20.「あねさんが前から言ってた人か!」
埼玉のスーパーマーケットは郊外型だった。
つまり独立した建物ででかい。
というか平べったい。
まあ幹線道路に面しているからかもしれないけど。
僕の家の辺りは家がぎっしり建ち並んでいるからスーパーといっても「商店」なんだよね。
でも埼玉は土地が広いせいもあって、お客さんもまず歩いては来店しない。
自転車か車だ。
駐輪場もあったけどむしろ駐車場が広かった。
都内だとまず見られない光景だ。
駐輪場に自転車を停めて鍵を掛けてからエントランスに向かう。
入り口をくぐるときに思いついてカートを引っ張り出して籠を載せる。
アニメなんかでは大抵これ使ってるよね。
中も広かった。
自転車で走っている時は細長い建物に見えたけど、実際には奥行きも結構ある。
陳列棚の間の通路も広々としていてテレビで見たアメリカとかのスーパーのようだ。
とりあえず総菜売り場に行ってみたら美味しそうな弁当が並んでいた。
なるほど。
一般庶民向けであると同時に、ひょっとしたらこのスーパーってトラックの運転手の人たちなんかも利用するのかも知れない。
つまり高速道路のサービスステーション的な役割も担っていると。
シャケ海苔弁当を籠に入れてから店内を回る。
今日の夕食は僕が作ることになってしまったからね。
しかも人数が判らない。
ということは鍋かな。
白菜とか豆腐とかネギとかを適当に籠に入れてからお肉のコーナーに回る。
ちょっと高いか。
まあこのくらいなら許容範囲内だけど。
いつもより高級なお肉を籠に入れてレジに向かう。
幸いクレジットカード対応だというのでブラックカードで払った。
レジ係のおばさんは手続きするだけで、支払いは自分でするんだよ。
タッチパネルで「クレジットカード」をタッチしてカードを飲み込ませるとそれだけで支払い完了だ。
パスワードもいらないのか。
世の中進んでるなあ。
そういえばビニール袋をくれたけど、いらないと言えば2円安くなるらしい。
まあ、今回はマイバッグ持ってきてないからしょうがないけど。
いや2円って大きいよ?
ビニール袋に買い物を入れてカートに載せ、エントランスでカートを返して自転車の所に向かう。
お腹が空いてきたなあ。
早く帰って弁当を食べようと思っていたら、いきなり呼ばれた。
「大地さん?」
「社長!」
この声は?
駆け寄ってきたのは神様と魔王様のコンビだった。
静村さんと炎さん、こんな所で何してるの?
「炎にこの辺りを案内して貰っていたんです」
静村さんが呑気に答えた。
僕と同じくタブレット用バッグを肩から下げている。
大学から直接来たのか。
「私のホームグラウンドなので。
それにシズシズをみんなに紹介したかったし」
タカラズカの男役そのままの魔王様が言った。
黒っぽい上下だから益々性別不明だね。
下はズボンというかパンツだし。
やっぱりタブレット入りの鞄を肩掛けしているのが何か間抜けだけど。
ていうか気になる事を言ったね?
「みんなって?」
「魔王軍……じゃなくて私の配下です。
みんな!
ちょっとこい!」
炎さんが振り向いて呼びかけると20メートルくらい離れた所にいた集団が動き出した。
男女混合で十人以上いる。
大半は身体が凄いけど未成年と見た。
高校生と中学生ろうな。
炎さん配下の魔王軍(笑)の人たち?
むしろ妖怪の手下ですか。
先頭に立つ巨大な男が聞いてきた。
「姉さん。
そちらは?」
「姉さんじゃない!
陛下と呼べとあれほど!」
うわーっ!
炎さん、厨二病が再発したんじゃないの?
妖怪が嫌だからと言って魔王を名乗るのはまだしも、配下の人たちまでその妄想を押しつけるのは痛すぎるよ!
「はいはい陛下。
で?」
炎さんはコホンと咳をすると僕を紹介するように手を差し伸べてきた。
「こちらは矢代大地殿だ。
矢代興業の社長で宝神総合大学の理事長。
私の指導教授でもある」
あー。
全部本当だけど炎さんにそう紹介されると何か居たたまれない気がするんですが。
厨二病が炸裂しているかんじで。
「ほおっ!
こちらの方が!」
巨大な男が仰け反った。
凄い迫力だ。
だって身長2メートル以上はあるし、それでいて肉厚の身体なんだもん。
黒岩くんとタメ張るな。
おまけにガクラン着ている。
40年くらい前の少年漫画に出てくる番長のようだ。
顔は何というか「普通」なのがかえって迫力を増している。
「本当ですかい?
シズシズの姉さん」
そいつは炎さんの隣にいた静村さんに聞いた。
やっぱシズシズか(泣)。
ていうか静村さん、炎さんよりこの人に信用されてない?
「そうです!
私の指導教授で保護者です!」
静村さんが脳天気に答えたもんだから配下の人たちが騒然となった。
「……矢代って」
「姉さんが前から言ってた人か!」
「姉さんの大学買ったんだろう?」
「凄え!」
ああ、どんどん僕の虚像が広まっていく。
全部本当だけど(泣)。
いい加減に嫌になってきたのでここらで切り上げよう。
「僕はこれから帰るけど、二人はどうする?」
「私たちはお昼をみんなで食べます」
「シズシズに料理して貰いたかったけど無理があるので。
こいつらも見捨てられないし」
あー。
配下というよりは郎党みたいなものか。
炎さんがまとめて世話しているのかもしれない。
ていうのはどうもさっきから嫌な予感がじわじわ来てるんだよね。
この配下の人たち、厨二病なんじゃないの?
「大地さんもご一緒にどうですか?」
静村さんが空気を読まずに言い放った。
何てことを!
しょうがない。
この流れには逆らえないか。
僕は溜息をついて言った。
「もう弁当買っちゃったからね。
それに夕食用の材料もあるから腐らないうちに冷蔵庫に入れないと」
「わ!
お夕食、大地さんが作ってくれるんですか?」
そっちに食いついてきたか。
「そのつもりだけど……」
ふと炎さんの配下の人たちから異様な熱気が沸き上がっているのに気がついた。
まずい!
これはご馳走コースか?
ていうか無理。
ここは逃げるしかない。
「ご免。
あんまり大量には作れないんだ。
そうだ炎さん。
この辺にラーメン屋かファミレスある?」
「ありますけど?」
「お近づきになった記念にみんなのお昼奢るよ。
それで勘弁して?」
一瞬の静寂。
そして歓声が爆発した。
「「「うおおおおーっ!」」」
「凄え!」
「さすがは姉さんの兄貴!」
「どこまでもついて行くぜえ!」
僕、まずった?




