149.「能力に制限がかかっているとかじゃなくて?」
心理歴史学講座について教えたら案の定、五里霧中な顔をされたので裏の真実を教えてあげた。
あそこは規格外な学生を集めて飼っておく場所だと。
更に言えば自分が教授とかやってるせいで学生が出来ない人たちに学士号を取らせるための救済措置でもある。
「比和さんやシャルさん、宮永さんなんかは自分の配下の人が何百人もいるからね。
とてもじゃないけど普通の学生やってる暇はないと思うよ。
そういう人たちのために単位をあげるための講座」
「それは納得出来るが静村みたいなのもいるんだろ?
あいつって何かの仕事してるのか?」
「静村さんのお役目は霊的護衛というか。
僕もよく知らないんだけど」
迫水くんは鼻で笑った。
「騙されてるぞそれ。
あいつに霊的な護衛なんか出来るかよ」
酷い言われようだ。
「でも信楽さんが」
「信楽というとあの女の子か」
迫水くんは一転して真面目な表情になった。
「判る?」
「まあな。
最初は俺たちの同類かと思った」
そうなの!
やっぱ信楽さんって神仙のたぐいなのでは。
「信楽とやらが言うのなら何か理由があるんだろうな。
なるほど。
俺もその講座とやらに入れと?」
「今のところはそうなってるみたい」
そう思い込んでいたけど、確かに決まったわけじゃないよね。
ていうか静村さんが神様じゃなかったとか霊的防御なんかないと同じ神様の依代である迫水くんに断言されたのがちょっとショックだったりして。
やっぱり厨二病じゃなくて中2病なだけだったのか?
「すまん」
迫水くんが突然謝ってきた。
「つい矢代も俺や渡辺の同類みたいな気がして説明を端折った。
霊的防御とやらは存在するのかもしれん」
矛盾した事を言い出す迫水くん。
話がコロコロ変わるんだもんなあ。
「あるのかないのかどっちなの?」
さすがにちょっと腹が立ったので聞いてみる。
「うーん、人間原理というか。
静村が『ある』と思い込んでいればあるかもしれない。
逆に『ない』と思っていたらないな」
やっぱり禅問答だった(泣)。
人間の論理では通じないのか。
でもちょっと判った気がする。
「つまり静村さんの主観が重要だと?」
「そうだ。
よく判ってるじゃないか」
迫水くんが感心したような表情を作る。
「あれだけ説明されたら判るよ。
要するに神様はいないけど、似たようなエネルギーというか情動は存在するんだよね。
そして依代がその流れ(エネルギー)の方向を形作る」
「その説明で合ってる。
まあ、依代が望んで奇跡を起こせるわけじゃないけどな。
船で言ったら舵みたいなもんだ。
ほんのちょっと進む方向を決められる」
ああ、その例えはよく判る。
船のエンジンや出力調整なんかは依代の役目じゃないわけだ。
依代に出来るのは方向を決めることだけ。
「それにしては静村さんはバリバリ神力を使っていたような」
「そうか?
ホンマモンの奇跡ってやった事ないはずだぞ。
ていうか静村も俺もそんなことは出来ない。
あくまで方向を決めるだけで、しかも正確じゃない。
大体こっちの方、というレベルだな」
つまり静村さんは聖女じゃなかったわけだ。
いや女神ではあるのかも。
地上に降りて神通力のほとんどを使えなくなった系の。
その設定、ラノベによくあったりして(泣)。
「でも静村さんは自由形で日本新出したって」
「それは奇跡じゃないだろう。
たまたま静村が泳ぎが得意だったというだけだ。
もちろん」
迫水くんはニヤッと笑った。
「静姫つまり静村の二重人格が依代として流れを弄った可能性はあるけどな」
そういうことね。
どこかで読んだ事がある。
奇跡って人間の力では絶対に実現出来ないのだそうだ。
逆に言えぱ人間が出来ることなら奇跡とは呼ばれない。
水の上を歩いたとか水を葡萄酒に変えたとかいう話は、もし本当だったら人間には出来ないから奇跡と認定される。
バチカンにはそういう事象を調査する専門の人がいて、例えばどこかで奇跡としか思えない現象が起きるとわざわざ調査に来るらしい。
そして科学的手段で徹底的に調べる。
この場合、信仰心とか愛とかそういう抽象的な事は調査対象にならない。
あくまで客観的な事実だけが評価基準なんだって。
「つまり今まで静村さんがやってきた事って人間の力で実現出来ることだけ?」
「そうだ。
空飛んだりパンを増やしたりはしなかったはずだ」
確かに。
静村さんの力って、無理すれば人間にも可能だったり、ただの偶然だと言い張ればそうかもしれないと思ってしまう程度の事なんだよね。
水泳の自由形で日本新出したと言っても、確かに凄いけど静村さんの前にも似たような記録を出した人がいたわけで。
日中に雨が降らない件は偶然で片付けられる。
つまり静村さんが明確に『力』を使って実現した事じゃないんだよね。
まあチートとしか言いようがないけど。
「静村の場合、静姫という依代になることで現実に干渉しやすくなっているかもしれんな」
迫水くんがぼそっと言った。
「迫水くんたちにも出来る?」
聞いてみた。
「何とも言えない」というのが返事だった。
「判らないと?」
「俺や渡辺から見れば現実の延長線上ではあるが、相当難しいだろうからな。
小っ恥ずかしいだろそんなの」
それが理由なの!
「能力に制限がかかっているとかじゃなくて?」
「あのな。
これはラノベでもアニメでもないんだぞ。
大体、能力とかじゃないし」
だったら何なんだろう。
(このイケメンくんが自分で言っているじゃないか)
無聊椰東湖が口を挟んできた。
判るの?
(こいつらにとっては現実なんだよ。
料理が出来るとか野球のボールを投げられるとか、そんなもんと同じなんだろう)
何言ってるの(笑)。
そんなの誰でも出来る……ああ、そうか。
(やっと判ったか)
うん。
確かに料理は誰にでも出来るんだけど、絶品だったり超絶だったりする料理を誰でも作れるわけじゃない。
野球にしても時速150キロオーバーの投球はほとんどの人が無理だ。
でもボールを投げるだけなら大抵の人が可能。
ピッチャーマウンドに上がって大観衆の前で正確にミットに投げ込めるかどうかは別にして。
(だろうな。
誰にでも出来ることじゃないが、出来る人は存在するわけだ。
この兄ちゃんが『出来るかどうか判らない』と言っているのはそのせいもあるんだろう)
「も」?
他にも理由が?
(そもそも人前で料理したり球場でボールを投げたりする気になるかということだ。
相当な動機がないと恥ずかしくて出来ないんじゃないか?
だよね(泣)。




