3話
「いやー、笑った笑った」
「そ、そこまで笑わなくてもいいだろ」
魚を獲りに行く。
生物など残っているのかと疑問に思ったが、ミライが向かったのは水族館の跡地であった。管理する人間も制御する設備も存在しておらず、地殻変動の影響で半分ほど土砂に埋もれていたが、おそらくは目玉だったのだろう巨大な水槽には損傷がなく、その中で生態系ができていた。
海は『アンゴルモア』の毒で汚染され、生物はほとんど見受けられなくなっている。けれども、ここの水槽は海と隔絶されているため影響はなかったようだ。
湧水が絶えず流れ込み、淡水に置き換わっていたが湧水や雨水程度なら、まだ毒素も多くないということは明らかになっており、それらを濾過したものを飲料水として僕も使っている。
その水槽の縁で釣竿を垂らしていたのだが、釣りなんてことは当然初めてであったため勝手がまるで分らなかった。
釣り針を服にひっかける、釣り糸を絡ませる、竿ごと放り投げる、水槽に落ちる。目も当てられないような、散々なありさまだった。
釣果は三匹。二人で食べるのには十分な大きさである。家の中にある桶にそれらを入れ、水族館とは反対に足を運んでいる。
道中、半分に折れたひときわ大きな建物が目に留まった。
「ミライ、あれは?」
「ん? あー、展望台だったらしいよ。ほとんど壊れてるから私も上ったことないけど」
たしかに、かろうじて原型が残っている程度で、いつ崩壊してもおかしくない。それに海面上昇の影響で、船を使わねばそこまでたどり着けないだろう。わざわざ危険を冒してまで行く必要はない。
「昔は、水先……あ、この町の名前ね。水先は有名な観光地だったんだって。私が生まれる前だけど」
「そうだったのか……それはお婆ちゃんから聞いたのかい?」
「うん、三年くらい前に死んじゃったけどね」
姿を見ないと思ったが、やはり。
こんな寂しい町でただ一人、彼女は生きていたのか。
ミライに対して、口数が多い印象を抱いていた。騒がしいというわけではないが、ことあるごとに僕に何かしら伝えようとしてくるのだ。どんな些細なことであっても、同じ内容であっても。
きっと、寂しかったのだろう。話す相手が初めからいなかったのではない。喪失したということ。
ならば。
「ミライ」
「ん?」
「この町のこと、お婆ちゃんのこと、そして、君のことを聞きたいな」
「うん! じゃあ、いろいろ教えてあげる!」
その言葉に花が咲くように笑った。
僕から彼女に返せるものはない。だからこそ、せめてこれぐらいは恩を返そうと思ったのだ。