37.「何しに、というのは野暮かな」
とりあえず精神的操縦桿を放して無聊椰東湖と入れ替わる。
さっき紹介するって約束したからね。
「無聊椰東湖という。
瑞穂皇国のハマルト機業企画部所属、だった」
「静村静香です。
よろしくお願いします」
平然と対応する静村さん。
これもある意味チートなんじゃない?
「その……静姫でいる時に変な存在や状況に度々遭遇しますので。
慣れてしまいました」
さいですか。
静村さんって厨二病患者の中でも特異な存在なのかもしれない。
だって他の厨二病患者は自分が妄想を信じているだけとも言えるからね。
周りの環境は現実なんだよ。
でも静村さんはラノベ的な現実を生きていると。
「私だけじゃないですよ?
例えば炎なんかも半分くらい闇に所属してますし」
「そうなの!」
思わず矢代大地に戻ってしまった。
「炎さんって真厨二病患者なだけかと思っていたけど」
「中学生の頃はそうだったみたいですね。
ですが高校になってそれが本当だったと判ったらしくて」
静村さんは炎さんと凄く親しくなったみたいで色々と相談されているそうだ。
でも本人は魔王なのでは?
魔王軍(笑)もあるみたいだし。
「炎は、何というか人間がアレに『なりかけた』状態ですね。
片足を突っ込んでいるとも言いますか。
だから似たような存在を引きつけます。
あの人たちは魔王軍というよりは百鬼夜行みたいなものです」
静村さん、大人しそうな顔をして酷い事を言うね。
ていうか静姫様でもあるんだから当たり前か。
しかしやっぱ魔王軍って妖怪の群れだったと。
いいのかなあ。
そんなのと付き合ったりして。
「何か呪われたり取り憑かれたりしない?」
「大丈夫です。
元々あれらにはそんな力はありませんし、ダイチさんの周りは人間には有り得ないくらい強固な結界が何重にも張り巡らされてますから」
静村さんも厨二病だった。
そんなラノベ的な設定を言われてもなあ。
だけどこれが僕の現実だ。
いや、別に僕がラノベの中にいるというわけじゃない。
認知症患者にアンタは間違ってると言い聞かせても反発されるだけだからね。
周り中がラノベなら、それに合わせて動くだけだ。
前に読んだ小説にこんなのがあった。
主人公はごく真っ当な普通人なんだけど、ある時一人の女の子がやたらに突っかかってくるようになったと。
何でもその女の子は自分がいる世界が乙女ゲームで、主人公が悪役令嬢だと思い込んでいるらい。
明らかに妄想なんだけど主人公は認知症患者を相手にした経験からそういう相手に逆らっても無駄である事を知っていた。
で、とりあえず患者を興奮させずに治療するために悪役令嬢の演技をすることにしたと。
どう考えても間違った対応なんだけど、ひとつの正解ではあるよね。
そして今の僕の状況に近いものがある。
だって僕以外のほぼ全員が厨二病なんだよ!
ていうか僕も無聊椰東湖のせいで立派な患者だし(泣)。
これがみんなの妄想だけだったらまだ良かったんだけど、既に会社や大学まで厨二病空間になってしまっている。
こんな状況で僕だけ正気だ、とか主張しても無駄だよね。
だから僕は溜息をついて言った。
「ということで静村さん。
目標管理シートの提出をよろしく」
「判りました」
厨二病を突き詰めていくと現実に戻るのかもしれない。
静村さんはすぐに立ち去った。
これから大学に行くのだそうだ。
「何しに、というのは野暮かな」
「そうですよ。
私たちは花の大学生じゃないですか!
楽しまなくては」
そうかなあ。
まあ、静村さんは今の所矢代興業の社員で宝神総合大学心理歴史学講座の学生というだけだからね。
しかも社員と言っても無任所で待命中だと。
誰も静村さんをどこに配属するとか何の仕事をさせるとか言い出せなかったらしくて。
晶さんが冗談で水泳部を作ってオリンピックに出そうとか言ってたけど絶対に無理だ。
本人が承知しないからね。
いかに晶さんと言えども神様に何かを強要することなんか出来っこないでしょう。
しかも絶対権力者である信楽さんが全面的に静村さんを支持しているんだよ。
言わば静村さんは不可触領域。
うかつに手を出してはいけない人なのだ。
さて。
僕はキッチンに行くと掃除した。
お皿なんかは自動皿洗い機に入っているけどそれでもあっちこっちに汚れがあるからね。
ほっといてもメイドさんたちが片付けてくれそうだけど、家政夫としての習慣でつい。
それが終わると本当にやることがなくなってしまった。
暇だ。
いや、普通の大学生なら入学した大学を探検したりサークルを回ったり新しく出来た友達と話したりといった事がいくらでもありそうだけど。
でも僕には何もないなあ。
大学生になっても厨二病集団の中にいることは変わりはない。
友達もいない。
部下とか同僚ばっかだもんね。
男子大学生の最大の関心である女の子についても僕は特殊だ。
いや、比和さんなら呼べば来てくれるかもしれないけど。
でもみんな忙しく働いているし責任もある。
僕の我が儘で邪魔するわけにはいかない。
大学生になったら思い切り怠けようとか思っていたけど、それが出来る状況になったら全然やりたくないとは。
とは言っても実はやらなきゃならないことはいくらでもあるんだけどね。
矢代興業に行けば多分、書類の山が待っている。
判子押すだけで半日くらいは平気で潰れそう。
それは嫌だ。
何が悲しくてわざわざ面倒な仕事をしに東京までいかなくちゃならないんだよ。
僕はリビングに戻ってソファーに座った。
冷たくなっている珈琲を啜る。
やっぱあまり美味しくない。
僕も個人的に理事長室にあったあのコーヒーメーカーを買おうかな。
豆もいい奴を揃えて。
キッチンに置いたら晶さん辺りに奪われてしまうから僕の部屋でこっそり煎れて飲もう。
今までああいうのは高いからと思って控えていたけど、今の僕には無制限カードがあるじゃないか!
車や家や飛行機まで買えるカードなんだからコーヒーメーカーくらい楽勝だ。
そうと決まれば。
僕が腰を浮かした途端、チャイムが鳴った。
またお客らしい。
チャイムを鳴らしたという事は少なくともこの屋敷の住民じゃなさそうだな。
炎さん辺りが鍵を無くしたとかはありそうだけど。
リビングの壁にあるインターホンの前に行くと液晶画面に見覚えがある顔が映っていた。
ロンズデール姉妹のどっちか。
後ろに片割れも見える。
「はい?」
「ダイチさん、いますか?」
ちょっと変なイントネーションだけど日本語だった。
自分たちはまだ上手く話せないとか言っていたけど、多分ネイティヴ並とまではいかなくても結構話せるようになっている臭いんだよね。
抽象的な言葉も理解していたみたいだし。
「僕だけど。
何か御用?」
「ご相談したいことがあって」
ロンズデール姉妹もか。
ていうかこの人たち、別に心理歴史学講座の学生じゃなかったよね?




