147.「俺の事はいいんだよ」
色々疑問は残ったけどさすがに逆上せてきたので露天風呂会談を切り上げる。
二人で屋内に戻って水風呂に飛び込んだりサウナに入ったりしたけど会話はしなかった。
何か疲れてきたし。
ていうかお風呂って何か考えたり話したりする雰囲気がないよね。
ハーレム萌えアニメだと女風呂で美少女たちが色々やるけど実際には無理だ。
脱力して面倒くさくなる。
というわけで僕たちが会話を再開したのは身体を洗ってもう一度大風呂に浸かり、その後水シャワーを浴びてお風呂を後にしてからだった。
脱衣場に用意されていた新しいバスタオルで身体を拭いてから洗面所に行ったら何と櫛や整髪剤はもちろんT字カミソリやハブラシまで揃っていたのには驚いた。
「凄いサービスだね」
「リゾートホテルだからな。
日本風のおもてなしという所だろう」
迫水くんは平然と歯磨きして髭を剃っていた。
結構伸びていたみたい。
僕も剃ってみたけどまだ産毛なんだよね。
髭面になりたいわけじゃないけど男性ホルモンが不足している可能性がある。
ちょっと将来が心配だったりして。
髭を剃って髪を整えた迫水くんはイケメンだった。
まともな方の。
やれば出来るじゃん。
「あの髪型は何だったの?」
「いや、一度やってみたくてな。
故郷じゃああいう事をするとあっという間に噂になるし。
人付き合いがヤバくなるんだよ」
そうなのか。
「でも高校生でしょ」
「田舎を舐めるなよ。
しかも北海道だぞ。
言っとくが俺はバイクで片道30分かけて高校通っているからな」
何それ。
バイク通学可?
ていうかそんなに遠くの高校になぜ?
バイクで30分も走ったらこの辺だと県を出てしまうのに。
「電車とかないの?」
「まず駅までバイクで十分かかる。
それから2回乗り継いで高校に一番近い駅から徒歩で30分だ。
合計片道2時間。
それも一番接続が上手くいった場合で」
秘境だよね。
「それはまた」
「おまけに高校自体が小さくてな。
生徒数も学年で百人いない。
校風は超保守だ」
そうなるんだろうなあ。
舐めてました。
埼玉が田舎だとか思っていたけど上には上がいるもんだね。
「だから迫水くんは真面目な生徒を演じていると」
「俺はもともと真面目だぞ?
今時少年漫画に出てくるような不良なんかいないよ。
やったらコスプレになっちまう」
「うん、僕もそう思うけど」
そういえば最初に帝国の人たちと会った時ってみんなヒャッハー的な格好だったけど、あれって露骨にコスプレだったもんね。
つまり真面目? に不良とか傾き者をやろうとしたらコスプレになってしまうわけか。
今の不良ってむしろ真面目で裏に回って何かするようなのかもしれない。
ヤクザの人たちが背広着てネクタイ締めるのと一緒で。
「俺の事ばかりだな。
矢代の事も教えてくれよ。
高校時代はどうだった?」
聞かれてもね。
「普通の高校生だった」
「違うだろ。
在学中に会社起こして社長やってたんだろ」
それを言われると辛い。
「あれは成り行きなんだよ。
僕は大したことはしてない」
「いいから話してみろよ。
何か溜まってる臭いぞ」
言われて気がついた。
僕、ひょっとしたら同年代の男とこういう話をするのは初めてだったりして。
厨二病が発症する前はほとんどボッチだったし、発症後は王国の指導役だかにされて対等な話相手もいなかったしね。
愚痴れるのは無聊椰東湖ばっかで。
(俺が精神安定剤代わりだったのか。
つまり俺がいなければ矢代大地は狂っていたか鬱病一直線だったわけだな。
感謝しろよ)
しないよ!
まあいい。
「そうだね。
いい機会だし話そうか。
迫水くんはいい?」
「俺は特に用はないからな。
女どもの間に入っていく気力もない」
ニヤッと笑う迫水くん。
うわあ、この男モテそう。
考えてみたら北海道とはいえ大地主の御曹司だし、背が高くてイケメンだし、まさにモテ男の典型なのでは。
ラノベ的に。
「俺の事はいいんだよ」
なぜか少し紅くなる迫水くん。
「そんな事を言い出したら矢代こそ桁違いだろ。
あそこにいたのって全員矢代の女なの?」
「違うよ!」
「そうか?
全員は言い過ぎだが明らかに矢代に惚れてるのが何人かいた。
俺の目は確かだ」
うわあ!
迫水くん、マジでラノベの友人キャラ化してない?
いやいやここは現実だから。
「……とりあえず移動しよう。
人もいるし」
「そうだな」
実際、この時間になってもお風呂に入りに来る人がちらほらいるんだよね。
もちろんお互いに無視し合っているけど密談するのにいい場所とは言えない。
「どこに行く?」
「どっちかの部屋と言いたいがお互いに嫌だろう。
修学旅行じゃあるまいし。
展望室とかいいんじゃないか?」
なるほど。
ていうかそんなのあったんだ。
「よし行こう」
行ってみて駄目だったらまた考えればいい。
一度エントランスに戻って自販機でドリンクやおつまみを買う。
エレベーターを待っている間にスマホの電源を入れてみたら信楽さんたちからLINEが来ていた。
女子会は盛り上がっているそうだ。
静村さんも合流して女子全員が集まっているらしい。
「どうする?
行く?」
「無理だろ」
「だよね(笑)」
そんな恐ろしい場所になんか行けないよ。
僕は迫水くんと二人で男子会(笑)をやる旨書き込んで電源を切った。
こんなクリスマスパーティもいいよね。
男と二人で過ごす聖夜(の次の日)。
BLにはなりそうにもないけど。
幸いにして迫水くんはそっち方面の趣味は一切なさそうだ。
万一狙われたら相手は神様だし逃げられそうもないなあ。
でも信楽さんによれば僕の周囲には無敵の霊的結界が張ってあるらしいから大丈夫でしょう。
エレベーターで最上階まで上がると確かにそこは展望室だった。
一方の壁がほぼ窓になっていて対岸の東京湾岸の光景が見渡せる。
夜だから地平線まで真っ暗でその上は光の帯だ。
絶景だね。
幸いな事にこの時間になっても室温はそれほど低くなってなかった。
一応、暖房は入っているみたい。
「本当ならアベックとかが夜景を見ながらロマンチックな夜を過ごす場所なんだろうな」
迫水くんが淡々と言った。
「俺たちの部屋は南向きだからな。
バルコニーから見えるのは真っ暗な海だけだ。
ロマンの欠片もない」
見てみたらしい。
ていうかそれ以上に寒くてバルコニーなんかに出られないって(泣)。




