30.「では何の理由があって」
矢代興業幹部の3人と歓談を始めた静村さんに断って僕はその場を離れた。
つまりこれも静姫様の力か。
静村さんがボッチで寂しくならないように僕が動いたということで。
東大生3人と親しくなれば静村さんは安泰だ。
矢代興業の実質的な中核とも言える幹部だからね。
その能力というか「力」を知った黒岩くんたちが放置するわけがない。
多分、有能な「ご学友」が選ばれて静村さん付きになるんだろうな。
さて。
たこ焼きも食べたし部屋に引っ込んでゲームでもしようか。
いやまだ部屋が片付いてない。
面倒くさいなあ。
今日は寝てしまってもいいかもしれない。
長い一日だった。
疲れた。
そんなことを考えながらフラフラとリビングに入るといきなり誰かが飛びついてきた。
「ダイチ様!」
背中に当たるこの軟らかい感覚は!
「比和さん。
どうしたの?」
「寂しかったです!」
いや、そんなラノベのラブコメ的に迫られても。
身体を捻って比和さんのアタックを外し、振り向いて正面から向かい合う。
こんな人目のある所でラブシーンは拙いでしょ!
「誰もいませんよ?」
「え?」
本当だった。
リビングから人が消えている。
僕と比和さんしかいない。
人間消失?
「違います。
道路で何かやっているみたいで」
「そうなの」
パフォーマンスでも始まったんだろうか。
助かった。
ていうか比和さんも人目があったらこんな行動には出ない気がするけど。
「比和さん、どうしたの?」
「忙しくてダイチ様の元に行けませんでした。
それなのにダイチ様は色々な人と」
あー。
まあ、それはそうだ。
考えてみれば朝に別れたっきりだったっけ。
「それはご免。
僕も色々あって」
「判ってます。
ちょっと拗ねてみただけです」
比和さんが流し目を!
何か大学生になった途端、露骨に来るようになってない?
嫌だというわけじゃないんだけど。
それでもやっぱり拙いよ。
ラノベと違って大学生の男女が露骨にイチャイチャしてたら周囲の人間関係が破綻しそう。
「と、我が儘はこれくらいにして」
いきなり比和さんが真面目な表情になった。
「ダイチ様、大丈夫ですか?
初日からこんな大事になってしまって」
「ああ、そうね」
僕は目を泳がせた。
まだ大学生生活1日目だ。
なのに随分長い間忙しく働いていた気がする。
「お疲れなのでは」
「うん、だから」
言いかけて言葉を切る僕。
比和さんも固まっている。
この異様な気配は?
顔を動かさないようにして気配の方に視線を向けると、やっぱりいた。
清水さん。
清楚黒髪系の美女で前世がNPCという厨二病患者、そして宝神事務局の職員。
なぜか比和さんに懸想しているという。
「清水!
露骨過ぎだっての!」
「気づかれたじゃない!」
押し殺した声だけど聞こえてるよ?
僕は溜息をついてそっちに顔を向けた。
「服部さんたち。
何か用ですか?」
慌てて物陰から顔を出す3人。
そういえばこの人たちは見なかったな。
宝神の職員だし、見習いとは言え矢代興業の社員なんだから来ても不思議はないけど。
「いえその」
「用というほどの事はなくてですね」
慌てて弁解する美男美女の人たち。
服部さんは高校生の時からメンズモデルやってたくらいのイケメンだし、茶髪の砧さんは読モだったらしい。
清水さんもモテまくりでファミレスのバイトを止めざるを得なかったくらいだという。
普通、これだけ美男美女だったら主人公やヒロインだと思うよね?
でも何か雑魚臭が漂うんだよなあ。
前世もNPCだったらしいし。
「では何の理由があって」
そこで言葉を切る比和さん。
怖っ!
尋常じゃない迫力だ。
3人は震え上がった。
そうか。
比和さんって宝神の教授なんだよね。
だけじゃなくて矢代興業の事業部長で役員でもある。
見習い社員がそんな人の怒りを買ったらどうなるか。
ヤバい。
僕は慌てて割って入った。
「ちょうど良かった。
服部さんたちに聞きたい事があったんですよ」
もちろんでまかせ(泣)。
「「「何でも!」」」
飛びついて来た。
僕は比和さんに言った。
「ということでいい?」
比和さんは溜息をついて笑顔を見せてくれた。
「仕方がありません。
私は外しましょうか?」
「いや。
比和さんにも聞いて欲しいし」
適当な事を言いながら頭を回転させる。
何を聞こうか。
よし。
無人化したリビングのソファーに3人を座らせ、向かい側に比和さんと並んで座ってから僕は言った。
「宝神の状況なんですけど、どうでした?」
無難な所でしょう。
宝神の理事長として知っておきたい事だからね。
ていうかそういう理由があっても不思議じゃない。
実際には興味ないけど(泣)。
「そうですね。
概ね順調です」
服部さんが素早く立ち直ったのか真面目な表情で言った。
この人がリーダーらしい。
「人数が多い講座や物理……フィジカルの方ではタブレットの説明などで混乱したという報告が上がってきていますが。
何とか時間内に完了したそうです」
「それは良かった」
僕ですら飲み込むのにちょっと手こずったからね。
一般科目の単位は通信大学で取れとかいきなり言われても脳筋系の人たちは理解不能だったと思う。
「あと、学生としてのオリエンテーションが終わっていない人たちが出ています。
比和教授や宮砂准教授、シャーロット講師などですが」
砧さんが僕たちの顔色を窺うようにしながら言った。
ああ、そうか。
比和さんたちは自分が率いる講座の世話で忙しくてオリエンテーションに参加出来なかったんだよなあ。
ちょっと待って。
それ全部、僕の講座の学生じゃないの?
「申し訳ありません。
ダイチ様」
「いや比和さんは悪くないから」
ついでに言うと宮砂さんやシャルさんも悪くないと思う。
でも比和さんはともかく後の2人はそもそもオリエンテーションなんか忘れていた臭いな。
心理歴史学講座なんかどうせやる気ないだろうし。
「判りました。
その件は後日やります」
「「「お願いします」」」
宿題を貰ってしまった。
良かった。
「3人に聞きたい事」の格好がついたよね。
あれ?
「ちょっと気になったんですけど服部さんたちはどこの講座なんですか?」
硬直する3人。
それから清水さんが決然と言った。
「今は○○准教授の事務専門職講座なのですが……比和教授の元に参りたく!」
あー。
言っちゃった(泣)。




