187.「奢りませんよ」
面部野先輩が通う大学は日本有数の有名私立大だ。
学生数も多くてあらゆる分野に先輩がいる。
だから就職なんか簡単だと思っていたんだけど。
「逆だよ。
人数が多すぎて先輩後輩とかOBとか意味がない。
それに最近はコネ入社は不利になってるって言われたし」
「そうなんですか?
コネがないと入社どころか試験も受けられないみたいな話も聞きましたけど」
「入社は出来る。
でもその後が大変だって」
なるほど。
小説なんかでよく出てくるけど親が株主とか取引先の経営者とかでコネ入社した人が能力もないのに威張っている、という奴だね。
そんなもんかなと思っていたんだけど。
(実際には、まずないな)
無聊椰東湖が口を挟んできた。
(確かにコネ入社はあるし無能な奴が入ってくることもある。
だが役所ならともかく私企業では長続きしない)
そうなのか。
でも親が大株主で威張り散らしているような人っていそうだけど。
(もちろんいるが、そういう奴はそれなりの能力を持っているわけだ。
でなければ責任がある立場にはつけない。
ついてもいずれ失脚する)
つまりこういうことか。
コネ入社して親がどうとかで威張っていたり高い地位についているような人って無能というわけじゃない。
少なくともその立場に留まれる程度の能力は持っている。
それってコネとか関係ない?
(もちろんあるぞ。
コネ自体が能力だし、それを使いこなすのにも才能が必要だ。
性格と言ってもいいが)
あー。
それはそうだ。
お金と一緒でコネも才能のひとつなんだよ。
外付けで。
要素のひとつに過ぎないから、それがなくてもやっていけるし大抵の人はそうしている。
使いこなせない人もいるだろうし。
「何となく判りました。
でも面部野先輩にはコネってないんですか?」
聞いてみた。
ちなみに無聊椰東湖との問答は長いようでも一瞬なんだよね。
論理的な会話をしているように見えるけど、実際には何となく理解したというイメージ。
そもそも心の中にいる人と真っ当な会話なんか出来るはずがないでしょう。
「ない」
面部野先輩は断言した。
「俺もサークルの先輩に聞いてみたけど、そもそも就職に利用出来るほど強力なコネって滅多にないらしいぞ。
そういうコネがあるんだったら最初から就活なんかしないってさ」
「ああ、それはそうかも」
テレビ局とかマスコミなんかは強力なコネがないとそもそも面接まで進めないという話は聞いたっけ。
ていうか面接受けてる時点でその人は大したコネがない事を証明していると。
「話は変わりますけど先輩って何のサークルに入ってるんですか?」
「軽音」
ダサッ!
アニメファンという話は聞いてなかったけど面部野先輩って楽器弾けたんだ。
「言いたいことは判るが俺はアニメファンじゃないしギター弾けるぞ。
まあ、俺の入っている軽音は実際には男女交際サークルなんだが……ところで矢代。
いつまでこうやって歩きながら話す気なんだ?
寒くなってきたんだが」
そうでした。
神楽さんが何も言わないもんだからつい。
気がついたらモールのそばまで来てしまっていた。
「じゃあファミレスでも」
「いいけど奢らないぞ?」
失礼な。
「僕が奢るのは神楽さんだけです。
神楽さん、いい?」
「はい!」
というわけで僕たちは懐かしのモール内のファミレスに入った。
矢代興業が出来るまでは王国や帝国のみんなとしょっちゅう利用してたんだよね。
確か王国と帝国の手打ちみたいなのもここでやったような。
普通の高校生の集団だと思われていたし僕たちも騒いだりしなかったから、お店の顰蹙を買うようなこともなかった。
むしろお得意様だったような。
カラオケ店でもお得意様ではあったんだけど、なぜか僕は毛嫌いされていたなあ。
女の子たちと頻繁に歌いに行ってたからだろうな。
ハーレム野郎と思われていたりして(泣)。
奥の席について注文する。
僕と面部野先輩はドリンクバー、神楽さんはパフェを頼んでいた。
やっぱり女の子だよね。
「言っていいのかどうか判らないけどカロリーとかいいの?」
「いいんです。
その分、動けばいいだけです」
神楽さんは平然と言った。
筋肉系女子なのかもしれない。
面部野先輩は珈琲を飲んでいたけど突然言った。
「忘れてた。
矢代って矢代興業の社長なんだよな」
「そうですが」
「つまり俺なんかとは比べものにならないくらい収入があるってことじゃないか!」
「奢りませんよ」
僕は男には厳しいんだよ。
しかも面部野先輩は別に僕の部下でも何でもない。
如月高校でもお世話になった記憶がほとんどないからね。
むしろ僕がお世話したような。
面部野先輩は一瞬「チッ」というような表情を見せてから淡々と言った。
「さっきの続きだが逆にこっちが聞きたい。
矢代は社長なんだよな?
矢代興業の採用ってどうなっている?」
「知りません。
そんなのには一切関わってないので」
切って捨てる。
だって実際そうなんだよ。
まあ、厳密に言えば僕が採用? した人も若干名はいるんだけど。
渡辺さんや迫水くんとか。
パティちゃんもそれに入るか。
でもそれって特殊というか超コネというか、履歴書持ってくるような話じゃないから。
というわけで僕は平然と応えた。
「大体ですよ。
コンビニの店長じゃあるまいし、社長が社員の採用に関わると思いますか?」
「それはそうだ」
面部野先輩は簡単に納得した。
ていうか当然だよね。
矢代興業はもはや大企業だ。
だって子会社に大学とかリゾート施設とかがあるんだよ。
そういう会社でどんな新卒採用やっているのかとか社長が知ってるはずがない。
関係ないし。
「……今気づいたんだが、俺って矢代とタメ口きいていい立場だと思う?」
面部野先輩が心配そうに言った。
ついに気づいたか。
別にいいけど。
「いいんじゃないですか。
僕にとっては面部野先輩は高校の先輩なので。
その関係は一生変わらないと思います。
もっとも」
ここでちょっと言葉を切る。
いや、やってみたくなっちゃって(笑)。
「面部野さんが矢代興業の面接に来たり営業に来たりしたら別ですけど」
実際には来てくれても会わないと思う(笑)。
昔親父に教えて貰ったことがあって、組織が違ったらお互いの階級とか身分は関係なくなるんだよ。
あるとすれば年齢とかの社会的規範だ。
それについては僕も本で読んだことがある。
アイザック・アジモフというアメリカのSF作家の自伝で、結構いい歳の時に徴兵されて二等兵にされて年下の士官に命令されて働いていたそうだ。
出会ったら気をつけをして「イエス、サー」としか言えなかったらしい。
でも除隊した途端に少佐だったその上官はアジモフに向かって「失礼しました!」と。
アジモフさんは「何、かまわんよ」と。
軍隊でこそ階級があるけど組織を離れたら単なる年上の人になってしまうということだった。
「それはそうか。
良かった」
なぜか引き攣った笑顔を見せる面部野先輩。
何か怖い事でも言いました?




