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逆さに堕ちて

挿絵(By みてみん)


静かな夜に森は笑う


嘘つき誰だ


木々は問う



空に浮かぶは太っちょ三日月


嘘つき誰だ


風は(ささや)



餌を求めて枝葉を揺らし

木の根は地を()い獲物を囲う



ここは入口

逆さの世界へ




~~~※※※~~~




 昔々、夜空がまだ明るかった頃、一人の薄汚れた少女が暗い森を歩いていた。

 そこは人気の一切がない獣道で、物寂しさが彼女を包んでいた。


「おやおやそこ行くお嬢さん、こんな夜更けにどこ行くの?」


 道行く少女に木陰から優しく尖った声がする。

 少女は声のする方を怯えず静かに見つめて答える。


「私は迷子になったの、あなたはどなた?」


 彼女の言葉に陰は答える。


「私はお人好しなキツネ」


 声の主に目を向けると今にも朽ち落ちそうな枯れ木の傍にキツネは静かに佇んでいた。


「あなた狐なのに喋れるの?」


「ええ、そうよ。 私は賢いから喋れるの」


「……ふーん」


 素っ気ないキツネの答えに少女も素っ気なく応える。


「それよりあなた迷子なんですって?」


「ええ、そうよ。 森をお散歩していたら迷子になっていたの」


「ふーん……」


 素っ気ない少女の答えにキツネは含みを持って応える。


 少し考ええた後にキツネは目を細めて少女に告げる。




「私はお人好しだから一つ教えてあげましょう」




「……なに?」


「ここは逆さ虹の森、逆さの獣が集まる森」


「……逆さの獣?」




「あなたが嘘をついていることは森のみんなが気付いてる」




「……」




「気をつけて進みなさい」




 それだけいって狐は闇に消えてった。

 残された少女もふてくされながら森の奥へと歩んでいった。




~~~※※※~~~




 少女が森を進むと大きな倒木の傍を通りかかった。

 倒木の陰から再び彼女を呼ぶ声がする。


「おいそこの女、こんなところでなにしてやがる?」


 鋭い怒声を浴びても少女は冷静に応える。


「私は迷子よ、怪しくないわ」


 感情の起伏がないその声に怒声の主はますます語気を強めていう。


「嘘をつくなよ、知ってるんだぜ!」


 甲高い怒声を聞いて陰の後ろからもう一つ大きな陰が現れる。


「……やめなよアライグマ」


「うるさいクマ、お前は黙ってろ!!」


「……ひっ!」


 互いに揉め合う二つの陰に少女は首をかかげて問いかける。


「なんなのあなた達?」


「俺は暴れん坊のアライグマ、そしてこいつは怖がりのクマだ」

「……どうもよろしく」


 自己紹介を終えるとすぐにアライグマは少女を指さし怒鳴りつける。


「それよりお前! お前は嘘をついている!」


「どうしてそう思うの?」


「何故ならこの森は嘘つきしか入れないからだ」


「それなら私が初めての正直者ね」


「ヌケヌケと喋る女だ、かみついてその口を縫い合わせてやろうか?」


 お互い譲らぬ二人の間を取り持とうとクマは小声で割って入る。


「辞めなよアライグマ、痛いのはよくないよ」


「うるさいクマ! 臆病者は引っ込んでろ!」


 アライグマに一蹴され、クマはしゅんとして一歩下がる。


「とにかく私は先に行きたいの、通してくれないかしら?」


「嫌だね女、俺にはお前の目的がわかっているぞ」


「そうなの、私はどうする気なのかしら?」


「お前がこの森に来たのはこの森の奥にあるどんぐり池にいくためだ、そうだろう?」


「……」


「どんぐり池で願い事をすればどんな願いでも叶う、そう聞いてきたのだろう?」


「……どうしてそう思うの?」


「……俺達がそうだったからだ」


「……」


 少女の沈黙に戸惑(とまど)うことなくアライグマは言葉を続ける。




「悪いことは言わない、ここで引き返せ」




「なんでよ?」


「お前がどんなちんけな願いを持っているかは知らないが池はきっとお前の望む形で願いを叶える事はない」


「……獣の戯れ言に付き合うきはないわ」


 少女はきっぱりそう言って(きびす)を返して横道を歩み始める。


「……き、気をつけてね」


 荒れた道をいく彼女にクマは怯えながら手を振った。


「おいクマ! 応援してどうする!」


「だ、だって……」




~~~※※※~~~




「ちんけな願い……、ですって!」


 少女は憤怒(ふんど)していた。

 彼女は獣達の言うように目的を持ってこの森にきていた。

 それはアライグマの言ったようにあらゆる願いを叶える池、どんぐり池にいくためだ。


 彼女は先日家族を亡くした。


 戦争があって死んだのだ。


 親類もなく財産もなく一人身になった彼女には体を売って生きていくか、願いを叶える池という希望に(すが)るかしなければ生きていけなかったのだ。


「……お父さん、お母さん」


 そんな彼女の願いとは(ひど)く単純であって、それでいて得難(えがた)いものだった……。




~~~※※※~~~




「やぁ!」


 森を歩く少女の目先に突然一筋の陰が現れる。


「きゃ!」


 少女は驚き尻餅をつく。


「はは、上手くいった上手くいった!」


 座り込む彼女の脇から小さな陰が笑いながら現れる。


「な、なんなのあなたたち!」


「驚かせてごめんね、オイラは食いしん坊のヘビ」

「はは、それで僕はいたずら好きのリスさ」


「どうして脅かして来たの?」


 戸惑う少女に自慢げにリスはちょろちょろ駆け回り応える。


「当然僕がけしかけたんだ! 僕より大きいやつが驚くのみるとすっと胸がすくからね!」


 合いの手とばかりに蛇も笑顔で語り出す。


「オイラは知ってるよ! 脅かした方が驚いて血行がよくなっておいしくなるって聞いたんだ、物知りだろ?」


 ヘビの言葉を聞いて少女はギョッとする。


「あなた私を食べるつもりなの?」


「そうともさ! とっても美味しそうじゃないか!」


 乗り気なヘビとは対照的に満足げなリスは足下で座り込み


「僕は興味ないけどね! 驚かしたらそれで満足、今度はクマでも驚かせよう!」


 少女は蛇の首を掴む。

 力を込めてしっかりと締め上げるように。


「ぐぇ」


「私はそんな安い女じゃないわ」


「へへ哀れな蛇のやつ、舌先ばかり鍛えても女はちっとも捕まえられない」


「あなたもうるさい」


 足下のリスを蹴り飛ばそうと少女は足を動かすがリスは素早くうごいて身を(ひるがえ)す。


「はは、悪かったよ嬢ちゃん、そいつも悪気があるわけじゃないんだ許しておくれ、ほらこの通りお()びの印を差し上げよう」


 リスは少女の前にでて頭を下げる。

 そして尻尾から一粒のどんぐりを取り出し少女に投げつけ、彼女もそれを受け取る。


「……仕方ないわね」


 すばしっこいリスの転々とする態度に呆れて少女は肩をおとし握りしめていたヘビを解放する。


「……助かった」

「よかったなヘビ」


 和解した二人の獣に彼女は訊ねる。


「あなたたち、どんぐり池への行き方はご存じ?」


「オイラ知ってるよ」

「はは、池にいくのかい嬢ちゃん?」


「あなたたちには関係ない」


「まぁまぁかっかしないでくれよ、池にいくならきっと力になれるぜ」

「オイラ知ってるよ、オンボロ橋の先にあるんだ」


「……オンボロ橋はどこにあるの?」


「はは、橋はこの先を右にいったところさ」


「……嘘はついてないでしょうね?」


「はは、当然さ」


 したり顔のリスに対してヘビは顔をしかめていう。


「違うよ、橋はこの先を左にいったところだよ」




「……どっちが正しいの?」


「はは、知らないのか嬢ちゃん? ここは逆さ虹の森!」

「オイラ知ってるよ、ここには嘘つきしかいないんだ」


「……」



少女は二匹の言葉を聞いて黙り込み、二匹を無視して真っ直ぐに歩み去っていった。




~~~※※※~~~


 少女が歩んでいった先には今にも崩れ落ちそうな橋がかかっている。

 その下には大きな崖があり、底が見えることはない。


「ここはオンボロ橋ー、どんぐり池への近道ー」


 ソプラノボイスの不思議な歌声が聞こえてくる。


「誰なの?」


「ワターシはー 歌上手のーコマドリー」


 聞くに耐えない酷い音程でコマドリは歌う。


「あなたはー池を探してるー、ワタシはーそれを知っているー」


「この橋の先にあるんでしょ?」


「そうともーそうともー」


「気をつけて進むのー、その橋は壊れていてとても人では渡れない」


 少女はその言葉に用心して足を踏み込むが、橋は見た目に反して頑丈でビクともしない。


「……なんてことないじゃない」


 少女が安心していると突然橋は朽ち始める。

 橋を構成する木々が突然砂になっていくように、不自然な崩れ方で橋は壊れていった。


「きゃぁぁーー!!」


「あら、言わんこっちゃない」


 橋は数秒になってすっかり消え去った。


 足をかけていた少女を崖の底に放り投げながら。




「だけどそれで正解、どんぐり池はこの森の奥、この森の底、その手前」




 コマドリは変わらぬ音程で歌いながら薄暗い空に消えてった。




~~~※※※~~~




「……ここは?」




 少女が目を覚ますと薄く輝く池があって、そこには一つの陰があった。


「ここは願いを叶える池」


「あなたは?」


「お久しぶりね、私はお人好しのキツネ」


「またあなたなの……」


 むっとする少女の前にキツネは変わらぬ尖った優しい声で(さと)すように語る。


「あなたはここまで来てしまった、引き返す気はないかしら」


「何をいってるの?」


「池に頼るのは愚かなことよ」


「どうしてそう思うの?」


「私は知ってるの、取り返しのつかないことになることを」





「だったらなんだっていうの?」


 キツネの忠告に構わず少女は構える。


「私の願いはこの池にでもすがらなくっちゃ叶わないの!」


 そのまま池にリスからもらったドングリを投げつけた。






「……決意が出来てるならいいわ、好きにしなさい」


 それだけ言ってキツネは去っていった。






 ぽちゃり。


 池に木の実がおちる音が響く。




 それは静寂に包まれた森に虚しく響き、すぐにそんな音が響いたことを忘れ去ってしまう程頼りないものだった。




「……どちらにしてもここまで堕ちてしまっては戻れないけれどね」




 去りゆくキツネは笑みをこぼす。


「ようこそ逆さ虹の森へ」




~~~※※※~~~




 少女は不満げな顔で森を歩いていた。


 願いを叶える池にたどり着いた彼女だったが池でどれだけ願いを(ささ)げようと夜風が肌をなでるばかり。

 何かが起きることはなかった。

 彼女は失意のままに森の中を彷徨(さまよ)っていたのだ。




 気付いたときには大きな根っこに囲まれた広場へとたどり着いていた。




 そこには六つの陰があった。


「ここは逆さ虹の森」


「逆さの獣が集まる森だ!」


「……だから嘘つきしかいない」


「はは、願いを叶える池につられて嘘つきは集まった」


「オイラ知ってるよ、ここにいるみんなは嘘つきだ」


「そうよ~みんな元々彷徨う獣~」




 木々の根がうごめき出す。

 逃げ出そうとする少女の足を掴み、その小さな体を宙吊りにする。


「いや! 私は迷子になっただけ……」


「安心しなさい嘘つきさん、ここのみんなはあなたと同じ」


 少女は泣き出しそうな顔で集まった動物たちをみる。




 少女の様子をみたキツネは彼女に語る。


「池の願いは叶えられる」


 それは子供をあやす母親のような声。


「私達があなたの望んだ家族になるの」


 愛情のこめられ優しく尖った声。




「「「「「「ようこそ新たな住人よ、みんなで過ごそう楽しい森で」」」」」」




 動物達の合唱と共に少女の小さな体に木の根が絡み付く。




 ぐちょり。

 ぐちょり。




 肉をかき混ぜるような音が数回響いた後に木の根は解け土に帰る。


 その中心には怯えた顔の小さなウサギが一匹いた。


 それをみたキツネは満足げに告げる。


「あなたは差し詰め身勝手な()()()ね」




~~~※※※~~~




 ここは「逆さ虹の森」。


 誰かが森に堕ちれば空には逆さ虹がかかる。


 虹の下では楽しげに「逆さの獣」がすごしてる。


 表の世界に疲れたならばその森を探してみるといい。


 池は願いを叶えてくれる。


 疲れたあなたに居場所をくれる。


 出口はないが楽しいところさ。


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