181.「とりあえず入って」
おせちの残りは冷蔵庫で保存することにして、僕たちは解散した。
世間的にはお正月の早朝なんだけど矢代家では大仕事の後の休憩タイムだ。
というよりは仕事納め?
「大地は寝てていいぞ」
「私達は仕事があるから」
そう言って両親は行ってしまった。
信じられない。
そもそも二人とも徹夜してるんだよ。
お正月なのに。
ブラック企業どころじゃないんですけど(泣)。
僕は呆れながらシャワーを浴びてから自分の部屋でベッドに倒れ込んだ。
すぐに寝たらしい。
何か変な夢を見て起きたら枕元の時計は昼過ぎだった。
寝正月になってしまった。
慌てて起きたけど家に人の気配がない。
両親は戻ってこなかったらしい。
もう仕事してるんだろうか。
死なないといいけど。
とりあえずシャワーを浴びてからリビングに行ったら昨日のままだった。
当たり前だけど。
冷蔵庫からおせちの残りを出してリビングのソファーテーブルの上に広げる。
珈琲を煎れて飲みながらおせちをつまむ。
さすがに高級食材だけあって冷え切っていても結構美味しいな。
テレビをつけてみたけどお正月のお笑いとか定番の時代劇とかしかやってなかった。
満腹するまで食べてもおせちが残っていたのでまた冷蔵庫に入れる。
夕食もこれでいいか。
ていうか僕、これからどうしよう。
両親の用は済んでしまったもんね。
肝心の親がいないのでは実家に帰省している意味がなさそう。
思いついてスマホを見てみたらメールが結構来ていた。
比和さんはご両親やお姉さんと一緒に初詣に行ったみたい。
一家揃って和服姿が艶やかな写真が添付されている。
ていうかそれ、振り袖だよね?
比和さんが似合いすぎて違和感が凄い。
みんな和装なんだけど比和さん一人だけ何かのポスターのようだ。
大変だな。
明けましておめでとうございます、という比和さんのメッセージもついていた。
三が日くらいは家庭サービス? に徹するようだ。
それはそうだよね。
ご両親やお姉さんから見たら比和さんってまだ未成年の娘なんだよ。
それが大学に入ると言って埼玉に行ったきり戻って来ない。
その前にも高校の卒業式にも出ずに外国を回ってきたりして。
テレビなんかの露出も増えているし、ご家族にとってみたら娘が宇宙人にアブダクションされたようなものかも。
あながち間違ってなかったりして(笑)。
比和さんもそれが判っているから精一杯娘を演っているんだろうな。
信楽さんからもメールが届いていた。
言っていた通りにご家族で炬燵に入って紅白を見て除夜の鐘の放送をみたそうだ。
写真は添付されてなかったけど、こっちも家庭サービスに徹する意志が感じられた。
まあ、信楽さんの場合はご両親も娘の特異性を認識しているからね。
でもそれって娘が模試で全国クラスだとか異常に勉強が出来るとか、何かそういうある意味常識的なレベルだったと思う。
まさか国際展開して大学を買うような企業の最高執行責任者になってしまったり、官庁の高級官僚と会食したりする状況だとは思っていなかっただろうな。
その辺りを説明すると言っていたっけ。
頑張って下さい。
その他にも炎さんや静村さんからメールが来ていたし武野さんたちは明るい日差しの真っ白な砂浜で並んで笑っている写真を送ってきた。
水着で。
海外にいるらしい。
いい気にもんだなあ。
でもあの二人、ご家族はほっといて大丈夫なのか?
と思ったら別の写真にはご両親も一緒に写っていたから家族旅行なんだろう。
正月に海外に行くなんてブルジョワな。
いや収入から言えば当然ではあるし、そもそもあの二人は矢代興業から無制限のサービス提供が約束されている。
好きにして下さい。
パティちゃんというかロンズデールご一家からもメールが来ていた。
リンクが張ってあったので飛んでみたらSNSに写真がアップされていた。
広い砂浜で戯れるパティちゃんやお兄さんたち。
こっちは本物のブルジョワで、ご一家以外に人気がないからプライベートビーチなのかもしれない。
みんな好き勝手やってるなあ。
僕は馬鹿馬鹿しくなってスマホの電源を切った。
さてどうしよう。
何もすることがない。
仕事とか通信大学の講義もタブレットがないので無理。
テレビを観てもつまらないしね。
アニメやラノベを見たり読んだりする気にもなれない。
僕こそ仕事中毒になってしまったのかも。
チャイムが鳴った。
びくっとしてしまった。
誰?
正月に尋ねてくるような人の心当たりがないんですけど?
恐る恐るインターホンを見てみると女の子が映っていた。
知らない人だ。
居留守を使おうか?
駄目だ。
「はい」
「失礼します。
矢代ホームサービスです」
それかよ!
「今行きます」
簡単に信用していいのかどうか判らないけど、まさかパパラッチとか記者が大学生くらいの女の子を使うはずがないよね?
玄関の鍵を開けると女の子が頭を下げた。
「失礼します。
矢代大地様でしょうか」
「そうだけど」
「ああ、良かった。
お忙しい所を失礼します。
私は神楽と言います。
矢代社長の身辺警護を担当させて頂いております」
女の子は恐ろしい事を言った。
身辺警護?
てことはこの女の子も護衛兵か何かなの?
「ご免。
ええと神楽さんは一人でやってるの?」
「違います。
近くに護衛チームが待機しています。
私は偵察というか確認役で」
そうなのか。
言われて見たら神楽さんは可愛いオーバー姿だった。
下はジーンズにスニーカー。
高校生くらいの女の子が遊びに出掛ける服装だ。
女子大生かと思ったけどもっと若いのかも。
「とりあえず入って」
「はい」
女の子を玄関前で立たせたままって有り得ないからね。
改めて見てみると神楽さんは中性的な美少女だった。
背は僕と同じくらい。
てことは女性としては高いんだろうな。
「つまり神楽さんは僕が家にいるのかどうか確認しに来たと?」
聞いてみた。
「そうですね。
昨日、矢代社長がご帰宅されたのを確認したという報告が上がっていますし、その後外出するお姿がなかったのでご在宅とは思っていたのですが」
神楽さんは頭を下げた。
「ご両親のご帰宅と外出は確認したのですが肝心の矢代社長のお姿が確認出来なくて」
うーん。
僕、徹夜した後はずっと寝ていたからなあ。
それで本当に家に居るのかどうか見に来たと。
「それはご免。
ずっと寝てたもので」
すると神楽さんが微笑んだ。
「いえ。
我々は矢代社長がご無事であれば」
嫌な事を言われた気がする(泣)。




