79.「確かに手伝って貰ったけど」
そうと決まればグズグズ出来ない。
僕は比和さんを通じて矢代ホームサービスの営業? に連絡をとった。
『比和から聞いております』
電話に出た人は誰だか知らないけどビジネスライクに返してきた。
「メイドさんというかお手伝いの派遣をお願いしたいんだけど」
『かしこまりました。
本件は最優先事項でございますのでいかようにも』
凄い。
無制限で認められているらしい。
経費も掛け放題なんだろうね。
「それじゃあすぐに何人か回して貰えるかな。
あと今夜の参加者というかロンズデール家の人の好み、いや苦手だったり食べられないものがないかどうか聞いて」
『調査済みです。
参加者はロンズデール家のご一家全員とのことです。
アレルギーや苦手な食材はないのでメニューはお任せするとのお言葉を頂いております』
何それ。
矢代ホームサービスって諜報機関か何かなの?
まあいいや。
「判った。
なら僕はこれから矢代家に帰るから」
『お待ちしております。
食材の買い出しなどございましたらただいま承りますが』
もう何も言えないね。
でもそれなら。
僕は考えていたメニューから食材を割り出して伝えた。
『確かに承りました』
「多分、晶さんとかも乱入してくると思う。
だから食材は余分に購入しといてくれるかな」
『……確かに。
さすがでございます』
それはいいから。
僕は電話を切ってから荷物をまとめて理事長室を出た。
駐輪場で自転車を借りて宝神を出る。
晴れてて良かった。
そういえばこっちに越してきてからまだ一度も雨が降ってない気がするけど、これってやっぱり静村さんがいるせいなんだろうね。
来月には梅雨に入るのにいいんだろうか。
ダムの貯水量とか。
まあいいや。
危なくなったら静姫様に頼んで降らせればいいだけだし。
(矢代大地の思考がラノベになっている気がするが)
無聊椰東湖の危惧は判るんだけど、そうしないと日常生活が回らないんだよ。
もう静村さんの存在は確定事項として組み立てるしかない。
だってそうでしょう。
そもそも僕に言わせれば現代文明自体が魔法みたいなものだ。
手の平に収まる板で遠くの人と話せたり、馬もいないのに高速で走る車があったり。
外国にも空を飛んで簡単に行ける。
これってどう考えても魔法だよね。
いや科学だと言われればそうなんだけど、だったら僕や他の人がスマホや自動車や飛行機が動く原理を判っているのかというとそんなことはないでしょう。
自分では理解出来ないものの存在を前提として毎日の生活をおくっているわけで。
(言わんとする事は判ったから、その虚しい現実逃避は止めろ)
無聊椰東湖はお見通しだった(泣)。
まあ、無聊椰東湖も僕なんだから当然だけど。
何ていうか自分の主体性の無さに時々絶望するんだよなあ。
案山子は辛い。
(サラリーマンなんざそんなもんだぞ?
俺に言わせれば矢代大地の人生の自由度は大きい方だ)
さいですか。
人生って辛いですね。
そんなことを考えているうちに矢代家に着いた。
僕が門に近づいただけで鍵が外れる。
「矢代社長。
お帰りなさいませ」
メイドさんらしい声が出迎えてくれた。
これが非現実感の主な原因なんだけどなあ。
秋葉原の路上でもないのになんでこう頻繁にメイドさんに出会うのか。
(それは矢代大地が彼女達の雇い主だからだろう)
もういいよ(怒)。
自転車を押して門をくぐった所でぎょっとして立ち止まってしまった。
メイドさんがずらりと整列してるんだよ!
片側に3人ずつだから合計6人。
アニメじゃないんだから(泣)。
とりあえず自転車をメイドさんの一人に預けて家に入る。
メイドさんたちは解散したんだけど右側の先頭にいたメイドさんがついてきた。
「6人も来てくれたの?」
そのメイドさんに聞いたら否定された。
「十人でございます。
2名は買い出し、2名はキッチンで支度を」
そうなの。
「多すぎない?」
思わず聞いてしまったらメイドさんが溜息をついた。
何?
「……申し訳ございません。
希望者が多すぎて収拾がつかず、妥協に妥協を重ねて十人まで絞りました」
「何で?
休み中なのに?」
「休日ではございません。
出勤日ですがラッキーでございました。
ローテーションで休みになっている者共が地団駄踏んでおります。
以前矢代邸の夕食会をお手伝いさせて頂いた者共が吹聴したお話が広まっておりまして」
そういえばそんなこともあったな。
保科さんと室名さんだったっけ。
元帝国のくノ一か何かで矢代ホームサービスの派遣メイドで来てくれたんだよね。
天ぷらうどんを作った時に協力して貰ったんだっけ。
「確かに手伝って貰ったけど」
「その時、賄いとして矢代社長が作られた天ぷらうどんのお相伴にあずかったと。
あれほど美味しい賄いは生まれて初めてだったと事あるごとに」
あちゃー。
保科さんたち、バラしたのか。
まあ隠せる事じゃないけど、あの時は余ったうどんと総菜の後始末を任せただけだったような。
「それでどうして希望者が殺到するの?」
「矢代邸で働かせて頂くと運が良ければ矢代社長の賄いにありつけるという事で大人気でございます。
あまりにも希望者が多いので担当はローテーションにしておりますが、今回のような突発的なイベントについてはくじ引きで決めることに」
そうなの。
まあどうでもいいけど。
「でもそう決まっているのなら混乱なんかしないのでは」
「メイド仲間の情報網は侮れません。
くじ引きを行おうとしたら非番の者共が雪崩れ込んで来て参加させろと」
「お休みなのに?」
どれだけお仕事が好きなんだよ。
というよりは食い意地が張っているのか。
「それで」
「非番の者には参加権がないと主張する当番の者共と、こういったイベントは非番も何もないと強引に割り込もうとする者の間であわや掴み合いの喧嘩に」
溜息をついてからそのメイドさんは顔を輝かせた。
「そこに比和様の怒りが下り、何とかメンバーが決まったわけでございます。
我等メイド一同、衷心より矢代社長をお手伝いさせて頂きます」
そうなの。
心底どうでもいい。
僕は「着替えるから」と言って自分の部屋に戻った。
お客さんが来るからにはそれなりの格好をしなきゃならないけど、料理するならやっぱりジャージだよね。
とりあえず汗を流して身体を清めようと思って降りていくと、なぜかリビングのソファーが片付けられていた。
テーブルが並んでいるけど椅子がない。
「これは?」
通りがかったメイドさんに聞いてみたら当たり前のように言われた。
「参加人数がリビングダイニングの収容能力を超えると思われますので。
中庭にテーブルをご用意させて頂きました」
慌てて見てみたら中庭が晩餐会場とまではいわないにしても野外レストランみたいになっていた。
そこまでやる?




