56.「これで繋がりましたぁ」
焼飯は美味しかった。
月並みだけどご飯がパラッとしていて塩気が効いていて。
スープは出来物みたいだったけど、これはしょうがない。
まさかそこまで手作りするわけがない。
食べ終わってトレイを洗い場に戻す。
この辺だけは学生食堂だったりして(笑)。
「ご馳走様でした」
「ご利用、ありがとうございました」
洗い場にいた人が丁寧に頭を下げてくれた。
男だけど。
ごついガタイだったから護衛兵とかそっちの方の人なんだろうね。
知らない顔だ。
僕も矢代興業の厨二病患者を全員知っているわけじゃないけど、帝国にああいう人っていたっけ?
まあいいか。
満腹したので休みたいと思ったけど、休憩室みたいな場所に心当たりがない。
いや僕には戻るべき場所がある。
2つも。
心理歴史学講座の教室と理事長室だ。
当然だけど後者を選ぶ。
だって豪華だし、色々備品があるし。
学長室に入るとなぜか爽やかな香りがした。
部屋も片付いているような。
誰かが掃除してくれたらしい。
これもどっかの講座の「課題」なんだろうか。
宝神って色々な意味で凄くない?
つまり大学運営に関する大抵の仕事を学生自身がやっているんだよ。
課題として。
給料は矢代興業から出ているから宝神総合大学としての人件費はゼロだったりして。
もっとも宝神の学生はそんなにたくさんはいないから、多分かなりの数の契約社員やパートが入っていると見た。
その人たちの人件費は当然かかるだろうけど、そもそも矢代興業はお金に困ってないからね。
金のタマゴを量産している武野さんたちに感謝だ。
僕は学長室の豪華なデスクについてタブレットを取り出した。
電源を入れてから思い出して珈琲メーカーをセットする。
これ、末長さんの所有物なんだろうけど借りてていいんだろうか。
珈琲豆は借りてるんじゃなくて消費している気がするし。
今度会ったら聞いておかないと。
そういうのはすぐに忘れそうなのでグループウェアのメモ欄に記録しておく。
備考録?
珈琲が煎ったので啜りながら学内サーバにログインする。
まず心理歴史学講座のサイトに行ってみたらメッセージが入っていた。
メールじゃなくて、講座内でやり取りするためのLINEみたいなものらしい。
つまり心理歴史学講座の教授である僕宛だ。
他にも理事長宛とか矢代興業社長宛とか色々ありそうだけど、とりあえずはパス。
ロンズデール姉妹から講座登録のお礼と面談の申し込みが来ていた。
目標管理シートについてご相談したいと。
それを確定させないと正式に登録されないからね。
いつでもいいよと返事をしておく。
武野さんから抗議が来ている。
目標管理シートを却下した件か。
いやそう言われても温泉訪ねて全国行脚なんか目標にならないでしょ?
ていうかそんなのは課題じゃなくて趣味でやって欲しい。
絶対に許可出来ないと返答する。
その他に事務局からの通達や連絡、講座で使う備品や教科書の登録案内、年間予算の申請依頼などが来ていた。
そういうのは全部信楽さんに丸投げだ。
「よろしく」と書いて転送した途端にスマホが震えた。
まさか?
慌てて手にとってみたらやっぱり信楽さんだった(泣)。
あの人は鬼神か!
「はい」
『矢代社長ぅ。
今どこですかぁ?』
のほほんとした声が聞こえてきた。
「宝神の理事長室だけど」
『判りましたぁ。
あと30分でぇ開始ですのでぇ用意をお願いしますぅ』
何のこと?
「何かあったっけ?」
『矢代興業の定例幹部会議ですぅ。
取締役はぁ基本出席ですぅ』
ちょっと待って!
聞いてないんですけど!
慌ててグループウェアの予定表を開いてみたら今日の午後に2時間ほど影がかかった部分があった。
これは何?
『クリックしてみて下さいぃ』
「はい」
やったら出てきました。
確かにスケジュールされていた。
矢代興業の幹部会議。
全然気づかなかった。
「ご免。
忘れていたというよりは想定外だった。
予定表に見えなかったから」
『矢代社長はぁ教授のIDでログインしたんですよねぇ?
その場合ぃ、宝神関係以外のスケジュールはぁ影がかかりますぅ。
教授の権限ではぁ矢代興業関係のイベントは隠されますのでぇ。
矢代興業社長のIDでログインすればぁ宝神もひっくるめて表示されますぅ』
知らなかった(泣)。
ていうかそんな高度な機能があるんだったら教えてよ!
駄目か。
卑しくも社長で理事長で教授がそんな基本的な事も知りませんでした、というのはあまりのにも情けない。
しかし困った。
「会議まであと30分しかないんだよね?
信楽さんはどこにいるの?」
『矢代興業のぉ東京本社ですぅ』
駄目だ詰んだ。
ここからだとどう急いでも2時間はかかる。
しょうがない。
僕は欠席ということで。
『大丈夫ですぅ』
信楽さんがのほほんと返してきた。
『矢代社長も参加出来ますぅ』
「どうやって?」
『まずぅ、タブレットのぉヘッドホンマイクを用意して欲しいですぅ』
それから僕は信楽さんに指示されるままに準備した。
タブレット用のキーボードを装着してノートパソコン化する。
机の上に置いてカメラが僕を写すようにしてから何かよく判らないアイコンをクリックすると、テレビ電話画面が立ち上がった。
信楽さんの指示でボタンを押していくと、突然信楽さんの顔がアップになった。
びっくりした。
『これで繋がりましたぁ』
「テレビ電話で参加するの?」
まあ、僕の役目って何かの議題に賛成するだけだからそれでいいのかも。
『ちょっと違うですぅ』
信楽さんが何かしたと思ったら、突然画面が分割された。
中央に会議室らしい場所が映り、いくつかの窓には顔が。
『テレビ会議ですぅ。
どこにいてもぉ会議に参加出来ますぅ』
凄すぎる!




