2.「あちらは何とでもなりますので」
宝神総合大学の前身は宝神国際大学といって、実は海外の留学生を大量に入学させて学生ビザで働いて貰っていた大学だった。
別に違法というわけじゃない。
大学としての機能は持っていたし学生の大半は日本人だったそうだ。
その学生さんたちには理由あって別の大学に移って貰った。
最盛期にはかなりの数の学生がいたため、施設の収容能力は十分。
もちろん講堂や体育館といった建物もある。
いささか古びてはいるけどまだ立派な講堂に案内される。
結構広い構内はガラガラだった。
学生らしい人たちが集められていたけど百人くらいしかいない。
別にサボッているわけじゃなくて今年開校の宝神総合大学の新入学生は全部でそのくらいしかいないんだよ。
そんなんで経営が成り立つのかと疑われそうだけど、実は色々裏がある。
まあそんなことはいい。
僕はそのまま構内を突っ切って講堂の舞台に連れて行かれた。
途中で僕たちに気づいた学生から「お早うございます!」と声をかけられて頭を下げられる。
これ、僕に対してじゃないからね。
比和さんにでもない。
癒やし系美少女に対する敬意なんだよ。
何でこの16歳高校中退女子にそんな権威があるのかという話は後で。
「おおダイチ殿。
お手数でございます」
舞台に上がるとプロレスラーのような巨漢に迎えられた。
もちろん高級な礼服を着てるんだけど、どうしても闘士のイメージが勝る。
矢代興業専務にして前世は王国相談役、その実態は僕のかつての同級生で今は大学1年生18歳。
黒岩くんだ。
「お早う。
大変だね」
「何の。
ダイチ殿こそご帰国より日も立たないうちに申し訳ございません」
判ってくれている。
でも、そういう言い方をしたら比和さんや信楽さんも僕と同行していたからなあ。
他の人たちも。
まあいいか。
「矢代社長、いえ理事長。
お疲れ様です」
怜悧で切れ者の雰囲気を漂わせる長身の男がきちっと礼をとってくれた。
「八里くんも。
そういえば大学の入学式とか手続きとかはいいの?」
「あちらは何とでもなりますので」
八里くん。
矢代興業常務にして前世は帝国将軍の副官。
そしてその実態は僕と同い年の18歳大学一年生だ。
大学は東大らしい。
ちなみに黒岩くんも東大だってさ。
「矢代理事長。
こちらへ」
高級スーツを着こなした神籬さんに誘導されて席につく。
舞台の片側にずらっと並んだ主賓席だけど、演台から遠いので座っているだけで良さそうだ。
演台の近くには今回の主賓席があって、年配の人たちが並んでいる。
来賓だな。
文部科学省とかそういう所から来たらしい。
この式もあの人たちのためにやると聞いている。
宝神にとってみたらどうでもいいんだけど、役人にはメンツがあるとかで。
面倒な。
黒岩くんと八里くんが僕の両側に座った。
比和さんと信楽さんはもっと後ろの席だ。
ふと気づくと舞台の反対側の目立たない席に晶さんと高巣さんが座っていた。
二人とも地味なスーツ姿だけど騙されてはいけない。
前世が帝国の将軍と王国の王女だからね。
二人とも矢代興業の副社長で宝神の理事だ。
だけじゃなくて黒岩くんや八里くんたちの「主君」なんだよ。
支配する方じゃなくて君臨する方の貴顕だ。
その証拠に二人の後ろには数人の護衛兵、いや近衛兵が立っている。
外部の人には判らないだろうけど、その辺りは「玉座」なんだよなあ。
溜息をついて視線を戻すと神籬さんが演台のそばに立ったところだった。
司会役らしい。
ちなみに神籬さんも元僕の同級生で大学1年生18歳。
矢代興業の総務担当役員で前世は王国女官長だとか。
大学はやっぱり東大だ。
何か虚しいよね。
僕は宝神総合大学なのに(泣)。
ちなみにこの人たちは矢代興業の役員であると同時に宝神の理事でもある。
比和さんと信楽さんも理事だけど、それは実績からして当然だ。
僕が理事長ってのが何とも(泣)。
そういえばもう一人同世代の理事がいるはずなんだけど。
宮砂さんは何だったか忘れたけど前世が王国の人で、最初は僕の秘書をやってくれていた。
今は矢代興業の役員なんだけど、どうしても下っ端の印象が抜けない。
探してみたらやっぱり舞台の下を駆け回っていた。
現場担当と言えば聞こえはいいけど、やっぱ下僕臭が消えないよね。
「静粛に!
これより宝神総合大学発足式を始めさせて頂きます」
神籬さんのよく通る声が響いた。
やれやれ。
僕はなるべく心を空っぽにして時の過ぎゆくままに任せた。
うっかりすると眠ってしまいそうだから偉い人たちの演説とかは聞かないようにする。
だって子守歌そのものなんだよ!
だから内容は全然覚えていない。
最後に黒岩くんが締めて式典は終わった。
僕?
挨拶しますかと聞かれたけど全力でお断りしたよ!
「続いて宝神総合大学第一回入学式を行います」
お役人の人たちがゾロゾロ出て行った後、神籬さんが言った。
ちなみにお役人の人たちはこれから慰労会か何かだそうだ。
黒岩くんたちが相手にしてくれるらしい。
助かります。
ちなみに黒岩くんや八里くんは宝神総合大学の理事ではあるんだけど学生や講師じゃないからね。
神籬さんも厳密に言えば違うんだけど、親会社の矢代興業の総務担当役員だから仕切らされているみたいだ。
「最初に宝神総合大学理事長の矢代殿よりお祝いのお言葉を頂きます」
神籬さん、止めてって言っといたのに!
「ダイチ様!」
「矢代理事長ぅ。
こっちですぅ」
巨乳美人と癒やし系美少女に連行されて演台に立たされる。
嫌だなあ。
「何言えばいいのさ」
小声で信楽さんに聞いたらマイクに拾われてしまった。
どっと笑い声を上げる会場の皆様。
大恥だよ!
「何でもいいですぅ。
お好きにどうぞぉ」
判ったよ。
マイクを取り上げる。
「えー、皆さん。
入学おめでとう。
せっかくの大学生活です。
楽しみましょう」
以上です、と言ってマイクのスイッチを切る。
一瞬の静寂の後、拍手が沸き起こった。
よし。
某惑星同盟軍元帥の2秒スピーチには及ばないけど5秒スピーチ程度にはなったぞ。
こそこそと席に逃げ込む。
「矢代社長……ではなくて理事長でした。
では次に」
司会の神籬さんもちょっと慌てているみたいだった。
「宝神総合大学学長の末長殿より祝辞を頂きます」
初老の立派な紳士が演台に立った。
末長さん。
この3月で閉校した宝神国際大学の理事長だった人だ。
理事会の顧問やって貰っていたと思ったけど学長になったの?
「地元の有力者ですしぃ宝神の理解者でもありますぅ。
緩衝役をぉ引き受けて頂きましたぁ」
信楽さんが説明してくれた。
それは良かった。
下手したら学長も僕に押しつけられるんじゃないかと恐れていたんだけど助かった。
演台では末長さんが咳払いしてから言った。
「入学おめでとう。
矢代理事長の言った通り、みんなで楽しみましょうぞ!」
アンタが楽しんでどうする!




