128.「矢代社長はぁ何にしますぅ?」
用意が出来るまでしばらく時間を頂きたく、とか言いながら支配人さんが退場した。
荷物は僕たちが泊まる部屋に運んでくれるそうだ。
どこなんだろう。
スイートルームとかじゃなければいいんだけど、そうなりそう(泣)。
「ダイチ様」
比和さんに呼ばれてそっちを向いたら僕たち以外にも人がいた。
やっぱり美少女?
いや一人はイケメンだ。
「紹介しますぅ。
こちらがぁ来年からぁ心理歴史学講座に所属するぅ渡辺様とぉ迫水様ですぅ」
信楽さんが淡々と言うけど「様」付き?
しかも宝神じゃなくて心理歴史学講座に所属すると。
ていうことはつまり神様か。
静村さんの同類だ。
「渡辺利香です。
よろしくお願いします」
小柄で細身の美少女がきっちりと頭を下げた。
艶やかなストレートの黒髪を伸ばしていて、一昔前のアイドルのようだ。
今は集団で舞台で踊ったりするのでそういう容姿のアイドルは少なくなったからね。
長い黒髪がダンスの邪魔になったりして。
「迫水恭司だ。
よろしく」
イケメンの人も軽く頭を下げる。
長身で体格がいい上に茶髪。
頭の形がいいのか髪型が凄く決まっている。
アイドルアニメのサイド男とかに出てくるキャラのようだ。
前世がNPCの服部さんに匹敵するな。
矢代興業ってなぜか美少女だらけなんだけど、こういう本格的なイケメンは少ないんだよね。
代表格が超能力者の山城くんだとしても、あの人はどっちかというと少年漫画風のイケメンだし。
まあいいや。
「矢代大地です。
こちらこそよろしく」
そう言いながら近寄って二人と握手する。
つまりこのクリスマスパーティって新しく宝神に加わる静村さんの同類を僕に紹介する機会でもあるわけか。
あれ?
静姫様の同僚(笑)って3人じゃなかったっけ?
「もう一柱様はぁ依代のぉ都合がまだつかないそうですぅ。
せっかくだからぁ慎重に選びたいとぉ」
信楽さんが教えてくれたけどイケメンの迫水さんが口を挟んできた。
「基本的に優柔不断だからな。
迷ってるうちに国が滅んだこともあった」
さいですか。
それっていつ頃なんだろうか。
ていうか日本でだよね?
まあいいか。
僕が引くと信楽さんの紹介で他の人たちがそれぞれ挨拶していた。
サラリーマンの名刺交換みたいだ。
僕も何度かやらされたけど無意味な行為だよね。
ちょっと挨拶したくらいでは名刺と本人が一致しないし、その後の展開にもほとんど影響しない。
関係する人とは仕事を通じてもっと詳しく知り合うし、そうでない人とはそれきりだから。
そんなことを考えているうちにご挨拶が終わる。
僕は改めて会場を見回した。
まず目についたのは奥の壁のほとんどを占めている窓だ。
思わず近寄る。
窓はもちろん腰の高さから上なんだけど、その向こう側はパノラマだった。
真っ黒な海が広がり、水平線らしい光る線より上には無数の光が輝いている。
湾岸エリアか。
あの光はタワーマンションとかだろうな。
「天気がいい日には富士山がよく見えるそうです」
いつの間にか隣にいた比和さんが教えてくれた。
「凄いね」
「それが売りのホテルらしいですよ。
海の眺めを楽しむというコンセプトで。
もっともオーシャンビューのお部屋からは富士山は見えないそうですが」
なるほど。
やっぱりここ、リゾートホテルみたい。
「宿泊費が高そうだね」
「ダイチ様ならオーナー権限で経費扱いです。
今回もそれで通しました」
さいですか。
ていうか僕、オーナーなの?
まあ企業グループのトップである矢代興業社長で大株主なんだからそう言ってもいいかもしれないけど。
「でもクリスマスみたいな日によく予約取れたね」
「前日は満員だったらしいのですが、さすがにクリスマス当日はそれほどでもありませんでした。
それに」
比和さんは言葉を切って僕の耳に口を寄せてきた。
吐息が耳にかかって背筋に痺れが走るから止めて……欲しくはない。
「静村に相談したら一発でした。
急なキャンセルが入ったそうなので」
やっぱしか。
あいかわらず壮絶に運がいいんだよね静村さん。
運と言ってしまっていいのかどうかもう無理があるけど。
今回はそれに加えてお仲間が2人も来るんだから現実はひとたまりもなかっただろう。
まあいいや。
「皆さん揃ったみたいなのでぇ、そろそろ始めますぅ」
いつの間にか信楽さんが仕切っていた。
比和さんはむしろメッセンジャーなのかも。
ていうか最初は純粋に比和さんのお楽しみ会の予定だったんだけど企画を乗っ取られたな。
「仕方ありません。
こうなることは大体判っていましたから」
苦笑する比和さん。
そうだろうね。
比和さん自身も妖精ではあるんだけど、残りのメンバーも人外だし。
現実をねじ曲げる事にかけては比和さんの比じゃないような。
何か合図があったのかドアが開いてワゴンを押したボーイさんたちが次々に入って来た。
皆さん一様にお客様を見ると狼狽えるんだけど、その後は黙々と仕事する。
テーブルを配置したりテーブルクロスを広げたりとか。
ボーイさんたちは無表情ながら興味津々だった。
まあクリスマスに、しかもこれだけ豪華な部屋を使うのが美少女ばっかだったらそれは驚くよね。
しかも男は迫水くんだけ。
いや僕もいるんだけど地味過ぎて認識外らしい。
助かった。
端から見たらこの宴会、ラノベによく出てくる王子様とその取り巻きの美少女たちによる酒池肉林なアレに見えるかも。
「そうですね。
ダイチ様なら充分可能です」
比和さんが僕の腕をしっかりと抱え込みながら言った。
「でも序列ははっきりさせないと」
いや何の序列、ていうかそんなものはないから!
比和さんを伴ってみんなの所に戻る。
信楽さんがみんなに飲み物を配っていた。
パティちゃんが甲斐甲斐しく手伝っている。
社長秘書と第二秘書か。
「食前ドリンクですぅ。
矢代社長はぁ何にしますぅ?」
「じゃあウーロン茶で」
食前ドリンクって(笑)。
大人の世界だと「食前酒」という奴だろうな。
もちろんお酒はない。
ここにいるのは全員が未成年だから。
もっとも前世を含めるとほとんどが成人越えしそうだけど問題になるのは肉体年齢だけだ。
比和さんはメロンソーダを手にしていた。
カロリー摂取量とか全然考えてないな。
「それではぁ。
静村先輩、お願いしますぅ」
信楽さんに言われて静村さんが進み出る。
なぜ静村さん?
「僭越ながら。
クリスマスおめでとうございます」
めでたいの?




