何ヶ月もこの男に付いて行ってるので、もうとっくに慣れている。

 「特に小松菜々。初めての演劇部での芝居だったが、悪くなかったぞ」

 「あっ、ありがとうございます」

 「今後も期待している」

 突然、自分が褒められたので動揺してしまった菜々だったが、部長の方は、あまり気にした様子はなく、編集担当や音響、カメラマンなどにも労いの言葉を掛けていた。

 芝居中などは物凄く厳しい人だが、こうゆう言葉を最後に掛けてくれる面もあるから、みんな頑張れるのだろう。

 「それでだが・・・・・・」

 全員への労いの言葉を終え、椅子から立ち上がると、部長はテーブルに置かれた二枚のディスクを手に取り、全員を見渡した。

 「来週の月曜日、全校生徒参加のオリエンテーリングの時間に、今回の作品を体育館で上映する事になった。コンテストに送る前だが、せっかくだから本校の生徒に見てもらわないか? という校長からの図らいだ」

 部長のその発表で、部員たちは騒めいていた。

 恥ずかしいような、でも見てもらって反応を見たいような、そんな感情がそこら中から溢れている。

 演劇をやっている者ならば、誰だってこうゆう反応になるだろう。

 かくゆう、菜々も先程から、胸のワクワクが止まらなかった。

 「た・だ・ねぇ、普通に上映するだけだと勿体ないからぁ・・・・・・一つ、面白い事を考えたのよぉ」

 海老原副部長が、腰をクネクネとさせながら言った言葉に、騒めいていた部員たちの声が一瞬で止む。

 ————面白い事?

 その不気味な笑みを見ていると、何だか急に嫌な予感がしてくる。

 演劇部の他のメンバーが、何事かと騒めき始めるのを、部長の大きな手が制する。

 「一人は、俺が最も欲しい人材。そしてもう一人は・・・・・・」

 副部長の言葉を引き継ぐように、ゆっくりと話し始める。

 その異様なまでのオーラに、思わず菜々は息を飲んだが、勇気を振り絞って口を開いた。

 「何をするんですか? 部長」

 菜々の質問をかき消すように、勢いよく机を叩く剛田部長は、ニヤリと笑っていた。

 「やられっぱなしは、俺の流儀に反するんでな」




 ————キーンコーンカーンコーン。

 会社や学校が始まってしまう憂鬱な月曜日。

 「ふぁー、眠いぃ」

 「俺、ぜってぇ体育館で寝る自信あるわ」

 「俺も俺も」

 「なっははは!」

 お昼休みでエネルギーの補給を終えた生徒達は、ぞろぞろと体育館に向けて歩を進めていた。

 そんな大名行列の一団の中には、昼食で満腹になり、どこか眠たそうにユラユラと歩く者も多く、かく言う北野南も、あまりの睡魔に先ほどから、そこら中の柱や壁に激突して、隣を歩く同級生に心配されていた。

 「ふわぁ〜、今日のオリエンテーリングは、映画鑑賞会だっけ〜 宇佐美ちゃん」

 「そうだよ————って、危ないよ、南ちゃん」

 「おっとと」

 また壁に激突しそうな南を、クラスメイトの宇佐美弓月が、必死に受け止める。

 「ふわぁぁぁぁ、あんがとぉ〜」

 「顔とか怪我しないでね。南ちゃん、可愛いんだからさ」

 「そう? 宇佐美ちゃんもそう思う?」

 「うっ、うん」

 「なっはー! ありがとっ!」

 苦笑いをしている宇佐美の肩をポンポンと叩いた南は、スマホを取り出して時間を確認した。

 「あと、10分くらいだねー」

 「そうだね。あっ、南ちゃん。私、お手洗いに行ってくるから、先に体育館へ行ってて」

 「ほ〜い」

 女子トイレの方へ向かう宇佐美に手を振りながら、一人で廊下を歩き出すと、ちょうどすぐ近くの通路から現れた人と、ぶつかりそうになり慌てて避けた。

 「ごめんな————」

 「あっ、南」

 「あっ」

 そこにいたのは、幼馴染で一つ年上の先輩である、小松菜々だ。

 彼女は、ぶつかりそうになった相手が、南だという事に気がつくと、急に俯いてしまう。

 「・・・・・・」

 「南・・・・・・あの」

 以前、菜々に頼まれて、ある事件に巻き込まれたのだが、その時、結果的に彼女に利用されていたのだと知ってから、気まずい関係になっており、あれ以来まともに口もきけていなかった。

 「・・・・・・」

 「えっと、その」

 流石の南も、何かを言い出そうと、モゴモゴと口を動かしている菜々をこの時ばかりは、黙って見つめるしか出来ない。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 そんな二人の横を急ぎ足で通りすぎる生徒達の声と、外の近くの木に止まった蝉の鳴き声だけが、妙に耳の奥で響いていた。

 「————何立ち止まってんだよ、南」

 「!」

 しかし、突然背後から聞こえてきた声で、南の表情は一瞬で笑顔に戻る事になる。

 「東輝せんぱ〜い、むぎゅ!」

 「だ、抱きつくな! 鬱陶しい! 暑苦しい! 邪魔だ!」

 制服が夏服に変わり、半袖の白シャツと紺のネクタイ姿の読書部先輩、西山東輝は強力な磁力のように引っ付く南の体を、必死に引き剥がそうと踠いている。

 「なぁっ、ひどいぃ! こんな可愛い女子に抱きつかれて喜ばないなんて、この、ラノベ主人公!」

 「ラ? ラノベ主人公?」

 「そうですよ! そうゆう鈍感な————あっ」

 愛しの先輩との会話でつい忘れていたが、今もまだ小松菜々が隣にいたのだった。

 「!」

 南の態度が急変した事で東輝も、そこにいる人物を認識すると、急につまらなそうな表情になり、溜息混じりに二人の間を黙って抜けて行ってしまう。

 「あっ、東輝先輩」

 慌てて追いかけた南に一瞬目配せした後に、東輝は小さな声で背後の菜々に声を掛けた。

 「この状況は、お前が・・・・・・だけ、じゃねぇな。まぁ演劇部が作り出した事だ。後悔するくらいなら、最初からすんな」

 「・・・・・・」

 「ちょ、先輩」

 いつもはクールで本を読む事以外、興味がなさそうな東輝だが、たまにこうゆう顔をする事があり、こうなると流石の南でも茶化せなくなってしまう。

 「・・・・・・」

 「行くぞ」

 「え、あ、はい」

 捨て台詞のような言葉を言い終えた東輝は、スタスタと体育館に向けて早足に動き出したので、南も菜々のことを気にしつつも東輝の後を追いかけた。

 「・・・・・・」

 「東輝先輩、あのぉ」

 「悪い」

 「えっ」

 「余計な事言ったから」

 「そっ、そんな事ないです! ありがとうございます、先輩」

 「・・・・・・」

 南から顔を背けた東輝は、頭をガリガリと掻きむしっている。

 それが何だかちょっと可愛く見えてしまい、思わず南は彼の腕にしがみ付き、笑顔一杯で再び感謝の言葉を述べると、いつものクールな表情に戻った東輝が「うざい」と抵抗してくる。

 そんなやりとりをしていたら、いつの間にか体育館の入り口が目の前まで迫ってきていた。

 南達の学校の体育館はかなり大きく、運動部の地区大会などは毎年ここで行われるほどで、フロアはバスケットのオールコートが三つ分あり、二階の部分は他校の応援団が入っても全然余裕なほどの観客席になっている。

 「そろそろ時間だ、急ぐぞ」

 「はーい」

 間もなく上映会になりそうなので、スピードを上げて進んで行くと、体育館の入り口横に、二人の男女が立っていて、その姿を見た南の口からは思わず「うえ〜」という声が漏れていた。

 筋肉隆々の大男、演劇部部長の剛田豪。

 無駄に気持ち悪い色気を常に垂れ流す女、演劇部副部長の海老原麻世。

 入学当初より、この二人の演劇部員の勧誘を受け続けてきたせいで南は、すっかり苦手意識が出来てしまった。

 「フン」

 「ふっふ〜ん」

 二人して妙な笑みを浮かべる、その横を通りたくはないが、入り口は今はここしか開放されていないようなので仕方がない。それに隣には東輝もいるので大丈夫だと、本日はその愛しの背中に隠れさせてもらおうと、彼の制服のシャツをそっと掴む。

 そんな南の事など特に気にした様子もなく、東輝が堂々と二名の隣を抜けようとすると、剛田の暑苦しいほど低い声が、その行く手を阻む。

 「西山東輝」

 「何だよ、剛田」

 すると剛田豪は、その大きな体を寄せてきて、東輝に何か耳打ちをしている。

 「————という事だ。ではな」

 「どういう意味だ?」

 「じゃぁねぇ、西山く〜ん」

 ————東輝先輩に色目使いやがってぇ、ぶち殺すぞ、あの女ぁ。

 という怒りを何とか握った拳に抑え込んだ南は、二人が去った後、東輝に声を掛ける。

 「先輩。今、あのジャイアン何て言ってたんですか?」

 「ジャイアン?」

 「あれは、絶対小学校からジャイアンとか、ゴリラとかキングコングとか、あだ名を付けられていた見た目じゃないですかぁ————じゃなくて、何て言ってたんですか?」

 「・・・・・・」

 顎に手を当て、少しの間、何かを考えている素振りをしていた東輝だったが、体育館入り口を潜る直前、小さく口を開いた。

 「『今から上映される映画を、しっかりと見ておけ』」




 体育館内全ての窓には暗幕のカーテン。ステージ背後の壁には、すでに巨大なスクリーンが設置されており、まるで映画館のような雰囲気を醸し出していた。

 会場内フロアには、沢山のパイプ椅子が並んでいて、全校生徒は各々好きな場所に座ってよい事になっていたので、東輝は適当な椅子に腰掛けると、南も忍者の如き俊敏さで、隣の席を確保してきた。

 「さっきの、どういう意味なんですかね?」

 「剛田が言ってた言葉か?」

 「はい。あいつら、また何かしようとしてるんじゃ」

 「・・・・・・」

 東輝もその事は気になっている。以前の事件でおそらく南、そして自分も剛田や海老原には目をつけられているだろうから。

 ————剛田って、確か相当負けず嫌いだって、クラスの奴が言ってたな。

 体育祭でも定期試験でも、とにかくどんな事でも、常に一位でないと機嫌が悪くなると言う話を聞いた事があるのを思い出し、面倒臭いのに目を付けられたなぁ、と自分が若干萎えているのが伝わってしまったのか、南が何やら心配そうに顔を覗き込んできた。

 「東輝先輩、気分でも悪いんですか?」

 「いや、ただ面倒だなーと思ってよ」

 「面倒? あぁ、確かに面倒ですよね! 何でわざわざ演劇部の映画なんて!」

 南は元々中学では演劇部に入っていたらしく、小、中の全国大会で優秀な成績を出すほどの実力者なのだから、演劇自体は嫌いではないのだろうが、この高校に入ってからというもの、演劇部の執拗な勧誘を受け過ぎたせいで〝うちの〟演劇部が嫌いになったのだろう。

 などと考えていると、突然室内が暗転してステージ中央にスポットライトが当たる。

 そちらに視線を動かすと、まるでこれから舞台が始まりそうな様子で仁王立ちする剛田豪の姿があった。

 「何ですかぁ、あの偉そうな態度は!」

 「性格なんだろ、諦めろ」

 「東輝先輩こそが、スポットライトに相応しいのに!」

 「いらねぇよ、スポットライトなんて」

 しばらく間を置き、生徒達が鎮まるのを待って、剛田が口を開く。

 「————みなさん。今日は我々演劇部が開催する映画祭に、ようこそお集まりいただきました」

 そのよく響く声に圧倒された生徒達は、深く下げられた頭に向かって、パラパラと拍手をしていた。

 「今度行われる『全国映像演技コンクール』のために制作した、我々の映画をまさか、このような場で、みなさんにお披露目できる事を本当に嬉しく思う。提案をして下さった校長先生には深く感謝の言葉を述べたい————」

 ステージ下手に用意されている教員用の席で、のんびりお茶を飲んでいた校長は、剛田が深々とお辞儀する姿を見て、ゆっくり手を振り返していた。

 「では、今回上映する作品について軽く触れたいと思う。今回我々が制作したのは、『ミステリー映画』だ」

 ————へぇ、ミステリか。

 推理、ミステリー小説好きの東輝は、その言葉に若干興味をそそられた。

 「ほぉ〜」

 隣に座った南もミステリーは嫌いではないのだろう、この反応から、自分と同じように興味を惹かれているようだ。

 「————あるペンションで開かれた誕生日パーティー ・・・・・・その中で起こってしまった、殺人事件!」

 まるで台詞のような、その説明に東輝は暑苦しさを感じたが、他の生徒は違ったようで「おぉ」とか「面白そぉ」などと小さな歓声を上げている。

 「と、あまり長話をしすぎるのも興が削がれるからな、そろそろ上映会を始めよう!」

 全校生徒の盛大な拍手に見送られて、ステージ上手に剛田がはけていくと、全ての明かりが消え、ステージに設置されたスクリーンに、壮大なBGMとともに、大きく映画のタイトルが浮かび上がってきた。




 【ハッピーバースデイの悲劇】




 北関東の奥地、森に囲まれた小さなペンション。

 豪田林力りきは、自らが所有する数々の別荘の中で、ここが大のお気に入りだった。普段は東京の高級マンションに住んでいるのだが、たまの休みや大型連休など暇さえあれば愛しの妻、豪田林静しずかと、ここに来ては日頃、疲れた心を癒している。

 赤色の屋根に、煙突が付いている木造の二階建ての建物は、まるでおとぎ話に出てくるようだと妻も喜んでくれている。近くには他に建物は無く、スーパーに行くのすら片道車で30分もかかるような田舎だが、子供の頃から都会育ちの力にとっては夢のような環境だ。

 「雨、よく降りますわね」

 「そうだな」

 庭が見える大きな窓の前に立って外を眺めていた力の隣に、気が付くと静が立っていた。

 切れ長の目と薄い唇。腰まである長い黒髪はとても綺麗で、力と結婚する前の若い頃に、モデル事務所にスカウトされるほどの容姿であり、自慢の妻だ。

 「せっかく、あなたの誕生日パーティーなのに」

 空を見つめながら、残念そうに呟く静の細い肩に、力は、そっと手を置く。

 「まぁ、一週間前から大雨の予報だったんだ、仕方がないだろ。それより客人達は大丈夫か?」

 本日は豪田林力の46回目の誕生日を、このペンションで知人を集めて祝おうと計画したのだが、生憎の大雨になってしまっていた。

 ————ゴォォォォ。

 雨だけではなく風も強くなってきており、お昼に見た天気予報では、女性アナウンサーが「台風並みの天気」と言っていた。

 そんな荒れ模様の中、パーティーに招いた客人達が森の奥地に建てられたペンションまで、無事に辿り着けるか若干、心配になる。

 「恐らく、大丈夫だと思いますわ。山奥ですが、一応道は舗装されていますし、みなさんお車でいらっしゃるようなので」

 「そうか・・・・・・ん、何とか到着出来たようだな」

 森の木々が雨風で激しく揺さぶられている道の先から、車のヘッドライトがこちらに向かって、だんだんと近付いてくる様子を力は黙って見つめた。




 「————まったくひどい雨だなぁ。土砂崩れとか起きないよな」

 必死に悪路を進むため、愛車のハンドルを大事に握りながら、豪田林五郎は、心配そうに灰色の空を見つめた。

 今年の春、大学二年生になって初めて購入した車で、まさかこのような田舎道————いや、獣道を走行するなんて夢にも思わなかった。

 本当なら可愛い彼女でも女子席に乗せて、綺麗な海辺にでも行きたいのは山々なのだが、生憎と、そんな彼女はいない。

 「くぅぅぅ、怖いな」

 山奥の道だが、一応コンクリートで舗装されており、安全の為に、ガードレールも設置されている。

 「さて、そろそろかな・・・・・・」

 長くなってきた前髪が、目にかかって若干鬱陶しく感じていると、先の方に暖かそうな光が見えてきた。

 どうやら、あそこが目的地のペンションらしく、以前写真で見せてもらったものと同じ煙突が、赤い屋根から生えている。

 「おし、何とか着けた。それにしても叔父さんも叔母さんも、こんな辺鄙な所に別荘なんて買わなくたっていいのに」

 誰にも届かない愚痴を車内で吐き終えると、建物の前に二台の車が止まっているのを発見する。

 「青いワゴンタイプのは、叔父さんのだよな。もう一台は誰のだろう?」

 こんな田舎には似合わないほどの、真っ赤なスポーツカーの横の空いたスペースに自分の愛車を止めると、五郎は荷物と傘を持って車から飛び出した。酷い雨なので傘をさしてもいいのだが、目の前に入り口が見えているので、五郎は地面の泥を蹴りながら、ダッシュをすることにする。

 ————ガチャ。

 車が到着するのが見えていたのだろう。玄関前にたどり着く直前、扉が開き叔父と叔母が二人で出迎えてくれた。

 「ごめんごめん、叔父さん。途中道が分からなくてさ。ちょっと遅くなった」

 「良かった。心配したぞ、五郎」

 五郎の父親の兄にあたる力は、小さい頃からよく一緒に遊んでもらったり、勉強を教えてもらったりと、昔は何かと可愛がってもらっていた。

 相変わらず大きくて、がっしりとした体格で、ガリガリの自分とはえらい違いの叔父と握手を交わす。

 その隣には、綺麗な黒髪と切れ長の目が特徴的な静が、白エプロン姿で立っていて可愛らしい笑顔を向けてくれていた。

 「五郎さん、いらっしゃ————あらあら、ずぶ濡れよ」

 叔母の言葉で、自分の全身がグシャグシャになっているのに気がついた、

 しかも地面がぬかるんでいたせいで、白のスニーカーが泥で汚れてしまっている。

 「うわぁー、買ったばかりなのに、やっぱ山奥に来るのに白はマズッたなー」

 「まったく。ほら、中に入れ。お前の部屋に案内するが、その前に静、何か拭く物を貸してやれ」

 「はい。じゃあ玄関で少し待って下さいね」

 「はい、すみません」

 そう言って靴を脱いだ静は、玄関から見てすぐ左手に並んでいる二つのドアの内の、一つに入っていく。

 「————左手の二つのドアは、トイレと風呂場だ。向かいの右手のドアが、リビングに繋がっている」

 ここに初めて来た五郎に力は、家の構造の説明をしてくれるようで、それぞれのドアを丁寧に指を差していってくれている。

 「廊下が真っ直ぐ長いね。途中に二階への階段があって・・・・・・ん?」

 まだ続く廊下の先を見ると、右手に再び扉が見えたが、その前には大きなダンボールが置いてあるのに気が付いた。

 「あぁ、見苦しくてすまないな。今度リビングに棚を増やそうと思って頼んでいた荷物が今日届いてな、仕方なくあそこに置いてるんだ」

 「随分重そうだね。あれじゃ、あのドアが開かないじゃないか」

 「あそこはキッチンに繋がるドアなんだ。まぁ、リビングとキッチンは一体になってるからな、手前のドアから入ればいい————」

 そんな話をしていると、左手にあるお風呂場から、静がタオルを持って出てきた。

 「どうぞ、五郎さん」

 「すみません、静さん」

 「いえいえ。では二階のお客様用のお部屋に、ご案内いたしますね」

 そう言い終わるなり、「お部屋までお運びします」と五郎が持ってきたバッグを、静が手にしようとするので、片手で制して遠慮する。

 「————では、荷物を置いたらリビングに降りてこい。他にも今日は、客人がいるから紹介する」

 「客人?」




 叔父の誕生日パーティーは、午後7時きっかりに始まった。

 先程荷物を二階の部屋に置かせてもらった後、そのままリビングに降りて来ると、そこには叔父の力以外に、三名の男女が二十畳ほどの部屋の中央、コの字に置かれたソファーに座ってくつろいでいた。

 一人は七三分けに派手な上下の白スーツで、常にニタニタと笑みを浮かべている男。

 もう一人は、ウェーブのかかった髪を弄りながら、ヒラヒラの短いスカートから見える足を何度も組み替える女性(若くて可愛い女子じゃなく、明らかにおばさん)。

 最後は、そんな二人の間で小さくなっている、眼鏡をかけた小学生くらいの男の子だ。

 「————来たか五郎。では、紹介します。私の甥っ子で、東京の大学に通っている豪田林五郎です」

 「あっ、初めまして。五郎と言います」

 入っていきなりの紹介で慌てて頭を下げると、七三分けの男がソファーから立ち上がり、こちらに近付いてくる。

 「どうもっす、俺は沖田一はじめ。豪田林さんは会社の上司っす、以後よろしくっす」

 「あぁ、よろしくっす」

 やたらと会話に「〜っす」と入れてくるので、つい移ってしまった。

 何がそんなにおかしいのか、ずっとニタニタしている男から、差し出された名刺を受け取ると、握手も求めてきたので握り返す。そのまま振り返って一が、ソファーに残った二人を紹介してくれた。

 「俺の嫁さんで、八美はつみっす。姉さん女房っすけど可愛いしょ?」

 「ちょっとぉ〜、姉さん女房ってババくさいじゃんアタシィ。あんたと十しか歳違わないのにぃ」

 ————充分、姉さん女房じゃん。

 「なははは! あっ、最後に、あのちっこいのが、俺らの愛の結晶で新一しんいちっす。まだ小学生なんで口の聞き方がなってないかもしれないっすけど、勘弁ね」

 七三分けの髪型を直しながら、ぺろっと舌を出す一の横に歩いて来た新一という少年は、五郎に向かって深くお辞儀をしてくる。

 「沖田新一と言います。よろしくお願いします」

 「よろしく、新一君」 

 ————トンビが鷹を産むって、この事だな。息子の方が親より何倍もしっかりしてそうだ。




 そんな沖田一家を交えたパーティーは、終始賑やかだった。

 ソファー前のテーブルには、叔母お手製の数々の料理が並んでおり、お酒の方も新一君以外は、みんな飲める年齢なので、ウイスキーやワインなどが用意されている。

 「力さん! マジで今日は呼んでもらっちゃってあざっす! いやぁ飯はウメェし、酒は高級な物ばっかだし、最高っすよ!」

 みんなが座っているソファーから、少し離れた場所に置かれた椅子に座っている力は軽く微笑んで、それに応えている。

 「あ〜ぁ、アタシもぉ、こんな別荘を持てる男と結婚すれば良かったなぁ」

 「ば〜か。俺が直ぐに、力さんよりもガッポリ稼いで、ここなんかより、もっとバカデケェの建ててやんよぉ! ねぇ? 奥さ〜ん」

 「えっ、あぁ。そうですね」

 面倒臭い酔っ払いの典型のように静に絡み出した一を見て、小さく五郎は溜息をついた。自分の会社の上司がいる前で、あのような言動をしてしまう人間は、例え酒のせいだとしても、あまり出来た人間だと思えなかった。

 「いやぁ〜、奥さんって相変わらず色っぽいっすねぇ」

 「そんな、私なんて」

 「俺、ガチでタイプっすもん! 今度デートしましょうねぇ、こいつには内緒で!」

 「はぁぁぁ? 堂々と浮気すんなしぃ」

 「やっべ! バレた! あっはははははは」

 ————今度は上司の奥さん口説こうとしてるし、救いようがないな。

 そんな両親の光景を黙って見ている新一少年を横目で見ながら、五郎はたまに振られる会話に適当に合わせていた。




 午後8時20分。

 料理もだいぶ食べ終わったので「そろそろ誕生日ケーキでも」と静が一度リビング奥にあるキッチンスペースに歩いて行く。

 「————ゴホッゴホッ」

 「んっ? 大丈夫、叔父さん」

 急に力が激しく咳き込んだので、五郎が心配して駆け寄ると、軽く手を挙げ小さな声で「大丈夫だ」と言った。

 「マジで大丈夫っすか? 最近会社でも、よくゴホゴホしてるっすよね?」

 右手にワイングラス、左手に静特製の二種のチーズバケットを手にした沖田一が、赤ら顔で質問してきた。

 「あぁ、すまない。風邪が長引いててな」

 「いやぁ、今死なれると、俺に掛かる仕事量ヤバイんで気をつけて下さいねぇー」

 「・・・・・・」

 「あ? どうしたっすか? 五郎君」

 「いえ」

 自分の勇気のなさには本当に嫌気がさす。大好きな叔父さんが、こうまで言われてるのに、何も言い返せないなんて・・・・・・。

 旦那のそんな言動にも、隣の妻八美は気にしていないようで、一心不乱にスマホを弄りながら欠伸をしていた。

 「みなさん、ケーキですよ。暖かい紅茶も良ければどうぞ」

 「おぉ、美味そうっすねぇ」

 「ヤバ、本当だ。 新一もケーキ食べるでしょ?」

 「あっ、うん。食べる」

 スマホに集中してた八美も、甘い物には目がないようで食いついてくる。かくいう五郎も甘い物は大好きなので、静がケーキを切り分け終わるのを、今や遅しと待っていた。

 「————はい、切り終わりました。皆さんどうぞ」

 どうやら、このケーキの方も静のお手製のようだ。

 白い生クリームで全面をコーティングされているスポンジのサイドには、チョコレートソースやイチゴのソースで花模様が描かれ、上にはイチゴ、ブルーベリーなどの沢山のフルーツが乗っている。そんなまるで「買って来ました」と言わんばかりの完成度に素直に驚いてしまい、思わず静に向かい拍手をすると、彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめて笑っていた。

 「五郎さんも、紅茶はいかがかしら?」

 「ありがとうございます。いただきます」

 差し出されたティーカップに口をつけると、鼻から抜ける茶葉の良い香りと、口に残る甘さと仄かな苦味が心を穏やかにしてくれる。

 「新一君は、何かジュースがいいかしら?」

 「えっと、僕も紅茶をお願いします」

 「紅茶が好きなのね。分かったわ」

 にこりと微笑みかけた静は、新一の前にもティーカップを差し出した。それを受け取ると丁寧にお辞儀をした彼は、テーブルの端に置かれていた角砂糖の山から、二つほどカップに入れてスプーンでかき混ぜ始める。その姿は全くもって両親とは正反対に落ち着いていて、どっちが子供か分からないと思った。

 「————すまんが、少し席を外させてもらうよ」

 突然、今まで静かだった、力が立ち上がり申し訳なさそうに短く切り揃えられた髪を掻いていた。

 「えぇー、パーティーの主役がどうしたっすか?」

 「あなた、お身体でも?」

 静が慌てた様子で立ち上がったので、五郎も気になり力のそばに近寄る。

 先程、風邪気味のような事を言っていたので、そのせいかと思ったが、力が静の肩に手を置き、安心させるような声色で「大丈夫だ」と言っているのが聞こえた。

 「少し飲みすぎたようで眠くなってしまってね。体調は大丈夫だ。心配掛けて申し訳ないな」

 「な〜んだ、歳っすね! 力さんも!」

 「あんたもよく飲み過ぎると、寝るじゃん」

 「うっせーよ! あっはははは」

 そんな酔っ払い二人に微笑み掛けて、力はゆっくりした足取りでリビングを後にした、午後8時30分ちょうどの事だった。

 「ぐごぉぉぉ、ぐごぉぉぉぉ」

 力が出て行ってから直ぐに、散々しゃべっていた一が、ソファーで寝息を立て始める。

 せっかくのピシッとした白のスーツも、あれではシワになるなと、思った五郎だったが、本人の自己責任なので気にしない事にする。

 そんなリビングには、相変わらず強い雨風の音と、一のイビキだけが響いていた。

 先程から静の姿が見当たらないが、キッチンの方から水の流れる音が聞こえるので、大方、皿でも洗っているのだと思いながら、少しカップに残っていた冷めた紅茶を飲み干す。

 「あぁー、ニコチン切れてきたわー ねぇ奥さ〜ん」

 「はーい」

 キッチンからエプロン姿の静が顔を覗かせると、短いスカートを翻しながら歩く八美がタバコの箱を指し示した。

 「ごめ〜ん、コレ吸いたいんだけど」

 「それでしたら、勝手口から出て直ぐの場所で、お願い出来ますか」

 静がそう言って、キッチン奥の扉に目を向けると八美は、眉間にシワを寄せて溜息を吐いていた。

 「えぇー、すげぇ雨降ってんのにぃ?」

 「すみません。主人がタバコの匂いが苦手で、来客された方にはいつも外で、とお願いしていまして」

 「ったく」

 小さく舌打ちをし、ダルそうに歩きながら、八美はキッチン奥の勝手口から外に出て行った。

 「・・・・・・」

 その様子を、黙って見送っていた静。

 「すみません。お手洗いをお借りしたいのですが」

 「えぇ、どうぞ。場所分かる?」

 「はい」

 すると今度は、八美の息子の新一に声を掛けられる。一瞬驚いた表情を見せた静だったが、すぐにいつも通りの優しい笑顔で頷く。

 丁寧にお辞儀をした新一が、お手洗いに向かうのを見送ると、静は溜息混じりに空いているソファーに腰を下ろした。

 「大丈夫ですか? 静さん」

 「えぇ。五郎さんは、楽しめていますか?」

 「料理やお酒は最高です・・・・・・他の客人に、難ありですけど」

 静は申し訳なさそうな顔を見せながら、ポットから新しい紅茶を五郎のカップに淹れてくれる。

 「どうして、あんな人達を呼んだりしたんですか? 大きなお節介かもしれませんけど」

 「不快にさせているのはお詫びするわ。前々から沖田さん達は、ここに来たがっていたのよ。ずっと何かしらの理由を見つけて断っていたんですけど、でも今回は、力さんが————」

 ————ガチャ。

 話の途中だったが、新一がトイレから戻って来たので、二人とも「おかえり」と言って話を中断した。それとほぼ同時に八美も喫煙から戻って来たので、静は新しい紅茶を二人にも淹れ直し始める。

 



 ————プルルルル、プルルルル。

 午後8時50分頃、突然電話の着信音がリビング内に響き渡った。

 どうやら一のスマホからだったようで、ビックリして変な奇声を上げながら、彼は飛び起きていた。

 「うぃーす、どうしたんすか? 力さん」

 電話の相手は、今は部屋で休んでいるはずの力からのようだ。

 「————はーい、了解っす」

 電話を終えた一は、大あくびをしながらフラフラとした足取りで、リビングのドアへ向かって歩き出した。

 「どうかしたんですか?」

 気になった五郎が声を掛けると、酔いのせいで滑舌が甘くなっている一が、片手を上げながら応えてくる。

 「なんか知らないっすけど〜 呼び出しっす」

 ————ガチャ。

 一がリビングから出て行くと、一気に場が静まり返り、外の激しい雨音だけが妙に耳に残った。

 「・・・・・・何かあったのでしょうか?」

 不安そうに一が出て行った扉を見つめて、静が小さく呟くのが聞こえる。

 それから5分ほど経って、ヨレヨレの白スーツ姿の一が帰って来たのだが、様子がおかしかった。

 「一さん、主人はどうしたんですか?」

 「いやぁ、それがっすね。呼び出されたんで部屋に行ったんすけど、ノックしても返事してくれないんすよ」

 「えっ?」

 先程、一のスマホが鳴ってから5分程しか経過していないのに、寝てしまったという事はないだろう。ということは、力に何かあったのではないだろうかと、静が心配でソファーから立ち上がった、その時だった。

 ————ドゴッッッッ。

 何かは分からないが、突然の大きな物音がリビングにいた全員の耳を貫いた。




 「きゃっ」

 「おわぁ! な、なんだぁ?」

 「何の音よ!」

 どうやら、この家の中で起きた音らしいが、発生場所が正確には判断できない。

 ただ、二階ではなく一階のどこかというのは感覚的に分かった。

 ————ダッ!

 慌てた様子で静が駆け出したので、五郎もその後に続く。

 「静さん! どこへ?」

 「しゅ、主人の部屋へ! あの人の部屋は一階なので!」

 静も発生場所が一階だという事には、気がついているようだ。他の部屋の可能性もあるが、まずは一人でいる力の部屋に行くのが当然だと思い、五郎も静と共に走る。

 「————五郎さん、こちらです」

 力の部屋は、玄関から入って真っ直ぐ廊下を進んだ突き当たりに位置していた。

 「あなた、大丈夫ですか?」

 「叔父さん! 大丈夫?」

 「・・・・・・」

 到着した二人が、木製で出来たドアを何回かノックしたが、その部屋にいるはずの力からは何の返事も返ってこない。

 「あのぉ、大丈夫っすか?」

 「何? 何かヤバイの?」

 静と五郎から少し遅れて、沖田一家も揃って力の部屋の前に集まってきたが、その質問には答えずに五郎はドアノブを回す。

 ————ガチャガチャ。

 内側から鍵を掛けられているらしく、ドアが開かない————と思ったら。

 ————ギィィィ。

 「開き、そうだ・・・・・・」

 「えっ!」

 五郎が内開きのドアを強く押すと、徐々にだが扉が開いてきた。隣の静が、その光景にビックリした表情をしているのが横目に見える。

 「ぐっ!」

 一応鍵は掛かっているので、このまま押し続けるとロックする金具の部分が壊れる可能性があったが、力の身が心配なので、気にせず五郎は力いっぱい踏み込んだ。

 ————バンッ!

 閉ざされていた扉が開き、五郎達は中に飛び込んだ。

 「うっ!」

 「何ですか、これ?」

 「おいおい、ヤベェすよ」

 力の部屋は、十畳ほどの広さで、部屋の両脇には壁一面を覆い尽くす本棚。右側奥にデスクと椅子。さらに奥の窓辺にベッドが置かれているだけのシンプルな部屋だった。

 ただ、今は様子が変だ。

 まず一つは、奥にある窓は全開になっていて、強い雨と風が室内の床半分ほどを濡らしている事。そしてもう一つは、ベッドの上に横たわる大きな本棚。

 「叔父さん!」

 「あなた!」

 五郎と静は、慌ててベッドに倒れている本棚を二人でどかし始める。チラリとだが本棚と、そこから散らばった本の山の中に力らしい足が見えたのだ。

 こんなに大きくて重いものが降ってきたら、大怪我をするのは当然、とにかく1秒でも早く力を助けなくては、と二人は必死に本棚をどかした。

 「叔父さん! 叔父・・・・・・さん?」

 「あ、あなた?」

 「あの! どうしたんすか? 力さん大丈夫っすか?」

 「ちょっとぉ! 静さん、何? どうしたのよぉ?」

 「大丈夫ですか?」

 部屋の前で待機している沖田一家には、この光景はどうやら僕らの陰になっていて見えていないらしい。

 うつ伏せになって倒れている力の、その大きな背中に刺さった、無機質なナイフが・・・・・・。

 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・」

 数秒後、外の豪雨の音をかき消すような豪田林静の悲鳴が、ペンション中に響き渡った。




 ————バツン!

 「えっ! 何? 真っ暗ぁ」

 「はっ? 故障か?」

 「おーい! 何も見えねーけど! 電気つけろって!」

 演劇部の映画が、突然終わった。

 その影響で、スクリーンに何も映し出されなくなったために、体育館内は暗闇に包まれ、全校生徒は、半ばパニック状態で騒ぎ始めた。

 北野南も、少しびっくりして必死に辺りに目を凝らしている最中、頭の中に、あるアイデアが浮かんんでしまい、思わずニヤケてしまう。

 ————はぅ! チャ、チャ、チャ、チャンスよ、南!

 「せんぱ〜い、こわ〜い!」

 隣に座っているはずの西山東輝に思い切り抱きつこうと、目にも留まらぬ速さで両腕を伸ばした南だったが、その手が捕まえたのは・・・・・・空気だけだった。

 「グヘェ!」

 情けない声を上げながら床に倒れ込んでいると、ステージ上にのみスポットライトが当たり、薄っすらと周りが見えるようになる。

 「ぐぅぅぅぅぅ、東輝先輩酷いですよー あなたのその腕は、愛しい女を抱き止めるための物でしょ!」

 「いや、読書とイチゴ牛乳のための物」

 「くっそぉぉ! 本とイチゴ牛乳以下かぁぁぁ!」

 先程まで座っていた席から、この南の行動を予知したかのように、東輝は少し離れた場所に立っていて、涼しい顔を向けている。

 「————驚かせてすまないな。みんな」

 いつの間にか再びステージ中央には、剛田豪が仁王立ちしていて、南がそれに気付き、元の位置に戻ると東輝も、サッと席に腰を落ち着けた。

 「おーい、剛田! 映画まだ途中だぞ!」

 「早く続き見たいでーす!」

 「続き! 続き!」

 周りの生徒達は、催促の声をパラパラと上げていた。

 南も最初は「演劇部の映画なんて————」という言葉を口にしていたが、見ているうちにどんどん引き込まれ、今では自分も「続きを早く見せろ!」と叫びたい気持ちでいっぱいだったが、その小さな体に収まっている、大きなプライドがお口にチャックをしてくれていた。

 「・・・・・・」

 そんな生徒達の声を目を瞑り、黙って聞いていた剛田は、いきなりその大きな両手を「バチンッ!」と強く合わせ、体育館中に静けさを取り戻させる。

 「悪いが、今回の映画上映会は、ここまでだ」

 その剛田の言葉で、今度は戸惑いの声が全生徒から上がり、ブーイングまで上がる始末だった。

 「何考えてんだ、あいつは」

 隣の東輝が眼鏡の位置を直しながら、不思議そうに呟いたのが聞こえたので、南もそれに同意する。

 「あんないい所で止めるなんて、アホなんですかね? あのジャイアンは」

 「聞こえてるぞ! 北野南」

 「うやぁっ!」

 ステージ上で黙って腕を組んでいたはずの剛田が、真っ直ぐコチラを睨んでいた。

 その視線から逃れるように、南は身を縮めながら隣の東輝に、今度はもっと小さく耳打ちした。

 「何なんですか! あのゴリラは! どんな耳をしているんですか!」

 「さぁ、ゴリラの耳の良さなんて、知らねぇ」

 「おぉー、先輩でも知らない事があるんですね? 分かりました! 今度一緒にイチャイチャしながら調べましょうね!」

 「イチャイチャはしねぇよ」

 「そこの読書部二人ッッッッ!」

 雷でも鳴ったのかと疑うほどの怒号が、南達の体を貫く。それが今ステージに立っている剛田の声だと理解するまで、南は若干時間が掛かった。

 「・・・・・・西山東輝、そして北野南。俺と勝負しないか?」

 「!」

 「は?」

 その問い掛けに、体育館中にいる生徒達が一斉にこちらを向いたと同時に、いきなり自分達にも天井に設置されたスポットライトが向けられる。

 「なっ! ま、眩しっ!」

 どうやら始めから南達の位置を把握して、照明に頼んでいたのだろう。

 「・・・・・・」

 東輝は静かに剛田を見つめていたが、南はこの状況を理解出来ず、とにかく席を立ちステージに向かって叫んだ。

 「こ、こんな時にしょ、勝負って! いきなりなんだぁ! 前回も挑んできて負けてるだろぉ!」

 あの苦い経験を味わった事件は、今でも根に持っているのに何を言っているのだと、南は叫びながら、だんだん頭にきていた。

 「————前回の件については、海老原に一任して、勝負の内容も方法も何もかも、俺はノータッチだからな。実質、初めての勝負というわけだ」

 「はぁ? 何を無茶苦茶な事言って! 何回やっても私は演劇部には入らない!」

 「ん〜、まぁ確かにお前には、我が部に入ってもらいたいが・・・・・・」

 剛田は南から視線を動かし、隣の東輝の事を睨みつけていた。

 その目つきは、正に獲物を狙う野生の動物そのままだ。

 「どちらかと言うと、今回はお前だ! 西山!」

 「・・・・・・」

 「間接的とは言え、俺に負けという名の泥を塗ってくれたな」

 「知るか」

 ずっと黙って、この状況を観察していた東輝も、さすがに無視できないと、ステージに向かって言葉を返した。

 このやり取りを見て生徒だけでなく、先生までも動揺している様子がチラッと見えて、この学校の教師は、何かトラブルとか起きた時、大丈夫か? と若干心配になってしまう。

 「今回、改めて読書部にこの俺、演劇部部長の剛田豪から挑戦状を送ろう!」

 「いらねぇから、持ち帰えれ」

 「お前達が勝てば今後一切、北野南には干渉しない事と、俺が卒業するまで演劇部は何かあれば、読書部に無条件で力を貸してやろう!」

 「東輝先輩! あいつ人語が理解出来てないですよ。ゴリラ語で話さないと!」

 「ゴリラ語?」

 勝手に話を進める剛田は、東輝達の事などまるで無視している・・・・・・いや、そうゆう性格なんだと思い直した。

 「お前たちが負ければ、今度こそ北野南は我が部に頂く!」

 「勝手に決めるなぁー 誰がゴリラの檻に一緒に入るかぁ!」

 「ハァ、もういいです。行きましょう、南さん」

 呆れて溜息をついた東輝が席を立ち、入り口に向かって歩き出したので、それに続くように慌てて後に続く。

 「北野! お前の、その演技力を眠らせておくのを・・・・・・神が許しても、俺が許さん!」

 「何なんですか、あの人! なんかヤバいです!」

 「無視するぞ」

 なおも訴え続けている剛田を無視して歩く二人は、他の生徒や先生達からの視線を浴びながら、出口まで辿り着き、東輝は扉に手を伸ばした。

 その時、悪あがきのように放たれた言葉が、二人の背中に突き刺さる。

 「読書部などという、お前の力を全く活かせない。ただ本を読むだけ。などという無駄な部活にいる意味など無いだろ!」

 「はっ? この————」

 「上等だ、受けてやるよ」

 南の言葉を遮るような、静かに発せられたその言葉に、剛田だけでなく、周りでこの状況を傍観していた生徒達も、目を見開いて静かになってしまう。

 かくゆう、南もビックリして言葉を失ってしまい、目の前に立つ彼を見つめる事しか出来なかった。

 「・・・・・・」

 この人は、こんな挑発になど絶対に乗らないと思っていたのに、今はステージを睨みつけ、誰がどう見ても敵意むき出しで立っている。

 一体、何が起こっているのだろう。

 ————東輝先輩?

 



 無性に腹が立っていた。

 もう勝負の理由なんてどうでも良かった。ただ目の前で噛み付く木偶の坊が、自分の聖域を侵した————そんな感情に、包まれたのだった。

 隣で驚いた表情を見せる南には、本当に悪い事をしているのは分かっている。勝手に勝負を受けて、もし負ければ一番ダメージを負うのは彼女なのだから。

 ————でも。

 「東輝先輩、あの」

 「悪い、でも心配すんな。負けねぇから」

 何の根拠もないそんな言葉を掛けられ、呆れられるかと思ったが、彼女は今まで戸惑っていた事など忘れたかのように、いつも通りの満面の笑みで大きく頷いていた。

 「西山、お前普段はクールなように見えて、意外と熱い男だな! 気に入ったぞ!」

 ————テメェなんかに、好かれたくねぇんだよ。

 「それで、さっきから言ってる勝負の内容は何だ?」

 「あぁ、そうだったな。だが勝負内容を聞いて、やはり降りるなんて事は————」

 「しねぇから、早くしろ」

 「よし」

 不敵な笑みを浮かべた剛田は、背後に設置されているスクリーンをゆっくり指差した。

 その動きに東輝だけでなく、全校生徒が注目している。

 「読書部の二人と言えば————謎解きが、得意という事だったらしいな」

 「?」

 「いや、海老原との一件以外にも、学校で起きた事件を度々解決していたようだな」

 どうやら、色々と嗅ぎ回っていたらしく、剛田は太い両腕を組みながら、不敵な笑みを口元に浮かべている。

 「ちょうど良かった。いや、まさに運命の悪戯とでも言うべきか————この映画が、ミステリーを題材にした.映画だという事がな!」

 「・・・・・・」

 「げっ! まさか!」

 南は今更気付いたようだが、この木偶の坊が吠え始めてから、東輝は何となくだが勝負の内容を予測していた。

 そう、上映会前に剛田が耳打ちしてきた言葉のおかげで・・・・・・。

 「お前達には、この『ハッピーバースデイの悲劇』劇中に登場した豪田林力を殺害した犯人と、そのトリックを推理してもらう!」

 「えぇ!」

 「やっぱり、か」

 他人事の生徒達は、剛田の、この一言に非常に盛り上がっており歓声を上げていた。

 そんな中、読書部の事を知っている事務員の山田一郎さん、東輝のクラスメイトの前田優香や大島豊などが、心配そうにコチラを見ているのには気付いたが、もう止められない————。

 火蓋は切って落とされたのだから・・・・・・。

 「期限は二日後、水曜日の放課後! 再びこの体育館で、後編の上映をする予定になっているのだが、その時に、お前たちの推理を発表してもらう! 思う存分楽しんでくれ、北野南! そして、西山東輝!」

 



                           後編へ続く・・・・・・。

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