71.「いよいよ来るらしいのでぇ」
テレビやパソコンは会社の備品なので僕の費用負担はないと言われた。
珈琲メーカーは私物だけど。
豆も。
ならいいか。
まあ、確かにこのでかい4Kテレビとか最新型臭いデスクトップPCなんか自分のお金では買わないからね。
無料で使わせてくれるというのならありがたく頂くまでだ。
テレビやパソコンの設置や調整とかしているうちにみんなが帰ってきたので夕食になった。
今日は比和さんを除いた4人だ。
矢代ホームサービスのメイドさんが用意してくれた食事を一緒に摂った後はリビングで雑談。
何か僕、この状況に慣れてきたみたい。
複数の美少女と一つ屋根の下で生活するってラノベ的だけど、よく考えたら最近のラノベにはそんな状況ないよね。
不自然過ぎて読者がついてこれないから。
だからこの状況は現実なのだ(笑)。
雑談を適当に切り上げて引き上げる。
今の僕には美少女よりテレビとPCだ。
夜中までかかって届いた機器をセットして、色々と調整してからテレビをつけてみたら凄い迫力だった。
そもそも僕の部屋ってこんなでかいテレビを置くようには出来てない気がする。
音量も凄そうなのでボリューム絞って見てみたけどイマイチだった。
ヘッドフォンも欲しいな、と思って調べて見たら箱に入ってました(泣)。
凄い高級品だ。
完全に見切られてるなあ。
信楽さんってドラえ○んか何かなんじゃないの?
まあいいか。
さすがにPCの方までは手が回らなかったので明日にする事にして、トイレに行ってからベッドに倒れ込む。
目が覚めたら朝だった。
それからは似たような毎日の繰り返しになった。
信楽さんは一日で回復したけど黒岩くんたちに言われたのか仕事をスローダウンしたみたいだった。
宝神の構内でもよく見かける。
どうも東京本社に出勤しなくなったらしい。
確かに会議なんかもタブレットがあればリアルタイムで出来るもんね。
「どこでも会議」だ。
書類の決裁については矢代興業の社員の人が運んできてくれるので理事長室で出来るようになった。
僕はもともと東京本社に行く用事ないからね。
毎日家と大学を往復しているだけだ。
典型的な一日のスケジュールも固定化してきた。
朝起きてメイドさんか比和さんが作ってくれた朝食を済ませてから宝神に出勤する。
理事長室でタブレットを通じて色々処理した後、信楽さんに解説して貰いながら決裁書類にサインしたり、週に一、二度は外部からお客さんが来るので会ったりする。
空いた時間には通信大学の講義を受講。
これ、ちょっと誤解していたんだけどリアルタイムで講師がやっている講義を視聴するんじゃないみたい。
そういう授業もあるんだけど、それは専門課程に進んでからだと言われた。
講義中や演習中に質疑応答とかあるそうだ。
僕が受講しているのは1年次の基礎編なので、全ての講義は録画になる。
でも侮れない。
動画を視聴している最中に不意に質問とかテストが入るんだよ。
見てないと答えられない。
しかもデジタル動画だから同じ講義でも毎回質問内容やタイミングが違ったりして。
だから誰かのノートを参照する、というわけにはいかない。
これ、普通の大学の講義よりきついかも。
お昼は大学の食堂で食べる。
比和さんがお弁当を作ってくれようとしたんだけどクレームがついて駄目だった。
大学食堂の料理はその比和教授が主宰する講座の実習になっているんだよ。
教授自らが自分の学生たちの演習を邪魔するわけにはいかないでしょう。
僕としては比和さんや静村さんのお弁当に未練はあるけど、学食のご飯も結構美味しいんだよね。
本職のメイドさんが作るご飯だから。
無料だし。
不満というか気になるのは僕がいつもボッチ飯だということだ。
未だに事務局の職員さんたちは怖がっているのか近寄って来ないし、それ以外の人たちはみんな忙しくて付き合ってくれない。
たまに末長さんなんかと会って一緒に食べるくらいか。
でも末長さんは宝神の学長という以前に僕の担当教授だし。
ご飯の最中に講座の話になってしまって、そのまま学長室に連れ込まれて議論になったりする。
苦手だ。
午後も理事長室で色々仕事したり勉強したりネットサーフィンしたり猫動画を見て遊んだりしているうちに定時になるので帰宅する。
何か虚しい。
僕の学生生活って砂漠を一人で歩いているような気がしてきた。
帰宅したら美少女だらけなんだけどなあ。
もっとも比和さんは夕食に間に合って帰ってくる事も稀で、帰宅しないことすらある。
信楽さんは毎日帰ってくるものの、やっぱり週に一度くらいは東京でお泊まりになったりする。
いや遊んでるんじゃなくて仕事らしいけど。
そして炎さんと静村さんの人外2人組はひたすら遊び回っていた。
花の女子大生だもんなあ。
週に2、3日は東京に行ってしまって夜中まで帰宅しない。
別に心配してないけどね。
魔王や静姫様にどんな危険が迫るというのだ。
というわけで夕食の大半もボッチ飯なんだよ。
空から美少女が落ちてきて家に居着く萌えアニメの主人公もそうなんだろうか。
知らないけど。
そんなある日、そういえばゴールデンウィークとかあったっけとか思っていたら、二人だけの夕食の席で信楽さんに言われた。
「矢代社長ぅ。
黄金週間の予定は立ててますかぁ?」
「いや?
特に何も」
長期休暇と言ったって僕、普段の日も似たようなものだし。
「そういえば忘れてたけど矢代興業ってゴールデンウィークには休むの?」
聞いてみた。
「むしろかき入れ時ですぅ。
清掃事業やぁ警備のお仕事はぁ大量の需要がありますぅ」
それはそうか。
長期休暇でみんなが遊びに行ったり美味しいモノを食べたりするってことは、それをやっている裏方が必ず存在するってことだもんね。
コンサートなんかでもアーティストはもちろん舞台を支えたり警備したりする人たちは必ずいる。
つまり矢代興業はブラックか。
「僕の予定には何も入ってなかったと思うけど」
「それがですねぇ。
いよいよ来るらしいのでぇ」
そうか。
来るのか。
で、何が?




