1話
その日、流星を見た。
赤と緑と青と黄が混ざった、虹色の光を放ちながら、わずかな弧を描き夜を切り裂いていく。小さく揺れ動くそれは命を長らえるように、一秒でも長く飛ぼうとしているように見えた。
けれども、少しずつ、確実に流星は地上に引き寄せられている。光は徐々に大きくなり、悲鳴ような甲高い音を立てながら。
そして──。
「こっちだよ!」
彼女はこげ茶色の髪をなびかせながら、凹凸の激しい道を飛ぶように駆けていく。あんな小さな身体のどこにそんな力があるのか、首をかしげながら必死に追いかける。本調子であるならばもう少し軽快に動けるというのに。
「……くっ」
不格好にまかれた包帯が憎たらしい。重症ではないが、それでも鈍い痛みがあった。
僕が彼女に助けられたのは昨日のことである。偵察任務の中、僕は『敵』に撃墜された。その動きをはっきりと視認できたわけではない。ただ、今までこちらに見向きもしなかった行動からは想像できないような、明確な敵意を込めた一撃を放ったということは分かる。それは初めてこちらを障害として認めたという証左だ。
ならばこそ、そのデータがきちんと送れているのか確認しなくてはならない。
ほつれたスカートを翻しながら、ぴょんと跳ねた彼女は、倒木の上に着地、勢いよく指さす。
「あれだよね?」
目の前に小さな沼が広がる。鬱蒼と覆い茂る木々に囲まれ、昼間だというのに薄暗い。波一つない不気味なほどに静まり返った水面の奥に、異様な存在感を放つものが突き出していた。
白銀の円盤。窓はない、翼はない、ノズルもない。継ぎ目一つない機体には、無数の溝が等間隔に並んでおり、奥がぼんやりと青く光っている。
その光景に、ほっと胸をなでおろす。
「クアンタム・インテークは生きているか……よかった」
最悪の展開は免れた。この距離まで近づいても『接続』がされないため、完全に破壊された可能性も十分に考えられたが、幸いにも機体は生きている。
ただし。
沼の縁に沿って歩き、視点を変えると、表面に蜘蛛の巣のようなヒビが走っているのが見える。ミサイルが直撃しても傷一つ生じない人工元素『ヒヒイロ』で構成された装甲だというのに、確実なダメージを受けていた。
円盤──『ツクヨミ』はインテークから周囲の有機物を吸収し、異化し、同化することで傷を癒している最中である。接続の出来ない状況からして、ダメージが大きいのは明らかである。しばらくはこのまま放置し機能回復を待つしかない。
それに偵察についていた仲間もいる。僕が撃墜された事実を彼らがしっかりと伝えてくれているだろう。彼らが無事に帰還できていれば、の話ではあるが。
「……ありがとう、じゃあ、戻ろうか」
いずれにせよ今やれることは待つことだけだ。
「見るだけでいいの? あれはエイトの大切なものなんでしょ? だったら持って帰らないと」
誰かに取られてしまうかも。
灰色の大きな瞳がまっすぐに向けられる。
「大丈夫だよ。ツクヨミは……あの円盤は僕にしか動かせないし、それに……」
ここはほんの少し高台だ。だから周囲を見渡せる。
緑に埋もれた街並みが見える。かつては多くの人が住んでいただろう文明の名残。人類の繁栄の残り香。けれども今は。
「それに、この惑星に、人間なんて数えるほどしかいないからね」