9.「僕はこの講座の教授なんだよね?」
炎さんはまだよく判ってないらしかったけど、その他の人たちは理解したようで深刻な表情になっていた。
だって当然でしょ?
普通の大学生なら講義に出ているだけで良いところを、宝神だと普通に働いた上で空き時間に講義を受講しなきゃならないんだよ。
しかも試験やレポートは当たり前にある。
まるで苦学生のようだ。
「講義の受講申請はどのように?
自分でするのでしょうか」
いち早く立ち直った高巣さんが質問していた。
もともと真面目な性格だから決まった事には従うつもりらしい。
ある意味、その姿勢こそが高巣さんの値打ちだからね。
王国の指導者としての。
でも単位落としたりは出来そうにもないから大変だろうなあ。
貴顕の義務という奴か(違)。
「事務局でぇ受講可能な講座のリストを用意しますぅ。
各人、その中から選んで貰いますぅ。
受講手続きなどはぁ事務局でやりますぅ」
もちろん費用はぁ大学持ちですぅ、と信楽さん。
なるほどね。
通信大学との契約って多分、値引き交渉か何かだろうな。
通信大学側は安定して受講者が増えるし、そもそも一般科目だけだとしたら卒業までの手間はかからない。
だって専門科目は受講しないから。
普通にテストしてその結果で単位を認定すればいいだけだ。
宝神側は一般科目の講師の雇用や講座開設に伴う準備を省ける。
WIN-WINの関係だ。
上手いこと考えるもんだなあ。
「ええと、通信大学の講座はいつ取ってもいいわけ?」
聞いてみた。
「はいですぅ。
卒業までに取ればいいという方針ですぅ。
逆に言えばぁ、専門講座を終了してもぉそっちの科目が取得出来てなければぁ卒業出来ないですぅ」
そういうことね。
まあこれは普通の大学でも同じだと思う。
宝神の場合はちょっと極端なだけだ。
それに、よく考えたら宝神の学生はそもそも大学を卒業する必要ってそんなにないかもしれない。
だって普通の大学生が卒業するのは学士号を取るためというよりはその資格がないと企業に新卒採用されないからだ。
でも宝神の学生は既に矢代興業の社員なんだよ。
従って大学を卒業しているかどうかは進路にあまり関係ない気がする。
「ちなみにぃ、宝神総合大学を卒業する条件としてはぁ2つですぅ。
一つはぁ一般および専門科目で必要単位を取ることですぅ。
もう一つはぁ4年間在籍することですぅ」
「それは必要な事なのか?」
晶さんが聞いた。
やっぱり頭が切れるな。
普通の大学なら4年間の教育過程は当然だけど、宝神は必ずしもそうじゃない事が判ってるんだろうね。
僕もちょっと興味があって調べたことがあるんだけど、普通の大学生がなぜ卒業までに4年間かかるのかというと、例えば大学4年にならないと受講出来ない科目があるからだ。
あるいはAという科目を受講するためにはBを修了しなければならなくて、Bを受講するためにはCの……という関係があったりして。
そうなると初年度にCを受講して合格出来てもBの受講は2年目になる。
Aはその次の年だ。
そういうネットワークというか順序というかがあるから4年間かかるということだった。
よって優秀な学生は最初の3年間で卒業単位をほとんど取ってしまって、4年目は必修科目だけになるから週休5日とかも可能だと。
僕もそれやってみたかったのに(泣)。
(普通の学生は大学3年から就活があるんだろ?
だから時間が必要なんじゃないのか。
矢代大地の場合は関係ないからな)
うん。
僕もう社長だから就職の心配はいらないんだよね。
理想の学生生活だったはずなんだけどなあ。
まあしょうがないか。
気を取り直してタブレットを弄っていると信楽さんが言った。
「事務局からのぉオリエンテーションはぁここまでですぅ。
後はぁサイトの『新入生案内』を見て欲しいですぅ。
何か判らないことがあったらぁメールで事務局宛にお願いしますぅ。
緊急の場合はぁ電話でも相談をぉ受け付けますぅ」
あれか。
最近の家電と一緒で紙のマニュアルは必要最小限なんだよね。
後はネットでメーカーのサイトにアクセスしろと。
でもHDDレコーダーみたいな設定が難しい製品には未だに紙のマニュアルがついてくるんだけどなあ。
まあ、あれは高齢者とか機械アレルギーの人向けだと聞いている。
誰が買うか判らない製品はそうするしかないんだろう。
でも宝神は大学だ。
しかも専門職大学。
つまらないことを聞いたらどやされそうだな。
「それではぁ、私ぃはここまでですぅ。
ではぁ矢代教授、お願いしますぅ」
いきなり振られた。
何?
僕にどうしろと?
「ダイチ、出番だぞ」
「さあさあ」
意地悪そうな笑みを浮かべた晶さんと明らかに面白がっている高巣さんに引きずられて教壇に連れて行かれる。
助けはなかった。
武野さんと鞘名さんは指笛でも吹きそうな態度で煽っているし、ロンズデール姉妹はニコニコしているだけだ。
炎さんはさっきから一心にタブレットを弄くっていてこっちを見もしない。
唯一、鏡と琴根だけが同情の視線を送ってくれているけど何の役にも立たないよね。
無理矢理教壇に立たされた僕は横に控えてくれている信楽さんを見やった。
のほほんとした顔付きだけど僕を見捨てたわけでもないらしい。
なるほど。
僕の秘書さんは本当に有能で頼りになるなあ。
よし判った。
「信楽さん」
「何ですぅ?」
「僕はこの講座の教授なんだよね?」
「はいですぅ」
よし。
「教授って講座に必要なものを調達出来る?」
「物によりますぅ。
申請してぇ理事会でぇ承認されればぁ入手出来ますぅ」
よしよし。
「わかった。
じゃあ僕、矢代大地は特任教授および理事会理事長の権限で信楽さんを心理歴史学講座の助教に任命する。
理事会で承認されるまでは仮で勤務して貰いたいんだけど」
「はいですぅ」
やった!
これが正解だったみたいだ。
(いつも思うんだが矢代大地って凄ぇよ。
本当に俺の生まれ変わりか?
どうやったらそこまで悪魔みたいな奸智を発揮出来るんだ?)
無聊椰東湖の怯えたような声が聞こえたけど無視。
だってこれ、信楽さんのシナリオなんだよ。
信楽さんの立場では自分からは言い出せないからね。
どうしても権限者である僕から命令して貰う必要がある。
だったら簡単だ。
僕がそうせざるを得ない状況に追い込めばいい。
(それを理解して実行する矢代大地もアレだよな)
ほっといてよ!
「では信楽助教。
進めてくれたまえ」
「はいですぅ」
いつもののほほんとした声だけど満足げだよね?




