13.「貴方に経営の教師が必要とは思えませんね」
「まあ、お掛け下さい」
末長学長自らが勧めてくださったのでソファーに座る。
末長さんは「珈琲でよろしいですかな」と聞いてきた。
「お願いします」と言ったら自ら珈琲煎れてくれたんだよ。
出前でも取るのかと思ったのに。
「珈琲は私の趣味ですので。
ご遠慮なさらず」
美味かった。
なるほどファミレスのとは違う。
いいよね。
僕も本格的に煎れてみるかな。
「さて」
末長さんが姿勢を正したので僕も背筋を伸ばす。
「私は経営学専攻の教授ということになっておりますが、学問的な実績があるわけではございません。
宝神国際大学を経営しておりましたが、あれはまあ、おままごとみたいなものでしてな。
矢代興業を立ち上げてここまで伸ばされた矢代さんにお教え出来るような事があるかと問われると」
のっけから拒否?
ていうか僕、まだよく判ってないんだけど、どうして宝神総合大学学長の末長さんが名誉教授とかやってるんだろう。
講座に学生が僕一人というのも変だ。
経営学専攻なら僕じゃなくて比和さんとか宮砂さんとかシャルさんとか、よっぽど向いている人がいるんだよ。
ロンズデール姉妹も宇宙人とはいえ、でかい企業グループのお嬢様なんだから経営者に近いだろうに。
それはそうと末長さんもやっぱり誤解しているな。
僕に経営なんか出来っこないのは見ただけで判ると思うんだけど。
「末長さん以前に僕の方がこの講座には相応しくないと思います。
何せ、矢代興業も僕以外の人が凄かったから発展しただけなので」
一応言ってみたけどやっぱり駄目だった。
「何をおっしゃいます。
創業して2年もたたないうちに小なりとはいえ大学を買収してしまえるほどの成功を収められた実績は矢代さんのものでしょう」
「いえ、だからそれは黒岩くんとか八里くんとかがですね」
「お言葉ですが、どんな組織でもその実力はトップに立つ者に左右されます。
もちろん数十年の歴史があったり国有企業であったりと言った会社は別ですが、ベンチャー企業は経営者次第でどうにでもなります。
そして矢代さん、貴方はそのトップなのですよ」
末長さんは言葉を切って珈琲を啜った。
そして。
「貴方に今さら経営の教師が必要とは思えませんね」
いや、それはそうなんですが。
それって僕には企業経営なんか出来ないから無駄だという意味ですよね?
違うか(泣)。
誰も判ってくれないし、弁解しても否定されるだけなのでこの話はやめよう。
ていうかちょっとおかしくない?
僕に経営の教師が必要じゃないっていうんだったらなんで経営学講座に所属して末長さんが教授やってくれてるの?
「すみません。
万一そうだとしたら僕がこの講座に所属している意味がよく判らないんですが」
一応オブラートに包んで言ってみる。
すると末長さんは破顔した。
この顔は知ってるぞ。
初めて会った際、娘の炎さんが「魔王です」とか自己紹介した時の顔だ。
悪戯成功というか。
悪乗りした時の表情なんだよ。
末長さんってこの歳で未だに性格的には悪戯小僧なんだもんなあ。
「それはですな。
偽装と言いましょうか。
ぶっちゃけますと方便です」
何ですと?
そんないい加減な理由で?
「よく判らないんですが」
「少し長くなりますがよろしいでしょうか」
「はい」
この「長くなる」って台詞は末長家の伝統なんだろうか。
「先々月でしたか。
矢代興業の信楽殿より連絡がございまして」
やっぱ信楽さんかーっ!
いやいいんだ。
諦めてる(泣)。
「内容は宝神総合大学の学長および経営学講座の教授への就任依頼でした。
寝耳に水でしたな。
宝神国際大学の精算が終わってほっと一息ついた所で、これからはのんびりしようと思っておったのですが。
まあ宝神総合大学理事会の顧問を引き受けた以上、ある程度は働かねばならぬと覚悟はしておりましたが、そこに学長と教授です」
「どうもうちの信楽がすみません」
一応謝っておく。
でも信楽さんは誰にも止められないからなあ。
一応上司の僕が部下のやらかした事の責任を取るのは当然だ。
「いえいえ。
とにかく電話では詳しい事を話せないとおっしゃるので、後日都内某所で出会って会談したのですが」
信楽さん、暗躍していたのか。
先々月というと海外歴訪の準備でひっくり返っていた頃だよ。
それと同時並行でこんな陰謀を進めていたわけね。
脱帽です。
「その場で宝神総合大学の構想を説明して頂きました。
いや驚きました。
あの方は凄まじいの一言ですな。
聞けばまだ高校1年生、16歳というではありませんか。
それに比べてうちの炎は」
いや信楽さんと比べたら黒岩くんですら風下に立つような気がするけど。
「信楽は異能というかそういモノなんですよ。
僕も全面的に頼っています」
本当だよ?
「かもしれませんが、信楽殿は矢代さんの秘書を自認しておられましたからな。
その時点で私の意志は決まっておりました」
さいですか。
別にいいけど。
末長さんは珈琲カップを取り上げてちょっと飲んでから続けた。
「その時に初めて宝神総合大学の内実を知ったのですが、学生どころか職員や講師陣まで矢代興業社員で揃えるとのこと。
発想が素晴らしい。
とはいえ、これは経営母体が矢代興業だからこそ可能な構想です。
普通の大学ではとても無理でしょうな」
「そうですね。
少なくとも初年度はそれで行くみたいですから」
未だに正気の沙汰とは思えないんだけどなあ。
でも出来てしまいそうなんだよ。
僕も片棒担がされていたりして(泣)。
「そこで初めて知ったのですが、矢代興業の社員は学生として宝神総合大学に所属するにしても、講師側である矢代さんを初めとした人たちはどうするのか、ということでした。
確かに大学の教員には資格が不必要ですので高卒の方々でも教授にはなれます。
しかし、その方々の学歴は高卒で止まったままです。
かといって別の大学に所属する余裕などないでしょう。
黒岩殿や八里殿は東大に進学したとのことですが、矢代興業の経営だけで精一杯で宝神に関わっている暇などない。
ではどうするのか」
どうって、これ?
「つまり、教授や講師をやりながら宝神の別の講座に所属すると」
「はい。
これによって矢代興業幹部の皆さんは大学の学生としての身分が保障されます。
カリキュラムをこなせば学士号も取れるでしょう。
ですが問題があると信楽殿がおっしゃっておられました」
関係ないけど末長さん、信楽さんの事を話す時は敬語になってない?
既に折伏済みか。
いかんいかん。
集中しないと。
「問題とは?」
「その時点で矢代さんが教授に就任することは決まっておったようです。
何でも幹部の一部の方々が熱烈に希望したとのことで」
晶さんとか比和さんだな。
くそっ。
「幹部の方々は矢代さんの講座に所属すれば良い。
ですがこの計画には致命的な欠陥があります。
矢代さんはどこに所属すれば良いのでしょうか?」
信楽さん、それでかーっ!




