6.「ちゃんとやるから早く行ってよ!」
「ちょうどご本人がいるですぅ」
信楽さんが言うので振り返ると末長さんが立っていた。
元宝神国際大学理事長で現宝神総合大学学長。
理事会顧問でもあったっけ。
この辺り一帯の地主で地元の有力者でもある。
そして今度は名誉教授だ。
何役ついてるんだろう。
「おお、矢代理事長。
お久しぶりですな」
破顔する末長さん。
いやさっき近くに座っていたと思いますが。
まあ、確かに会って話すという点では久しぶりだ。
最後に会ってから結構たっているし。
僕は外国に飛ばされてこないだ帰ってきたばかりだから。
末長さんは途中で用があるとかで先に日本に帰ったんだよね。
でも僕はずっと炎さんと一緒だったから、あまり久しぶりという気がしないんだよ。
失礼な話だけど末長さんって娘さんの炎さんに雰囲気が何か似ているから。
真面目そうに見えて結構いい加減で悪戯好きな所とか。
「末長さんもお変わりなく。
宝神の学長に就任して頂いたそうで、ありがとうございました」
頭を下げる。
僕だってこの程度の社交辞令はこなせるんだよ。
両親に結構仕込まれたからね。
「この老骨がお役に立てますかどうか。
そういえば娘から聞きましたが、あの後も海外では大活躍されたそうで。
大したものですな」
あちゃー。
どういう話が伝わっているのか知らないけどあまり触れられたくないなあ。
特にあの旅行の後半はしっちゃかめっちゃかだったし。
さりげなく話題を変える。
「そういえばこの経営学講座なんですが」
掲示板を指さすと末長さんは頷いた。
「はい。
理事会の方々に懇願されましてな。
私などが矢代さんに何を指導して良いのかさっぱりですが」
やっぱそうだよね。
いや末長さんの能力不足とかじゃなくて、僕がついていけるかどうか。
だって末長さんは一族の長みたいだし、この地域一帯の顔役でもある。
理事長として宝神国際大学をずっと経営してきたわけで、そんな凄い人に直接指導して頂けるなんて、嬉しさとかより恐怖だよ。
しかし誰が頼んだんだろう。
理事会なんだろうけど仕掛け人がいるはずだ。
「僕こそ光栄ですが、末長さんに頼んだ人というのは」
「私ですぅ」
後ろから声がかかった。
やっぱりかよ!
それほどの権力を持っている人は限られているからね。
影の支配者である僕の秘書さんしかいない(泣)。
がっくりしていると末長さんが言った。
「この後、講座ごとの案内のはずですが、矢代教授は御自分の講座のお世話があるでしょう。
学長室におりますので手が空いたらお尋ね下さい。
炎も矢代教授にご迷惑をかけないようにな」
最後の台詞はいつの間にか近くに来ていた炎さんに向けたものだった。
「判ってます!」
「どうだか。
海外でのお前の活躍は聞いているぞ」
意地悪そうに笑う末長学長。
炎さんは真っ赤になった。
まー、確かに炎さんは大活躍だったんだけどね。
「ちゃんとやるから早く行ってよ!」
「ほどほどにな」
ほっほっほっと笑いながら去って行く末長学長。
うーん。
あの人、大人物ではあるんだけどちょっとアレなんだよなあ。
娘の厨二病を全面的に受け入れたり際どい冗談を連発したり。
でも能力的にも人格的にも凄い人である事は間違いない。
やっぱ突出した所がある人って傾くんだろうか。
「ダイ……矢代教授!
父がすみませんでした!」
末長さんの後ろ姿に向かって拳を振り回していた炎さんが僕に深々と頭を下げた。
この人ももちろん厨二病で初対面の時に魔王と名乗ったんだよね。
本物かと思ったけど今は違うそうだ。
昔は真厨二病だったらしいけど。
その頃の設定は魔女だったとか。
でも高校で再発したら偽物だったということで。
ちなみに本人はカッコいいからと言う理由で魔王を名乗っているけど、実はむしろ妖怪らしい。
それも親玉級で言ってみればぬらりひょん。
この名前嫌さにことあるごとに魔王ですと主張するんだけど、知っている人はみんな知っていて魔王と呼ばれている。
外見はタカラヅカの男役みたいな中性的なイケメンなんだけど女性です。
「いや教授は止めて」
「はあ、そうですか。
では何と呼べば」
うーん。
理事長は嫌だし社長は場違いだ。
ていうか肩書きなんか付けて呼ばれたくはない。
やっぱ「君」とか「さん」とかは無理だろうし。
「様」は論外だ。
比和さんだから許可している、というよりは断れないだけで。
「教授でいいと思いますぅ」
信楽さんの声が断を下した。
さいですか。
これは命令であって誰も逆らえない。
炎さんも「はい!」とか硬直しながら応えている。
旅行中に信楽さんの凄さを散々味わったはずだからね。
逆らおうなどという考えすら沸かないはずだ。
続いて信楽さんが炎さんに何か指示を与えると、炎さんはなぜか敬礼して走って行ってしまった。
魔王を使い走り扱いかよ!
「矢代教授ぅ。
行くですぅ」
信楽さんに言われて気がついた。
いつの間にか講堂内から学生の姿が消えている。
それどころか舞台でも作業員が調度を片付け始めていた。
いや作業員と言っても学生なんだけど。
早速実習かな。
関わらないようにしよう(怖)。
信楽さんについて歩きながら聞いてみた。
「みんなどこに行ったの?」
「案内ですぅ。
それぞれの所属する講座でこれからの事について説明を受けてますぅ」
ここで事務局の服部さんたちから共通部分の説明を受けた後、それぞれの講座に分かれて講座ごとに独自の解説があるそうだ。
必要ツールも配布されますぅ、と信楽さん。
そうなの。
ていうかその心理歴史学講座とやらを主催するはずの僕が何も知らないんだけど(泣)。
「大丈夫ですぅ。
私ぃがついてますぅ」
それは助かる。
よろしくお願いします。
もう恥も外聞もないよね。
信楽さんについていくと学務棟を通り過ぎて校舎の方に向かっているようだった。
渡り廊下で繋がっていて雨の日でも濡れないで移動出来るようになっているんだよね。
そこら辺の高校並だ(泣)。
校舎に入る。
前に見学した時には高校の教室みたいな部屋が並んでいるだけだったけど?
「ここですぅ」
信楽さんが一階の真ん中辺りで立ち止まった。
教室のドアには「心理歴史学講座」と書いたプレートが貼ってある。
用意いいよね?