123.「日本で高校出るの?」
晶さんが突然立ち上がったかと思うと僕の手から計画書をひったくった。
そのままガサガサとページをめくる。
とあるページで停止して没頭すること1分。
「そうか!
そういうことか!」
いきなり叫ぶ晶さん。
何か新しい発見があったらしい。
ていうかそれ、晶さんが持ってきた計画書じゃないの?
そんな事をぼやっと思っている僕に構わず晶さんはテーブルを回り込んで信楽さんの隣にどっかと腰を降ろした。
計画書を広げて信楽さんに早口で話しかける。
信楽さんはしばらく聞いていたけど突然反論? した。
たちまち議論を始める二人。
僕なんか眼中になさそう。
その証拠に僕がそっと立ち上がっても二人とも気づきもしなかった。
そのまま気配を殺して事務次長室を出てドアを閉める。
あー、終わった終わった。
(終わってないだろう。
どうするんだこれから)
無聊椰東湖が言うけど知ったことじゃないよね。
本当に仕事するのはあの二人なんだよ。
僕は偉そうにあれこれ言うだけ。
それが最高経営責任者のお仕事です(笑)。
(矢代大地が恐ろしいよ)
何か湿った声がした。
(お前は何なんだ?
本当に俺の後世なのか?)
知りません(笑)。
ひと仕事終えたので理事長室に帰ってネットサーフィンをする。
仕事が溜まっているけど今日はもういいや。
何せ矢代興業の二大巨塔を和解? させたわけで、一日の仕事量としては十分でしょう。
信楽さんから何か言ってくるかと思って待っていたけどその気配がないので、折良く戻って来たパティちゃんと一緒に帰ることにした。
理事長室を出て廊下を歩きながら聞いてみる。
「さっきまで何してたの?」
「矢吹サン、に色々教えて貰いました。
学長サンも一緒、に」
まだ助詞の使い方が変だけどその話し方はむしろ魅力的だったりして。
でもそうか。
矢吹と言えばヲタク講座でよく判らない変な装置を開発している人だっけ。
空中に魔方陣描くとか。
学長さんは末長教授のことだけど、あの人はヲタク趣味が開花してアッチの方に走ったんだった。
うーん。
思い出したけど矢吹くんって解析か何かの超能力者だよね?
そこに世界記録使いのパティちゃんが加わったら何か凄いことにならない?
まあ全部厨二病の妄想なんだろうけど(泣)。
末長さんには特殊能力はないけど、その代わりにこの辺一帯の大地主で顔役だ。
その三人が組んだら無敵だったりして。
まあいい。
僕を巻き込まないでいてくれたらそれだけで充分。
二人で歩きながら雑談する。
あいかわらず人気がないなこの大学。
いや、実を言えば視界の隅にパティちゃんの護衛らしい人影がちらちら見えるんだけどね。
そんなこと言い出したらさっきの事務次長室の周りにも色々な気配があった。
晶さんの護衛や信楽さんのボディガードだろうな。
両方とも達人らしくて気配はあっても姿が見えなかった。
ちなみに僕には誰もついてません。
信楽さんによれば、僕に危害を加えようとする人は呪われるらしいです(泣)。
比和さんとか静姫様とか魔王様とかの結界が僕の周りを幾重にも取り巻いているそうだ。
それ以外にも霊的な探知で僕の行動はすべて把握されているそうで、どこまでが妄想でどこまでが現実なのかもう判らない。
どうでもいいけど。
パティちゃんは毎日楽しく過ごしているようだった。
授業もないし好きなことだけをすればいい。
でも信楽さんの勧めで通信大学の中高生版の講義も受け始めたとか。
「日本で高校出るの?」
「それは無理みたい、です。
でも一般常識として」
何て健気というか真面目なんだ(泣)。
武野さんたちに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
あの二人は結局演習にも出てこなくなってしまったからなあ。
もちろん目標管理シートの項目なんか無視だ。
それでも講座から排籍出来ないのはあの二人が矢代興業の屋台骨を支えているからだ。
もちろん公の資料にはどこにも出てないけど、信楽さんに聞いてみたらあの二人の経済効果は平均して月に一千万ドルを大きく超えていると言われた。
売り上げじゃなくて利益が。
株や為替の変動を平均して7割くらいの確率で当てられるらしいんだよ。
そこに証券事業部の投資テクが加わると物凄いことに。
証券や為替って動けばお金になる。
つまり値上がりするんだったらその前に買って上がった後に売れば儲かる。
その逆もしかり。
凄まじい集金マシンだ。
だから黒岩くんや神籬さんが頭を下げてまで頼んできたんだよね。
未来人に不合格をつけるなと。
でも僕はやるつもりだ。
これ以上さぼるつもりなら心理歴史学講座の教授として例え矢代興業が滅びようとも単位はあげない。
不愉快な事を忘れることにしてパティちゃんとアベック自転車で矢代家に帰った。
僕はこれでも大学生くらいには見えるしパティちゃんは私服の美少女高校生そのものだから、端から見たら大昔の青春映画のシーンかも。
でも残念ながら河沿いの遊歩道を歩いていたのは高齢者の夫婦や犬を散歩させている初老の女性だけだった。
埼玉ってホントに人が、じゃなくて若者がいないんだよね。
いやいることはいるんだけどみんな仕事か学校だし。
矢代家に入って玄関でパティちゃんと別れ、お互いに自分の部屋で着替えたり寛いだりする。
もう年末なのでかなり寒くなっている。
ラフな格好でリビングに行ってみたら比和さんがいた。
「珍しいね。
仕事が早く終わったの?」
聞いてみたら真面目な表情で首を横に振られた。
「今日は少し大切なお話をしたくて切り上げてきました」
さいですか。
仕事虫の比和さんが仕事より優先するってどれほどのことなのか。
「どんな?」
「皆さんが揃ってから言います。
夕食の後ですね」
そうなの。
比和さんがいるので今日はメイドさんが来ないため、僕もキッチンを手伝った。
もちろん料理はしない。
しようとすると比和さんが怒るんだよ。
矢代家のご主人が賄い料理などなさってはなりませんとか言って。
でも今まで何度も料理したんだけど、と言ったら接待として男の手料理を客人にご馳走するのはいいんだそうだ。
よく判らないけどメイドとしての矜持があるんだろうな。
まあいい。
夕食は鍋だった。
矢代家は僕以外の全員が十代の女の子なんだけど、いわゆる普通の女の子は一人もいない。
お洒落な料理を少量頂くんじゃなくて、みんな端から見たら暴食とでも言いたくなりそうな食べ方をするんだよ。
比和さんは肉体労働者だからという理由で大量に食べる。
静姫様、じゃなくて静村さんや魔王じゃなくて炎さんも似たようなものだ。
パティちゃんもしかり。
信楽さんがかろうじて人間の範疇に留まるんだけど、大食とまではいかないにしても結構食べる。
あの頭脳を働かせるのに大量のエネルギーが必要なのかも。
一番の小食が僕だったりして。
別にいいんだけどね?




