113.「余計な事言ってご免」
「判りましたぁ」
信楽さんが何でもない事のように言った。
いや僕が独断で末長さんの矢代興業役員就任を決めてしまったことについて報告したんだけど。
「いいの?」
「もちろん株主総会でぇ承認されてからの事になりますがぁ。
矢代興業のぉ株主はぁ全員身内ですのでぇ」
形式だけですぅと信楽さん。
そういえばそうか。
僕が最大株主だったりして。
いやそうじゃなくて。
「末長さんは厨二病じゃないけど」
「関係ないですぅ。
もうそんな時期は過ぎてますぅ」
信楽さんによれば「矢代興業社員は厨二病でなくてはならない」という暗黙の了解はとっくに解除されているそうだ。
確かに矢代興業の取締役会には既にロンズデール・グループやマナク家から社外役員が参加している。
もう厨二病患者だけで回せるほど小規模な事業じゃなくなっているということで。
「それにぃ、末長学長はぁそもそも身内ですぅ。
娘さんのぉ魔王様がぁ矢代社長のぉ側近ですしぃ」
炎さん、いつの間に僕の側近になったんだろう。
まあいいか。
そういうわけで十月に行われた矢代興業の株主総会で末長さんの役員就任が承認された。
というよりは役員全員が一度退任してから再任されたんだけどね。
株式会社の役員には任期があって、その期限が切れると無条件で退任することになっているんだよ。
もちろん継続も出来るんだけど、その場合でも再就任という形になる。
その際に末長さんみたいな新任の人が加わったり、色々な理由で再任されなかった人が去ったりするわけだ。
まあ僕はよく知らないんだけど。
ちなみに矢代興業を立ち上げた時の役員は全員が無事再就任になった。
黒岩くんや八里くん、神籬さんは鉄板としてそれに僕や高巣さん、晶さんといった賑やかし要員が加わる。
シャルさんや宮砂さん、比和さん、そして信楽さんなどは後から参加したんだけど当然再任。
そして今回、厨二病患者組からは新しく加原くんが加わった。
いや本人は嫌がっていたんだけどね。
うっかり数学の論文を発表して話題になってしまって、引き抜きの話が酷いらしいんだよ。
矢代興業で囲わないと仕事に支障を来すとか説得されていた。
本人はやる気ゼロだけど。
株主総会では続いて役職議案の議決が行われた。
取締役は役員だけど矢代興業における代表権や事業統括担当とは関係がない。
専務とか常務、あるいは日本にも定着してしまった最高経営責任者とかそういう奴だ。
そういう役員の役職は別途決めるんだよ。
黒岩専務と八里常務は定番だし、僕の社長や高巣さん、晶さんの副社長もそのままだけど、この「長」三人組は何もしない。
強いて言えば取締役会で議案に賛成するだけの要員というか。
我ながらこんな馬鹿馬鹿しい仕事があっていいものなのか疑問だけど、黒岩くんや信楽さんがいいと言っているんだからいいのだ。
社長と副社長以外の役員はそれぞれ何とか事業部統括とかそういう担当を振られていた。
例えば比和さんは清掃事業部本部長だったんだけど、今度から統括サービス事業本部とやらを率いることになった。
聞いてみたら清掃事業部が発展的に解消して他のサービス部門を統合した事業本部になったそうだ。
矢代家に来てくれている矢代ホームサービスとか遠隔医療の会社とか、そういうのだろうね。
「それだけじゃないですぅ。
そろそろアレを始めますぅ」
信楽さんが不吉な事を言うので聞いてみたら、どうもかなり前に記者会見で発表したメイド事業が立ち上がるらしい。
クラリッサさんたち記者の人たちが絶賛していたアレか。
「もう?」
「もっともぉ事業母体をぅ立ち上げるだけですぅ。
これからですぅ。
宝神に専門講座を作ってぇ人材育成にぃ着手しますぅ」
信楽さんたちは着々と事業展開の手を打っているらしい。
大変だなあ。
休憩時間に比和さんに聞いてみたら微笑まれた。
「ご心配をおかけして申し訳ありません、ダイチ様。
私は大丈夫です。
部下が育ってきていますので」
さいですか。
無理しないようにと言いたかったけど、比和さんの事だから自分の体調管理くらいはきっちりやっているはずだ。
そもそもそういう事業なんだよね。
「余計な事言ってご免」
「とんでもありません!
そのお心だけでエネルギー充填100%です!」
120%じゃないのは比和さんがアニヲタじゃないからだろうな(笑)。
ていうかあの120%って意味が判らないよね。
もともと百しか容量がない箱に百二十も入れたら溢れるだけでしょう。
まあ、その溢れる様子があの発射口にタキオン粒子が吸い込まれていってから爆発的に放射される状況なのかもしれないけど。
でも画面を見ると明らかに「エネルギー充填120%」と報告があってから引き金を引いている。
つまり100%を超えた時点ではまだ発射されていないんだよ。
まあいいか。
株主総会と取締役会がいつものように全員の賛成でスムーズに終了すると即解散になった。
言い忘れてたけどこの株主総会と取締役会は矢代興業のお家芸であるテレビ会議で行われた。
黒岩くんたち現場組は東京の矢代興業本社にいるけど僕や比和さん、加原くんといった教授連は宝神総合大学の自分の部屋だ。
比和さんはさりげなく理事長室に押しかけてきてソファーでタブレットを使ってるけど。
アメリカとかシンガポールにいる株主や役員もオンラインで参加していて、技術的にもすっかり安定したそうだ。
このテレビ会議システムはまだ正式に市販してないんだけど、既にいくつかの企業から引き合いが来ているとか。
加原くん大変だなあ。(他人事)
ちなみに信楽さんは今日は東京本社に行っていた。
普段は宝神というか僕の近くにいて仕事しているんだけど、どうしても信楽さんの智恵を借りたいとか面と向かって相談したいというような要望が上がってくるんだよね。
黒岩くんや八里くんですら、何か重要な事を決める前に信楽さんに会いたがっているみたいだし。
高校中退した16歳の……いやこないだ誕生日だったから17歳の女の子がすべてを仕切る会社。
最近はラノベにもそういう変な設定の話は無くなってきているのになあ。
それで思い出したけど、信楽さんの誕生日はもちろん矢代家の全員でお祝いしました。
これは別に信楽さんだけじゃなくて住民全員にやっている。
もちろんそれで終わりじゃなくて、信楽さんの場合はあっちこっちで誕生会みたいなものが企画されていたらしい。
断り切れなくていくつかに参加してげんなりしていたっけ。
それでも17歳の誕生日は初めてということで喜んではいたと思う。
精神的後期高齢者でもやっぱり嬉しいのかなあ。
それを言ったら人間関係が終わりそうなので何もしないけど。
(矢代大地が普段、どんなに鬼畜な事を考えているのか知ったらお嬢ちゃんたちは驚くだろうな)
無聊椰東湖の嫌味なんか効かないよ。
だって僕なんか可愛い方だと思う。
周りの人たちは全員化物だから。
例えば静村さんなんか何考えてるのか全然判らないもんね。
夏休み? 中に姿が見えなかったから変だと思っていたら、9月になっていきなり東京の何とかいうスポーツクラブから連絡が来て、是非プロデュースさせて欲しいと言われたりして。
どうも静村さん、そのクラブが開催した水泳教室に出かけて行っていきなり女子自由形の日本新とか出したらしいんだよ。
もちろん非公式だから記録にはならないけど、その時の静村さんは競泳用水着でも何でもない普通のビキニ着用だったそうだ。
フリル付きの。
それを報告してくれた時の静村さんはさすがに後ろめたそうだった。
本人はあくまで軽く泳ぎに行ったつもりだったらしい。
静姫様の暴走かよ!




