21.「お疲れ様です! 総長!」
「そこまでして頂くわけには」とか言って辞退する炎さんを宥め賺し、財布から万札を2枚取り出して渡す。
日本に帰ってきた時に余ったドルやユーロなんかを空港で両替した分が結構残っているんだよ。
財布の中には万札だけで十枚以上ある。
使う機会がなくて困っていたからちょうどいい?
「こんなに?」
「魔王軍なんでしょ。
気前の良い所を配下に見せておかないと。
使い切っていいから」
まさか余ったら返せとは言えないよね。
「……ありがとうございます!」
「静村さんも一緒に食べてね。
二人とも僕の講座の学生さんだから」
言いながら気がついた。
これは晶さん辺りが確実にたかってくるぞ。
しょうがないか。
「私もですか?
何のお役にも立ってないのに」
相変わらずお堅いな静村さん。
神様なんだからしょうがないかもしれないけど。
「だったら今度ご飯作ってよ。
静村さんのご飯は超絶美味しいから」
「はい!」
なぜか敬礼する静村さん。
まあいいけど。
それじゃ、と言って自転車にまたがった途端に一列に並んだ魔王軍? の人たちが一斉に頭を下げてきた。
「「「お疲れ様です! 総長!」」」
止めて(泣)。
スーパーのエントランスや駐車場にいた人たちが何事かと見つめてくる中、僕は努めて冷静に自転車を漕いでその場を離れる。
でも逃げようとしてかえって注目を集めてしまったみたいだ。
忘れてたけど僕、まだ背広着ているんだよ。
でも乗ってるのはママチャリ(泣)。
それに総長って何なのよ。
まずったかもしれない。
あの人たちって炎さんの子分というか配下だとしたら地元の学生さんだ。
タカラヅカの男役的ビジュアルを抜きにしても炎さんって親分肌だし、何といっても先祖代々地元の有力者である末長家のお嬢様だから、そういう人たちがいたって不思議じゃない。
でも何となくだけど、あの人たちってそれだけじゃないような気がするんだよね。
多分、というよりはほぼ確実に厨二病だ。
あの若頭的な巨漢の人って今時ガクランだよ?
まだ寒いのに学生服の前を開けてるだけじゃなくて、その下は真っ赤なTシャツだった。
そんなの40年くらい前に絶滅してるのかと思ってたのに。
本物なのか偽物なのか知らないけど魔王軍だからなあ。
百鬼夜行くらいやっても不思議じゃない。
何せ頭が魔王様なんだもん(泣)。
とりあえず忘れよう。
自転車を漕ぎまくってスーパーから十分離れてからタブレットを取り出して現在位置を確認する。
僕たちの家まで結構遠いな。
買い出しには絶対自転車が必要だけど、雨の日とかはどうしよう。
届けて貰うようにすればいいか。
そんな事を考えながら安全運転で家まで戻った。
まだ対人対物損害保険に入ってないもんね。
それに、さっきからすれ違ったり追い抜いたりする人にやたらと高齢者が多いんだよ。
その大半がおばあちゃんカート押していたり電動車椅子に乗っていたりする。
危ないので車道を走ることにしたんだけど、そしたら今度はこっちが危険だ。
大型トラックがギリギリをかすめていったりするんだもん。
これは早いとこ裏道を見つけないと物理的にヤバいかも。
でも幹線道路から離れると突然誰もいなくなった。
家は建ってるんだけど誰も歩いてない。
極端だな。
つまり埼玉って幹線道路や線路の近くは開けていて人通りも多いけど、ちょっと離れると家はあっても人がいなくなるのか。
大人は都内に通勤するし学生や子供は学校だ。
用もないのに彷徨いている若者なんか皆無なんだろうね。
だから路上にいるのは高齢者ばっかだと。
勉強になります。
やっとのことで僕たちの宿舎に戻って来て門を開けようとしたら施錠されていた。
セキュリティか。
この家というか宿舎というかお屋敷の場合、警報器や監視カメラどころじゃなくて物理的に閉じているんだよ。
タブレットを取り出して起動し、信楽さんに教えて貰った通りにセキュリティ用アプリを立ち上げる。
パスワードを聞かれたのでカメラに目を近づける。
網膜認証って凄いなあ。
インターホンにタブレットを向けるとカチャッと音がして門の鍵が開いた。
ただ物理的に開いただけじゃなくて警報器も切れたはずだ。
これをやらないで塀を乗り越えたりするとダイレクトに警備会社で警報が鳴るそうだ。
怖っ。
自転車を押して門をくぐると門は自動的に閉まった。
そういう仕様か。
ガレージを開けて自転車を入れる。
車が3台くらいは入りそうだ。
お屋敷だね。
玄関にはやっぱり鍵がかかっていた。
ここもかよ!
タブレットの網膜認証で鍵が開くけど面倒くさい。
いやセキュリティはしょうがないにしてもせめてスマホでやれないものか。
出来るような事を誰かが言っていたけど、でも結局はタブレットを常に持ち歩くわけだからあまり意味はないよね。
家? は静まりかえっていた。
まだ誰も帰ってきてないらしい。
僕が一番乗りか。
まずキッチンに行ってスーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に入れる。
思いついて電気ポットに水を入れての電源スイッチを押しておく。
弁当をキッチンテーブルの上に置いてから自分の部屋に向かう。
二階には宿舎的な部屋が並んでいて、全部同じドアだから夜中に寝ぼけたらラッキースケベが発生しそうだ。
表札でも出すか。
それもまたアニメの定番だよね。
「ダイチくんのお部屋」とか(泣)。
ていうか並びの部屋に住む予定なのはみんな美少女や美女なんですけど?
男は僕一人だったりして。
何でこんなラノベ的環境に住まなきゃならないんだよ。
こんな所に住んで良いのは主人公だけでしょう!
でも逆らえなかった。
というよりは日本に帰ってきたら全部決まっていて反論が許されなかったんだよ。
僕の両親が決めて、誰一人として反対しなかったそうだ。
同居予定の女の子たちの親ですら。
何考えてんだよ!
自分の部屋に入ってやっと落ち着いた気になったけど、まだ梱包を解いてない荷物がそのままになっている。
ベッドはかろうじてセットされてるけどそれ以外は段ボールに入ったままだ。
とりあえずはお昼にしよう。
僕は背広を脱いでハンガーにかけると下着まで全部着替えた。
家の中では無敵のジャージ上下だ!
とりあえずはご飯だ!




