90.「ええと、どこに行くの?」
やはり宴会になってしまった。
信楽さんに電話したら「判りましたぁ」と言われただけだった。
他の人たちにも伝えて貰うことにする。
夕食には間に合いそうにもない、というよりは今日中に帰宅出来るかどうか。
僕は置物のように奥座敷の上座に置かれたままだったけど、周囲では大車輪で僕? の歓迎会の準備らしい騒ぎが続いていた。
テレビドラマに出てくる温泉旅館の宴会みたいに個人用のお膳が並び、座布団が敷かれる。
奥座敷の襖を取っ払うと三十畳くらいの広間になるんだよね。
もはや料亭を超えている。
続々とやってくる中年から初老の立派な人たち。
その大半は紋付き袴で残りは礼服だ。
どうしよう。
僕、いつもの登校用のサマーセーターにジーパンなのに(泣)。
「気になさることはございません。
末長のお館様で皆慣れております。
あの方は三が日のご挨拶でも平気で作業着で現れますからな」
巌氏が笑いながら言うけど末長さんと僕を比べちゃ駄目でしょう!
向こうはこの辺り一帯の権力者なんだよ!
織田信長が雑兵姿で駆け回っているのと同じで誰にも文句は言えないんだろうけど。
でも僕はただの平民だし。
「何の。
矢代殿のお話はお館様からよく伺っておりますぞ。
その若さで自ら創業した企業の社長として活躍され、また大学の理事長も務められておられるとか。
更に炎様の担当教授としても見事にあの方を矯正……いえ指導されておられる。
既にお歳など超越した方であるとお館様もご満悦で」
末長さん、何を言いふらしてるの?
あの人も大人物ではあるんだけど、いかんせん道化師というか常識の外で動くからなあ。
炎さんの事だって本当は全然心配なんかしてないどころか面白がってる癖に。
しょうがない。
僕は覚悟を決めて話を合わせた。
そろそろ正座が辛くなってきた頃、巌氏が立ち上がって宴会が始まった。
最初に乾杯。
僕は未成年なのでウーロン茶だ。
さすがに強制してくるような事はなかったけど、周り中がのっけからフルスロットルで呑んでいる。
何か僕、ほっとかれているんですが?
「すみません。
分家の連中は集まって呑みたいだけなんで」
僕のそばについてくれている豊くんが囁いた。
「それならいいんだけど。
絡まれたりしない?」
「俺がついてれば大丈夫です。
もうちょっと我慢して下さい」
ちょっとだけだよ?
そう言われて話しかけてくる人に当たり障りのない受け答えを続けていると突然豊くんが立ち上がった。
かすかな合図。
僕もさりげなく後に続く。
トイレに行くようなふりをして襖を開けると僕たちと入れ違いに大量の仲居さん? が入って行った。
料理が来たらしい。
「総……矢代さんはこちらに。
頼む」
「はい」
豊さんがそばに立っていた人に声を掛けた。
やっぱ美少女。
細身小柄で黒髪は短くしている。
顔立ちは整っているけど何となく豊くんと似た印象があった。
そう来たか。
そうだよなあ。
ただで済むとは思ってなかったよ(泣)。
「俺の妹で憐といいます。
こいつをつけます。
俺も後から行きますので」
そう言い捨てて襖の向こうに消える豊さん。
僕、いつの間にかあの格闘キャラ(違)を頼りにしていたりして。
「こちらです」
憐さんが事務的に言って歩き出す。
ついていくしかないよね?
廊下を歩きながら憐さんを観察してみる。
今頃気づいたけど和服というか、仲居さん的な服装だった。
よく似合っていたりして。
「何でしょうか?」
視線に気づかれたのか立ち止まって振り返る憐さん。
中学生くらい?
「ええと、どこに行くの?」
聞いてみる。
「来客用の離れがあります。
あまり広くないのですが。
夕食もそちらで」
「いやそれはいいんだけど。
判った」
頷いて案内に戻る憐さん。
夕食は頂けるらしい。
ていうかこの流れ、僕泊まることになってない?
ちょっと好奇心で埼玉の民家に立ち寄っただけなのに何でこんなことに。
「こちらです」
長い廊下を延々と歩いて到着したのはちょっとした離れだった。
渡り廊下で繋がってはいるけど、明らかに母屋とは別の建物だ。
別棟というには小さすぎる。
何かよくミステリで出てくる密室みたいだと思ってしまった。
お客さんとか旧家の当主とかが一晩そこで過ごして、翌朝死体となって発見されるんだよね。
雪が降っていて足跡が一組しかなかったりして。
「どうぞ」
憐さんが引き戸を開けてくれたので踏み込むと、そこは八畳くらいの和室だった。
家具と呼べるほどのものはない。
ただ奥に床の間があって由緒ありげな掛け軸がかかっていた。
高級旅館のようだ。
部屋には既に用意がしてあった。
座布団が等間隔で敷いてある。
「こちらへ」
やっぱり奥に座らされる。
部屋の位置には上下関係があって、身分が高い人が部屋の奥あるいは床の間の前と決まっているとどっかで聞いたな。
まあいいか。
足が痺れていたので胡座をかいて座ったけど憐さんは何も言わなかった。
席にはつかず、入り口に近い場所に正座する。
そのままじっとしているので僕も動けなくなった。
何か気まずい。
「あの」
「何かご要望がありましたら私に命じて頂ければ」
ちょっと言いかけたら遮るように言われた。
ご要望って(笑)。
「じゃあちょっと聞きたいんだけど、憐さんは豊さんの妹さんなんだよね?」
馴れ馴れしすぎる気はするけど他にとっかかりがない。
「はい。
豊が広末家の長男で嫡子です。
私は長女で、下にあと2人います」
憐さんは淡々と応えてくれた。
4人兄弟か。
多いな。
しかし嫡子ね。
そういう制度がまだ残っているらしい。
「豊さんは高校3年と聞いたけど」
「はい。
私は中学2年です」
リアル中2かよ!




