288.「でも僕、もう社長じゃないんだけど」
僕も何か言わなきゃ駄目かと思ったけど幸い発言の機会は回ってこなかった。
置物でいいみたい。
「矢代教授にはぁ締めをお願いしますぅ」
なるほど。
だったら僕、座っていればいいんだよね。
演台には何と炎さんが上がっていた。
大丈夫なの?
「……昨日は宝神総合大学の学生としての基本的な技能について教えたけど、みんな大丈夫かな?」
「「「大丈夫です」」」
「出来るようになるまで特訓しました!」
てきぱきと講義? を進める炎さんと打てば響くように反応する学生さんたち。
上手くやってるじゃないの。
そういえば炎さんってあれでも魔王として魔王軍を率いているんだっけ。
指導者としては僕なんかより遙かに上だった。
なぜか静村さんが教えてくれた。
「炎に学生さんたちの指導を任せました。
ああいった事には才能があるので」
確かに。
一見すると中性的なイケメンだもんね。
女性受けはいいし、かといって男に嫌われるわけでもない。
しかも元々が地方の大地主の出だからそれなりの風格がある。
こりゃいいや。
もう講座は炎さんに任せちゃおうかな。
(そういうわけにはいかんだろう。
だが矢代大地の得意技の出番ではあるな。
面倒くさい事は人にやらせて最後に美味しい所だけ持っていくという)
無聊椰東湖が失礼な事を言うけど間違ってない(泣)。
僕は教授なんていう柄じゃないし、心理歴史学講座はそもそも何か教える場所というわけでもないからね。
学生さんたちには自力で頑張って貰おう。
炎さんはその他にもいくつか確認すると言った。
「信楽助教。
準備完了です」
「はいですぅ。
それではぁ、まずはぁ皆さんにぃ自己紹介して貰いますぅ」
信楽さんがのほほんと言うとざわめきが走った。
嫌なの?
違ったみたい。
学生さんたちの目が輝いている。
みんな僕の方を見ているんだけど?
「ここにいる者どもは全員、矢代興業やその関連企業で実績を上げて推薦された学生です。
伝説の矢代教授と知古を得たい、出来れば名前を覚えて貰いたいのは当然ですね」
比和さんが教えてくれた。
そうなのか。
みんな精鋭であると。
宝神におけるエリートって別に勉強が出来るとか学問的な実績があるとかじゃないからね。
まあ中にはそういうのもいるかもしれないけど大多数は「仕事が出来る」もしくは「業務実績がある」人たちだ。
将来性も期待されている。
当然、もっと上っていきたい人たちばかりなわけか。
それは確かにそういう人なら矢代興業社長とコネを作りたいと思うだろうね。
「でも僕、もう社長じゃないんだけど」
「関係ありません。
ダイチ様が矢代グループの支配者であることは知れ渡っています。
社長でなくなったということはむしろチャンスだと思ってますよ」
「そうなの」
(確かにな。
矢代大地が社長のままだったら社員の分際でコネを作るのは難しいだろう。
立場がかけ離れ過ぎているからな。
だが今の矢代大地は役員といっても直接の担当事業を持ってない。
むしろ大学教授と学生という形で接近しやすい)
なるほど。
僕が社長のままだったらいくら講座の学生と言っても軽々しく個人的な繋がりは持てないよね。
会社内の立場が雲の上だから。
というよりは自分の上司や上司の上司を差し置いて、ということになってしまうかも。
でも講座の教授としてならということか。
(実際の矢代大地は矢代財団と宝神の理事長だからハードルはもっと高いんだがな)
無聊椰東湖が何か言ってるけど聞き流す。
学生さんたちの自己紹介が始まっていた。
僕たち講師陣が教室の横に移動して空になった演台に一人ずつ上らされている。
一人一人が短く話すんだけど何か違和感がある。
ちょっと考えて気がついた。
全員、学生らしくないんだよ。
カジュアルな服装の人がほとんどいない。
男も女もスーツだ。
まるで企業の入社式というか部門に配属された新人みたいだ。
(その通りだろう?
宝神は大学だがここにいる学生たちは新入社員、いや異動してきたサラリーマンみたいなもんだからな)
そうか。
確かに学生の皆さんにとってはこれ、会社の役員面接みたいなものかもしれない。
教授はこないだまで社長だったし比和さんは役員だ。
信楽さんに至っては現役の矢代興業最高執行責任者。
ここに来ている人たちの所属は色々だけど、矢代興業は矢代グループの本体だからね。
大抵の人たちは子会社や孫会社の社員。
まさに雲上人だ。
それは緊張するよなあ。
僕は横目で教室をざっと見てみた。
講師陣は僕と信楽さん、それにパティちゃんだけ。
在校生の人たちは比和さんを筆頭に炎さんや静村さんくらいか。
去年まで講座にいた宇宙人や未来人たちは講座を去った。
シャルさんや宮砂さんは引き続いて僕の講座に所属しているけど自分たちの講座があるから欠席。
あの二人については幽霊座員確定だ。
首に出来ないけど。
何せ矢代興業の社長とCEOだし(笑)。
高巣さんや晶さんもまだ座員なんだけど、それぞれ違う理由で来ていない。
晶さんは自分の担当事業が忙しいし高巣さんは深く静かに潜行するタイプだもんね。
黒岩くんから特別に依頼が来ていて、高巣さんはとにかく極力目立たない方向で過ごすそうだ。
あいかわらず過保護だけど王国の王女様だからしょうがない。
というわけで講師と在校生は少なくて、それ以外は全員が新入生だ。
つまりフォーマルな格好の人たちが圧倒的に多いから何か堅苦しい雰囲気なんだよね。
そういえば新入生には渡辺さんと迫水くんも含まれるのに気づいて探してみたら、偽装というか見事に目立たない格好で紛れ込んでいた。
まあいいか。
そう思って待機状態に戻ろうとして気がついた。
違和感の正体は教室の一番後ろに座っている人だった。
フォーマルな格好じゃないんだけど、かといってカジュアルなわけでもない。
灰色のコートの前をぴったりと合わせた上に帽子を被り、濃いサングラスとマスクで完全武装だ。
細身で中肉中背なのは判るけど怪しすぎる!
最後? の学生さんが自己紹介を終えて演台を離れる。
すると信楽さんが言った。
「相沢さんもぉお願いしますぅ」
誰それ?




