167.「もっともぉ例外はありますぅ」
僕たちはこの格好でも恐れていたほど場違いというわけではないみたいだった。
晩餐会に見えたけど、むしろ宴会だ。
やたらと大規模なだけで。
しかも宴会の常で、しばらくすると席を立って別の所に行く人が続出していた。
大抵はまず末長さんの所に行って頭を下げたり一献注いだりするんだけど、末長さんはいちいちそれに応じていた。
あれが支配者というものか。
「大変だね」
「そうですぅ。
旧家というものは侮れないですぅ」
信楽さんも同感みたいだった。
確かに学校とか会社みたいな人工的な組織とは違う。
何百年も続いてきた地縁というか人縁というか、そういう濃厚な繋がりがあるんだろうね。
「私たちがあの中に入り込む必要はありません。
ダイチ様は頂点とだけお付き合いされれば」
比和さんがよく判らない忠告をしてくれたけど、何となく意味は判った。
僕たちはあくまで部外者ってことだよね。
この末長王国にとっては良くてゲストなんだよ。
だから無理に溶け込む必要もない。
それでいいのか。
ほっとした。
「矢代社長はぁ既に末長氏や末長先輩とぉ絆がありますぅ。
それだけで十分ですぅ」
そういうことね。
僕は個人としては大したことはないけど矢代興業や宝神総合大学にとっては社長や理事長だ。
だから組織の長として末長王国の長である末長さんと縁を結べばいいんだよ。
お互いに配下? の人たちと親しくなる必要もないしね。
「もっともぉ例外はありますぅ」
「そう?」
「魔王軍は既にぃ矢代社長のぉ配下同然ですぅ」
それがあったっけ。
でもあれはあくまで炎さんの部下としてだから。
それに魔王軍はここにいないからね。
僕としては淡々と時が過ぎるのを待つだけでいい。
そのはずだったんだけど。
「矢代殿!
お会い出来て光栄です!」
「ありがとうございますぅ。
皆様のおかげですぅ」
「矢代殿!
炎様をどうかよろしく」
「炎殿には日頃お世話になっております。
矢代は指導教授として親密に」
「矢代殿!
機会があれば是非我が自治会の祭りにご参加頂きたく」
「予定をぉ確認させて頂きますぅ」
いや参った。
参加している人の大半が入れ替わり立ち替わり僕に挨拶に来るんだよ。
予めお酒は飲めないと断ってあるので注いでくれるのからは逃れられたけど、その代わりに皆さん何とかして僕から言質を引きだそうとしてくる。
波状攻撃だ。
僕一人だったらひとたまりもなかっただろうけど、幸いにして僕の前には双璧がいてくれた。
振り袖姿の美女と美少女が襲い来る末長家家臣の皆さんを撃退し続けてくれている。
ありがとう(泣)。
僕、マジで死ぬところだったのを救われた気分だ。
(お嬢ちゃんたちにはこうなると判っていたわけだな)
無聊椰東湖が感心したように言った。
そうみたいだね。
だとすれば二人とも振り袖なのも頷ける。
本気の戦闘服だったと。
(そんじょそこらの格好だとお付きの下働きや秘書辺りに思われかねないからな。
だが正装した美女なら無視出来ない。
しかも矢代大地の隣に座っているわけだ。
名代とみていい。
その時点で勝ちだ)
いや勝ち負けじゃないと思うけど。
でも二人のおかげで僕は「はあ」「よろしく」「ありがとうございます」とかを適当に言ってればよくなっていた。
もちろん相手の名前なんか覚えちゃいない。
最初の人たちは名刺を出そうとしてきたんだけど信楽さんが「ここはプライベートですぅ」と言ってシャットアウトしてくれたんだよ。
まあ、僕は名刺なんか持ってこなかったしね。
それにこんな所で名刺もらってもしょうがない。
ビジネスの話なんか出来ないから。
それは皆さんも判っていて、だから色々話しかけられたけど口約束的なものばかりだった。
中には「是非うちの工場の視察を」とか言う人もいたけど、そういう人達だってここで約束なんか出来ないからね。
どっちにしても宝神に戻ってからの話になるし、そこなら僕に面会しようとしてもまず無理だ。
つまり僕としてはこの場さえ凌げればいいと。
「お噂はかねがね。
矢代ホームサービスにはいつもお世話になっております」
「矢代総合リゾートの基礎工事の件で出来ればご相談に乗って頂ければ」
問題は双璧のはずの信楽さんや比和さん自身も結構な有名人、というよりはむしろ矢代興業の権限者だということで。
つまり僕だけじゃなくて二人目当ての人も殺到してくるんだよ。
もちろんそんな人たちが妖精や矢代興業の最高執行責任者の相手になるはずもない。
適当に撃退されていた。
それにしても忙しそうだ。
振り袖なのに大変だなあ。
「もうじき収まると思いますから」
炎さんが囁いてくれた。
「そうなの?」
「はい。
そろそろ酒が回り始めて無礼講に移行します。
その前に引き上げます」
主賓というか主催者が引き上げていいんだろうか?
気になって末長さんの方を伺うと既に席にいなかった。
宴席に降りて色々話しているみたい。
そういうのも仕事なんだろうな。
「炎さんはいいの?」
聞いてみた。
「私はどっちかというとオマケみたいなものなので」
肩を竦める炎さん。
「もともと員数外ですからね。
末長家は兄貴たちが継ぐし、私はもう矢代興業の所属だと思ってます」
「そうなんだ」
でも無理があるんじゃないかなあ。
「魔王軍はどうするの?
あと腰元組とかもあるんでしょう?」
聞いてみたら炎さんの整った顔に凄味のある笑みが浮かんだ。
「あれらは所詮非正規の組織ですからね。
どっちかというと魔王に所属しているんです。
だから」
ちらっと末長さんを見る。
「魔王が引き受けます」
何と。
炎さん、魔王軍や腰元組を引き連れて矢代興業でのし上がって行くつもりか。
確かにあれほどの組織を捨てるのは惜しいだろうけど、大丈夫なの?
(心配いらん。
というよりは心配する必要なんざないぞ。
魔王様は矢代大地が思っているより遙かに狡猾だ。
もっとも)
僕の心の中で溜息をつく無聊椰東湖。
(誰かの入れ知恵かもしれんがな。
ほら、あの若頭とか)
広末家の豊くん、じゃなくて魔王軍幹部の人か。
確かにあの人、図体から来るイメージと違って策士みたいだったしね。
でも無聊椰東湖、狡猾って?
(つまり魔王様は配下の集団の特性を利用する気だ。
非正規部隊として)
よく判らないんだけど。
(要するに親衛隊だよ。
矢代大地の。
で、魔王様ご本人は矢代大地の親衛隊長に収まる気満々だぞ?)
パネェ?




