92.「では我々も頂くとしようか」
広末家当主と嫡子は何事もなかったかのように座布団に座った。
憐さんが僕の隣の席を譲ろうとしたけど「いいからそのままで」と阻止される。
最初からこうする予定か。
ていうか憐さん、よく僕の隣に座ったね?
「その……離れるのも不自然ですし」
それはそうか。
まあいいや。
憐さんが広末家の男衆にもお吸い物やお茶を配膳して席に戻る。
「それでは矢代殿。
改めてご来宅下さりありがとうございます」
巌さんが軽く頭を下げた。
「それから失礼致しました。
倅から話を聞いて、これは千載一遇のチャンスではないかと思いまして」
豊さん、何言ったの?
思わず非難の目を向けてしまった。
「ちょ、それはないだろう親父!
俺がけしかけたみたいに」
「だが難攻不落の矢代殿だぞ?
お前の話では常にお付きの方々に守られているというじゃないか。
お一人でご訪問されるとなればここはひとつ」
「いきなり過ぎるんだよ!
親父、広末家を潰す気か?」
喧嘩が始まりそうになったが憐さんの一言が破局を止めた。
「……二人とも。
何を企んだの?
私はともかく矢代さんに失礼だとは思わなかったの?」
あれ?
憐さん、怒る所が違うのでは。
すると巌さんが真剣な表情で頷く。
「確かに。
お前の評価にも繋がるということだな。
悪かった」
「私にじゃなくて矢代さんに言って!」
どうも話の進み方がよく判らないな。
田舎郷氏の当主と嫡子が共謀して娘に美人局させようとしたんじゃないの?
だけどそんなことは言えない。
黙っていよう。
でも広末家の人たちは黙っていなかった。
「こんなことで私が炎様の腰元から外されたりしたらどうしてくれるのよ!」
「だから矢代殿に取り入ってだな」
「いきなりは無理だって言ってるのよ!
この日のために頑張ってきたのに!
矢代さんも呆れていらっしゃるわ!」
いや呆れてはいません。
呆然としてはいますが。
何ですか?
ひょっとして憐さんが嵌められたのは確かだとしても、別に嫌々というわけではなかったと?
「実はですね」
いつの間にか僕のそばににじり寄ってきていた豊さんが囁いた。
「炎様の配下は仮称魔王軍と名乗っていますが、それだけではありません。
あれは主に男が所属する組織です。
まあ女もいますが。
あれとは別に女だけの組織があって腰元組と称しています。
憐はそのメンバーの有力候補だったんですが」
さいですか。
それは良かったですね。
薄々感じてはいたけど、どうも炎さんの厨二病は個人で収束するものじゃなかったみたい。
すでに戯れ言が放散している、というよりは何世紀も前から埼玉に根強く広がっていたんだろうね。
炎さん自身は魔王だとしても、その配下は妖怪じゃないと思っていたんだけど間違いだった。
そういえば静姫様も言っていたじゃないか!
「成りかけている」って。
だとすれば豊くんはもちろん憐さんだってその影響から逃れられるはずがない。
というよりはもはやその一部だと。
戦慄で背筋が凍る僕を尻目に広末親娘はまだ不毛な議論を続けていた。
「だがな憐。
これくらいインパクトがないと矢代殿には届かんぞ。
何せ炎様ご自身が」
「それは判っているけど」
「だからここはひとつ穏便にな」
「もういい!
私が自分で何とかする!」
突然激高する美少女。
中学生女子って凄いな。
無敵だ。
これならロボットに乗れるわ。
「矢代さん!」
憐さんが僕の方を向いて言った。
「何でしょうか」
つい敬語になってしまう僕。
弱い(泣)。
「本日は本当に失礼しました!
ですが伏してお願いしたいことがあります!」
そうなの。
いや僕だって中2美少女のお願いなら聞いてあげたいけど。
出来ることと出来ないことはありますから。
「ご希望に添えるかどうか判らないけど、とりあえず言ってみて」
そうしないは話が進まないからね。
憐さんは嬉しそうに言って正座した。
「はい!
じゃあ言います。
私を宝神に入れて下さい!」
いや無理でしょ?
だって宝神は大学だよ?
中学を出て高校を卒業して受験するか、信楽さんみたいにそれ以外の方法で参加して下さい。
そう言いかけたけど違う気がする。
そんなことは百も承知で言っているんだよね?
だとすれば宝神に学生として入学する、という方法じゃない可能性が高い。
ああ、なるほど。
「えーと。つまりそれって矢代興業でバイトしたいと?」
「違います!
宝神で働きたいんです!」
同じ事じゃないの、と言いかけて気がついた。
同じじゃない。
憐さんは何て言った?
「宝神に入りたい」だ。
そういえば憐さんって炎さんの腰元候補だったと言ってたっけ。
どういう意味なのか判らないけど。
腰元ってアレだよね?
いや怖いからそこら辺はスルーしよう。
そうか。
解決策は簡単じゃないか。
「判った。
その希望は宝神で検討してみるから」
そう言ったら中2の美少女は歓喜の表情を浮かべた。
「やったーっ!
お父さんお兄ちゃん、やったよ!」
「見事だぞ憐!」
手を取り合って喜ぶ父娘。
いや僕は別に承知したわけじゃないんですが。
持ち帰って検討してみると言っただけで。
(言い方が悪い)
無聊椰東湖が口を挟んできた。
(ああいう風に言ったら承知されたと誤解するのは当然だぞ。
サラリーマンはもっと曖昧な台詞を使う)
いや僕はサラリーマンじゃないし。
ていうかどうでもいいんだよ。
どうせ決めるのは僕じゃない。
責任取るのは僕だけど(泣)。
僕は沸き上がってくる不安を誤魔化すためにご飯に集中した。
美味しいから楽だった。
しばらく食べていたら何か異様な気配が漂っているのに気がついた。
何?
「いや、矢代さん。
大物ですな」
「本当です!
凄い!」
また変な事で感心されてしまった。
僕は現実逃避していただけなのに。
「憐。
そうと決まれば着替えて来い」
「判った!
すぐ戻ります!」
飛び出していく憐さん。
やっぱ仲居さんの格好は舞台衣装か。
似合っていたけど中2で仲居ってのは不自然だもんね。
「では我々も頂くとしようか」
「そうだな。
矢代さん、失礼しました」
そう言いながら食事にかかる広末親子。
あんたらも大物だよね?




