325.「お忙しい所をすみません」
碧さんのおかげで仕事が格段に楽になってしまった。
まずメール処理の時間が極端に短縮された。
今まではいちいち開いて内容を読んでいたんだけど、頼んだら碧さんが要約して読んでくれるようになったんだよ。
信楽さんのデジタル版だ。
矢代興業の社長だった頃は決裁書類を信楽さんに要約して話して貰ったっけ。
僕は適当に聞いて「承諾」と言うだけ。
碧さんはそれと同じ事というかもっと進んだシステムを導入してくれた。
『宝神の施設拡張案件です。
スポーツ設備の。
起案者は宮砂教授』
「承諾」
『カラオケ棟移設案件。
信楽事務局長』
「承諾」
『飛翔体発射台建設。
シャーロット特任教授』
「いやそりゃ駄目でしょ?
却下」
『短期教習者用宿泊棟建設。
比和名誉教授』
「それ、メイド関係?」
『ですね。
集中訓練用の一時施設と書いてあります』
「承諾」
こんな具合にスラスラ進む。
僕がやることと言ったら液晶画面の美少女が話すことについて「承諾」もしくは「却下」と答えるだけ。
デジタル認証までしてくれるからキーボードに触れる必要すらない。
案件の内容も判りにくい事は解説してくれる。
加原くん、君は凄い!
碧さんってマジでノーベル賞ものの発明なんじゃない?
でも加原くんに電話して聞いてみたら『そんなに?』と疑われた。
自分で開発しておいて知らないのか。
「いや碧さんって凄いよ。
SFでも碧さん程の性能のAIはあまり出てこないと思う」
『まあ、大地殿がそう言うんだから本当なんだろうけど……それは多分、大地殿にだけだと思う』
意外な反応だった。
「そんなはずは」
『言ってなかったと思うけど碧は大地殿専用のAIなんだよ。
フレーム問題って判る?』
ふっかけられた。
「ええと人工知能の問題だよね?
確か現実に起こりうる問題の処理が多すぎて有限の演算能力しかないAIには対処出来なくなるとかだっけ」
うろ覚えだけど何とか答えられた。
『そう。
それを防ぐために人工知能の処理対象に枠を作ってその中でだけ計算するわけだけど。
その枠を設定するのをどうやるかという問題』
さいですか。
いや僕は人工知能について聞きたいわけじゃなくて。
「でも碧さんって万能に見えるけど」
『碧が大地殿限定というのは大地殿という枠内でだけ演算処理しているからだよ。
大地殿の演算モデルを作って常にシミュレーションを繰り返している。
しかも碧はガイドシステムだ。
大地殿の問いかけに対して反応しているだけで』
なるほど。
つまり碧さんは僕以外はどうでもいいと思っているわけか(違)。
というよりは矢代大地以外は知らないのかもしれない。
「でも碧さんって僕が何か言う前に先回りしてくれたりするけど」
『シミュレーション内で大地殿が言いそうな事に対して先手を打って反応しているんだろうね。
【転ばぬ先の杖】ということで』
いやそれはちょっと違う気がする(笑)。
まあいいや。
「要するに碧さんは僕にだけ優しいと?」
『そうだね。
前にも言ったけど大地殿以外の人に対応させると5分も持たないでボロが出るよ。
トンチンカンな事を言い出したり反応しなくなったり』
そんなに酷いのか。
うーん。
「何か碧さんに悪い気がしてきた」
『碧は単なるガイドアプリだよ。
人間とは違うんだから。
感情もないし』
「でも画面の中の碧さんって物凄く人間臭いんだけど」
『だからそれは大地殿にだけだって』
納得は出来なかったけどしょうがない。
僕は加原くんにお礼を言って電話を切ってから画面のCG美少女に話しかけた。
「聞いてたんでしょ。
今の本当?」
『本当ですよ。
私はガイドシステムです』
ニコニコ微笑みながら応える碧さん。
実に自然だ。
この表情はスパコンが作っているという話だけど凄いよね。
下手すると十年くらい技術的に先行しているんじゃない?
未来の秘書さんってこうなるんだろうなあ。
まあいいか。
「じゃあ続けようか。
次は心理歴史学講座のメールと連絡ということで」
『了解です』
あっという間に終わってしまった。
こんなに楽でいいんだろうか。
「今日の仕事はおしまい?」
『前倒しのお仕事はありますが。
やります?』
「止めとく(笑)」
僕は仕事中毒じゃない。
むしろ怠け者の類いだし。
『それでは失礼します。
何かあったら呼んで下さい』
液晶画面から碧さんが消えた。
まあ裏側では待機してくれてるんだろうけど。
何か精神的にちょっと疲れたのでデスクトップPCの電源を切る。
時計を見ると結構時間がたっていた。
碧さんに誘導されるままに仕事片付けてたからなあ。
珈琲を煎れてソファーでまったりする。
やっぱこの環境、最高だよね。
理事長辞めても手放したくなくなってきた。
後で末長さんに相談してみるか。
ノックの音がした。
「はい?」
『矢代さん。
今いいですか?
ご相談したいことが』
この声は。
相沢さんか。
「いいですよ。
ちょっと待って下さい」
とはいえ着替えるまでもない。
立ち上がってドアの鍵を開けるとCG聖女様が恐縮した様子で立っていた。
「お忙しい所をすみません」
「いや、今仕事が一段落した所だから。
まあ入って」
相沢さんを入れてから廊下を伺うと目立たない所に誰かが立っていた。
警備兵、いや近衛かな。
頷いてからドアを閉める。
鍵は掛けない。
貴族とかじゃないから別に相沢さんと部屋に二人きりでもいいよね?
相沢さんをソファーに座らせて珈琲を勧めてから聞いてみた。
「それで相談って?」
矢代家に戻る前に二人きりで話したいとか。
「あの。
シャーロットさんの事で」
やっぱしかよ!




