170.「浦河さん、事業部長やってるの?」
その後は特に問題もなく過ぎて、僕たちは食事をとった後は早々に引き上げた。
本堂では宴会が続いているというか無礼講になっているらしかったけど回避だ。
こっそり構内を抜けて参道で待っていると、どこからともなくワゴン車が現れた。
豊くんが運転していたりして。
ワゴン車にみんなで乗り込んで会場を後にする。
ふと気づくと軽トラが前後を走っていた。
「あれは?」
「魔王軍の護衛です」
さいですか。
早速、親衛隊化したらしい。
もっとも矢代興業の幹部にはデフォルトで護衛がつくんだけどね。
僕や比和さんはともかく信楽さんは24時間警備体制のはずだけど。
「魔王軍で引き継ぎました。
もともとこの辺りは魔王軍のテリトリーですから。
宝神の勢力圏外に出る場合は矢代興業の護衛隊に任せますが」
炎さんが当たり前のように言った。
魔王様が護衛隊長なのか。
まあ、確かに護衛を付けるといってもTPOがあるからなあ。
炎さんが言うように宝神というか末長家が事実上支配するこの辺りの土地は一種の結界みたいになっていて、よそ者は物凄く目立つんだよ。
パパラッチとか怪しい産業スパイみたいな人が入り込んだら常に監視される。
場合によっては強制排除に至るとか。
この辺一帯は砦みたいなものだ。
勢力圏の中ではシロウトに毛が生えたみたいな魔王軍が護衛していても大丈夫だという判断なんだろうな。
万一襲われても盾くらいにはなると。
でも東京に出掛けたりする場合は本職がつくわけね。
比和さんにも護衛がついているらしい。
信楽さんの場合なんか仕事で東京に出る場合は車の送迎がデフォルトになってしまった。
しかも前後に護衛車がつく。
もはや政府要人並だね。
豊くんの上手い運転ですぐに矢代家に戻ってきて、とりあえず解散する。
出来ればシャワーくらい浴びたいけど矢代家には風呂場がひとつしかないからなあ。
「レディファーストで」
お背中をお流ししますとか言われないうちに先手をとっておく。
「すぐに上がりますので」
比和さんからちょっと残念そうな気配がしたので正解だったみたい。
僕は部屋に戻って普段着に着替えて待つ。
PCを立ち上げてネットサーフィンしていると30分もたたないうちにスマホに通知があった。
風呂場が空いたらしい。
すぐに直行する。
何か汗が気持ち悪くなりかけているんだよね。
手早くシャワーを浴びてシャンプーだけしてあがる。
また後で入ろう。
部屋には戻らず直接リビングに行くと、既にみんな寛いでいた。
みんなと言ってもパティちゃんはハワイでバカンス中だからそれ以外だ。
静村さんを含めて4人の美少女が寛いでいる風景ってあれだよね。
ラノベで言う天国ってこんな感じ?
「ダイチ様。
こちらへ」
比和さんが真っ先に誘ってくれた。
わざわざソファーから立って待ち構えているからどうしようもない。
その他の人たちはみんな「お疲れ様ですぅ」とか「どうも」とかそういう事を呟いただけだった。
というのはどうもみんなでテレビを見ていたみたいなんだよ。
珍しい。
「何か面白いニュースでもあった?」
聞きながらソファーに座ると静村さんが無言で画面を示した。
ワイドショーか。
『……ということでお馴染み[トレンドカンパニー]のコーナーです。
今日は話題沸騰のトータル健康サービス事業を展開する[矢代ホームサービス]を取材させて頂きました!』
快活そうなアナウンサーだか何だかの人がスタジオで話すと客席から歓声が上がった。
何これ?
「矢代ホームサービスって」
「はいですぅ。
矢代興業のぉ子会社ですぅ。
このワイドショーはぁ比較的真面目なのでぇ取材を許可したはずですぅ」
信楽さんが言って肩を竦めた。
「私ぃは直接担当じゃないのでぇよく知らないんですけどぉ」
矢代興業本体じゃなくて子会社か。
そういえばメイド派遣事業とか訪問医療診断とかをまとめて会社を作ったとか聞いたっけ。
「これ、比和さんの担当じゃなかったっけ?」
聞いてみたら比和さんは僕の隣に座ってじりじりと近寄りながら言った。
見え見えだけど?
「担当と言えばそうですが、私は矢代興業所属ですので。
経営には関与していません」
そうなのか。
まあ、そうだろうね。
比和さんは矢代興業の役員だ。
矢代興業自体は既にホールディングス化しているからその役員は現場には出ない。
子会社の経営には直接タッチしてないんだよね。
兼任でもしていれば別だけど比和さんの様子だと関係なさそう。
「するとその矢代ホーム何とかの社長って誰なの?」
情けない話だけど全然覚えがない(泣)。
「経営陣はぁ吸収合併したぁ介護サービス会社の人にぃお願いしましたぁ。
でも事業部長はぁ矢代興業のぉ生え抜きですぅ」
信楽さんが何でもないことみたいに言った。
矢代興業の生え抜きって。
『それでは早速伺って見ましょう!
こちらが矢代ホームサービスの事業部長をなさっておられる浦河さんです!』
『わー可愛い!』
『本当に部長さんなの?』
テレビの画面に登場した見覚えがある美少女。
浦河さんじゃないの。
ほっかむりしている時が一番輝いているというある意味残念な如月高校の僕の元同級生だ。
前世は王国の王宮メイドで、つまりは比和さんの部下だよね。
「浦河さん、事業部長やらされているの?」
思わず聞いたら比和さんが淡々と応えた。
「浦河もそろそろ現場を離れて管理を担当すべきです。
本人は嫌がっていましたが」
強制かよ!
まあ僕も似たようなものだからなあ。
それにしてもあの浦河さんが事業部長か。
破格の出世?
「矢代興業のぉ正社員は基本的にはぁ経営管理側に回って貰いますぅ。
現場が好きだとかぁ言ってもぉ有能な社員はぁどんどん昇進ですぅ」
「浦河も来年度から准教授ですので。
子会社の事業部長くらいはやってもらわないと」
鬼だ。
信楽さんはともかく比和さんまで冷徹な経営者になってしまっている。
テレビ画面ではほっかむりを失った浦河さんがワイドショーの司会の人の質問に淡々と答えていた。
輝きがくすんでいるような。
本人は忸怩たるものがあるんだろうなあ。
ほっかむりがあんなに似合っていても、いつまでもそこに留まってはいられないのか。
まあいいか。
僕にはあまり関係がない話だよね。
(矢代大地の冷徹さには毎回肝が冷えるな。
浦河というと矢代大地の友達だろう?
何か思う所はないのか?)
無聊椰東湖が非難してくるけど別に?
僕だって好きで矢代興業の社長なんかやってるわけじゃないから!




