29.「……もう少し詳しくご説明願えますか?」
静村さんはマジで何も考えてないそうだ。
漠然と進学したらしい。
ある意味、現代青年の典型とも言えそうだけど。
「でも夏に会った時は東京に出たいとか言ってなかった?」
なのに来てみたら埼玉のど田舎だったと(笑)。
「あ、あれは何というか、むしろ『方向』みたいなものです。
東京じゃなくても大阪でも名古屋でも辺野古でも良かったので」
何で突然辺野古が出てくるのかは置いといて、つまり静村さんとしてはとりあえずあの田舎から出たかったと。
「それもそうなのですが、よく考えたら別に出なくても構わなかった気もします。
ただ、あの辺りですと進学先も就職も物凄く限られますから」
それはそうだろうね。
日本の田舎はみんな似たようなものらしい。
人口が少ないってことは会社も少ないし学校も少ないわけだ。
進路的にも限られてしまう。
だから若者は都会に向かうと。
「矢代興業が来なかったらどうするつもりだったの?」
ふと思いついて聞いてみた。
「そうですね。
多分、どこかに進学したと思います」
そんなものか。
でも前に会った時は静村家には余裕がなくて進学が難しいとか言っていた気がするんだけど。
「進学費用とかは?
アパート住まいとかになりそうだけど」
「あ、それは大丈夫です」
静村さんは無邪気に微笑んで言った。
「多分、どこからか援助か何かが来たと思いますので」
そうなのか。
うーん。
なるほど。
そうなるんだろうね。
「ダイチ殿」
黒岩くんが言った。
「何?」
「何やら納得されておられるようでございますが、今の静村殿のお話には無理があるのでは」
うん。
普通に聞いたそう思うよね。
でも違うんだよ。
「静村さんは龍神様だからね。
何とかなるんだと思う」
自分で言っててラノベ的だけど本当にそうなんだよ。
海外旅行中にも散々見たし。
「……もう少し詳しくご説明願えますか?」
黒岩くんだけじゃなくて八里くんや神籬さんも不審な表情だ。
これは説明しておいた方がいいかも。
今後の矢代興業の経営にも関わってくるかもしれないし。
「静村さんは静姫様という龍神様の依代だか何だかなのは聞いている?」
「それはもう。
信楽殿より伺っております」
「この場合の静姫様って人格神というよりは『状況』みたいなものなんだよ。
もちろん静姫様も存在はしてるんだけど何というか感情だけがあるっていうか」
我ながら厨二病患者的な言動になってしまった。
「設定」をつらつら話していたりして。
でもそうとしか言い様がないんだよね。
「……よく判りません」
神籬さんが言うけど無理ないよ(泣)。
僕だってまだ判っているとは言いがたいし。
「こう考えて。
静姫様である静村さんの周りでは、常に静村さんに都合がいい方向に物事が進むんだよ。
何か困っていたら解決するんじゃなくて、そもそも困らない方向に転がるというか」
我ながら判りにくいな。
たとえ話に走るか。
神様の話だからむしろそっちが正統かも。
「具体的に言うと静村さんが何かしたいとかこうなりたいとか思っていると、そうなる。
ごく自然に、と言っても外から見たらご都合主義的なんだけど」
黒岩くんたちが目を白黒させている。
この人たち、魔法が存在していて本人たちがドワーフだの魔人だのの前世があったりする割には常識的だからね。
神様の存在も信じているとは言い難いのでは。
あるいはラノベの神とか魔王とかだと思っていたりして。
「……それは本当の話なんですか?
冗談ではなく?」
「うん。
ていうか僕もまだ半信半疑なんだけどね。
理論は判らないけどそうなる、というような事だと思えばいい」
そうなんだよ。
理屈が不明でもちゃんと動くとかそうなるとか、あるよね。
ていうかこの現実だって同じだと思う。
人間がどうして生きているのとか思考出来るのとか、理屈は判んないけどちゃんと生きていて考えてるから。
観測された事実は存在する。
僕は静姫様も同じようなものだと思っている。
「ダイチ殿がおっしゃるのですから、その通りなのでしょう」
神籬さんがなぜか溜息をついて言った。
「その論法で言えば、静村殿が何とかなるのは当然だと」
「うん。
事実として矢代興業が静村さんを迎えに行ったようなものだし」
あれは信楽さんが意識して動いたからなんだけど、信楽さんにそうさせたのは静姫様だと言う事も出来る。
怖い事に発生した事象にはちゃんと因果関係が存在するんだよ。
何の関係もない人が静村さんを救いに現れたわけじゃない。
かつて静姫様に救われた信楽さんが純粋な思慕の念だけじゃないにしろ、静村さんに上京と進学の機会をもたらしたわけで。
「ふむ」
黒岩くんが何か思いついたのか静村さんに言った。
「静村殿は自力で進学するお気持ちはなかったのでしょうか?
ダイチ殿の説明では望めば実現するようですが」
静村さんはペットボトルのウーロン茶を一口飲んでから淡々と答えた。
「そうですね。
秋を過ぎた時点でその気持ちがあったら動いたと思います。
多分、奨学金を取って適当な大学を受けて」
「適当な、とは」
「大抵の大学には受かると思います。
奨学金も」
にっこり笑う静村さん。
「どんな試験でも私は受かるんです。
私が正答出来る問題が最低でも合否ラインの少し上になる程度に出ますから」
「……なんと!」
3人が絶句した。
やっと静村さんの凄さが判ったらしい。
そうなんだよ。
問題を全問正解とかマークシートを出鱈目に埋めても合格とかそういうんじゃない。
静村さんが正答出来る問題が、それも不自然じゃない程度に出るらしいのだ。
トップにはならないしブービー賞でもない。
ごく自然に、怪しまれない程度の位置で合格する。
それって多分、静村さんがそう望んでいるからじゃないかと思う。
逆にもしぶっち切りでトップになりたいとか思ったらそうなるんじゃないかな。
「……これは凄い事を聞かせて頂きました」
黒岩くんが汗を拭いながら言った。
まだ4月なのに暑いらしい。
いや冗談だから(笑)。
「そうとなれば静村殿。
もう少しお話しさせて頂きたいのですが」
「はい!
喜んで!」
良かった。
実は静村さんのことがちょっと心配だったんだよね。
考えてみたら静村さんって矢代興業にも宝神にも知り合いがほとんどいないんだよ。
一緒に外国を回ったから比和さんや宮砂さん、シャルさんなんかとは親しいし、高巣さんや晶さんともそれなりなんだけど、みんな忙しいからね。
それぞれ仕事がある。
だから静村さんは似たような立場の炎さんにくっついていたんだろう。
でも炎さんも魔王軍の世話があるすらそうそう相手をしていられない。
こうなったら僕が世話を焼くしかないかと思っていたんだけど。
東大生3人組にとりあえず任せることが出来てほっとした。
まあ、僕が静村さんに動かされただけかもしれない。
(矢代大地がサボりたいだけだな)
別にいいでしょ!




