12.「その、目標管理何とかの書き方判らないんだけど」
「……目標管理か。
ふん。
なるほどな」
晶さんが笑っていた。
獰猛な表情だ。
帝国将軍の本性が出ている?
「お判りになりますの?」
高巣さんが聞くと晶さんは頷いた。
「帝国軍でも人事評価はこれに近い方法でやっていた。
これほど体系だってはいなかったがな。
ただし将校に限ってだが」
「将校って言うと、士官?」
武野さんが口を挟んだ。
帝国の将軍相手に物怖じしないなあ。
さすがは未来人。
晶さんも気にしないで返した。
「そうだ。
指揮官クラスになれば本人の能力や適性より組織内での在り方が重要になる。
昇進はその技量次第という所か。
人を動かすのは難しいぞ?
ダイチみたいに天然で出来る奴はほとんどいない」
何でそこに僕が出てくるの?
ていうか天然って何だよ。
僕が何も考えてないみたいじゃないか。
当たってるけど(泣)。
心で泣いている僕に構わず無聊椰東湖が言った。
僕の口を使って。
「そうだな。
まあ企業においては管理職だけというわけにはいかない。
どんな職位の者でもこの方法論は有効だ。
ただし手間がかかるから全員となると上長の負担が大きくなる」
晶さんも頷いた。
「その通りだ。
というよりは槍を担いで言われた通りに動くだけの兵隊にそんなに手間を掛けていられないというのが本当の所だが」
僕、じゃなくて無聊椰東湖はみんなを見回して言った。
「大学は軍隊で言うと士官学校だ。
つまりここにいる者は目標管理制度で育てられるエリートということだな。
今、あまり詳しく説明しても頭に入らないだろうから今日は宿題を出して終わる。
来週の講座の時までに目標管理シートを作っておくこと。
それでいいか?」
最後の言葉は信楽さんに向けてのものだったらしい。
信楽さんがこっちを向いて「はいですぅ」と答えたからね。
信楽さんは静村さんと炎さんにちょっと言い置いてから教壇に上がって言った。
「今日はぁこれで解散ですぅ。
矢代教授が言われた事は重要ですのでぇ絶対に守って欲しいですぅ」
「その、目標管理何とかの書き方判らないんだけど」
未来人から抗議の声が上がったけど信楽さんは一蹴した。
「サイトの専門講座制度の所にぃ、全部載ってますぅ」
え?
信楽さん、今何て言った?
(つまりはそういうことだ)
無聊椰東湖が単調な口調で言う。
(目標管理制度が専門講座の学生評価方法に採用されていたということだな。
ていうか他の方法では無理なんじゃないのか)
さいですか。
無聊椰東湖が考えるような事はお見通しという事ね。
(悪かったな)
いや僕は別に構わないけど。
信楽さんの話が続いていた。
「見本も有りますからぁ各自目標管理シートを完成させてぇ、アップしといて下さいぃ。
期限はぁ次の講義までですぅ。
遅れるとぉ減点ですぅ」
厳しい!
宇宙人の人たち以外は暗い表情になっていた。
晶さんは笑っていたけど。
「さて、と。
飯でも食いに行くか。
高巣」
「そうですね。
お付き合いさせて頂きます」
晶さんと高巣さんが連れだって出て行き、その後ろから鏡と琴根がのっそりと続く。
晶さんの護衛はいないようだけど、帝国は護衛兵というよりは女忍者(くノ一)みたいだからなあ。
いないように見えて実は潜んでいるのかもしれない。
ロンズデール姉妹は部屋を出がけに手を振って僕に「Bye!」とか言ったみたい。
未来人たちはとっくに消えている。
さて。
僕はこれからどうすればいいんだろうか。
静村さんと炎さんに個人レッスンをつけている信楽さんに聞いてみたら即答された。
「矢代先輩はぁ、御自分のぉ教室にぃ行って下さいぃ。
末長教授がお待ちかねですぅ」
忘れてた!
そういえば僕って宝神の理事長や教授である前に宝神総合大学のピッカピカの一年生じゃないか!
ていうかそれがないと僕、学歴が高卒で終わってしまう。
慌ててタブレットや箱を持って教室を出る。
ええと末長さん、学長室にいるとか聞いたっけ。
でもすれ違いになりたくないので電話しようとして気がついた。
スマホ忘れた(泣)。
いや!
まだまだ終わらんよ!
箱の中を探ったらヘッドフォンマイクが出てきた。
ラッキー。
このタブレットは電話も出来るタイプのようだ。
廊下を歩きながらヘッドフォンをつけてタブレットを操作する。
歩きスマホならぬ歩きタブレットだ。
おばあさんを撥ねたりしないように気をつけないと。
学内サーバにアクセスすると認証を聞いていたけどパスワードなんか知らないし。
するとタブレットのレンズに目を近づけろという指示が出た。
網膜認証かよ!
サイトの教職員名簿を見ようとしたけど名簿自体がなかった。
セキュリティ?
「経営学講座」で探すとすぐに見つかった。
タブレットから電話する。
使いにくいなこれ(泣)。
電話はすぐに繋がった。
『はい?』
「矢代です。
今終わりました」
『ではこちらにおいで下さい。
学長室です』
「判りました」
電話を切ってからタブレットで探したら学内地図があった。
学長室の場所は判るけど、そこまでの道が難しい。
ていうか今僕がどこにいるのかも不明。
でもこのタブレットがあれば一発。
カーナビならぬ校内ナビが表示された。
便利だね。
人気の無い廊下を一人で歩いて学長室に向かう。
そういえば経営学講座の教室ってないのかな。
所属学生が僕一人だから学長室でマンツーマン?
嫌だなあ。
何か校長室に呼ばれてお説教とかされるみたいで。
目的地の学長室は名ばかりで、ごく普通の事務室だった。
ドアも質素で理事長室とは段違いだ。
つまり宝神国際大学の学長ってその程度の存在だったんだろうな。
全部理事長の末長さんが仕切っていたわけか。
あの理事長室も本来なら末長さんのものだったわけで、何か悪いな。
僕が乗っ取っちゃったみたいで。
僕、あまり学校に来ない気がするから部屋を交換して貰おうか。
ぼやっとそんなことを考えながらノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
部屋に入ってドアを閉める。
「早かったですな。
楽にして下さい」
そう言ったこの部屋の主は式典用? の背広なんか脱いでしまってシャツ姿だった。
それも原色のTシャツの上に無造作にカッターシャツを羽織っただけ。
下はダメージジーンズだ。
この人誰?




