第9話
今日も朝日が顔を出し部屋を明るく照らす。
小鳥の歌声が耳に心地よく一層眠気を深みを増す中。
突如、目覚し時計が部屋全体に鳴り響く。
うるさいな……。
だるい腕を伸ばし目覚し時計のスイッチを叩く。
うるさかった目覚し時計が黙り、再び静かな朝が訪れる。
病院で、初めてカルミアに会った日から今日まで7ヶ月間もの月日が経った。
退院した翌日。俺は演習を生き抜いた3人、カルナ、サイガ、ロバーツを相手に、今日まで操縦技術を高め続けている。
射撃訓練に、近接訓練。回避運動の向上に多対一での戦闘訓練。
夜になれば、自室で各機体性能の研究に、寝る前には脳内で戦闘のイメージ・トレーニング。
自分に足りないことの全てを補うために、俺は今日まで努力し続けた。
守りたい気持ちだけでは、何も守れない。
だからカルミアには、あの日を最後に会ってはいない。
君を守る力すらない俺に、合う資格はないと思ったからだ。
昔の俺は、自分の部下を守れなかった。だから今度こそは、俺はカルミアを守ってみせる。
まぁここまで努力できたのもトーレスが、ちょくちょく彼女の容態を教えてくれるからなんだけど……。
ゆっくりと顔を上げ時計を見る。現在時刻6時ジャスト。
今日もカルナ達と訓練の予定が入っている。しかも、俺から頼んでいる手前、遅れるわけにはいかない。
まだ、眠たい……が。起きるとしよう……。
ベッドを這い出て、床に足をつける。
直後、トントンとドアの方から音が聞こえた。
こんな時間に誰が? カルナ達が迎えにでも来たのか?
机に置いていた服に急いで着替え、ドアへと向かう。
まだ、いつカルミアに会えるか分からない。
でも、再び会う日までに、俺はもっと強くならないといけない。
彼女を守れるように、もっと……強く‼ ノブを回す。
「はい、どちら様で?」
ドアを開けて、相手の顔すら見ずに訪ねる。
だが、おかしなことに正面には誰もいない。下に向かって伸びる階段があるのみだ。
右は壁に青空が見える窓が一つ。左には廊下伸びているが誰もいない。
あれ? 幻聴だったのかな。
ここ最近、寝不足が続いてるからな。
たまには早寝を心掛けるとしよう……。
ドアを閉めようとした直後、
「お久しぶりです琴美祢様」
廊下から声が聞こえた。目線を落とすと、そこには患者服を着た白髪長髪の少女が立っていた。
思いもよらない人物を前に一瞬固まる。
「カルミア……?」
「はい。なんでしょうか琴美祢様?」
きょとんとする彼女の傍により、強く抱きしめる。
「どうしたのですか琴美祢様?」
「何でもない。何でもないんだ……おかえりカルミア」
「はい。ただいま復帰しました」
「あぁ、本当に良かった……君が無事で本t」
そこまで言って俺は黙った。
カシャっと何かを撮るような効果音が聞こえたからだ。
恐る恐る音がした方へと視線を向ける。
そこには、一人。ガラケーを片手に、こちらを撮る白衣を纏った男が立っていた。
「ん? あぁ、私のことは無視していいから続けてくれ」
そう言うと、男はたばこを咥えたまま撮影を続ける。
白衣に、咥えたばこ。俺はこの男をよく知っている。
フェルディナント・トーレス。
カルミアのような子供の兵器を作り出す主任で、俺をカルミアに会わせてくれた男だ。
「何やってるんだ。トーレス……」
「見ての通り撮影だよ。幼女に抱きつく君の表情が面白くてね……」
そう言ってトーレスは最後の一枚を撮る。
「このホッとしたような顔に、にやけきった口元。まるで、リャマだな」
トーレスは俺に携帯の画面を見せてくる。
俺はカルミアから離れてその写真を見る。
確かにホッとしような表情なのに、口元はにやけている。
その顔は家畜のリャマのように見えないこともない。けど……。
「早く消せよ……!」
感動の再会に水を刺された俺は、眉を尖らせトーストを睨む。
トーレスは携帯を閉じ。額を人差し指で抑えて少しばかり考える。
「写真のことは重要ではない。よって後にするとして……本題に入ろうか」
「いや、俺にとっては写真の方が重要なんだけど⁉」
「まぁいいから聞け」
俺の怒りを尻目に、トーレスはたばこをふかし話を続ける。
「私がここに来たのは、君に頼みたいことがあったからだ」
「頼みたいこと?」
「そうだ。今回の実験で、P29は初めての成功個体だ。そのため、今後の実用化を向けて、P29のデータを取らなければならない。訳なんだが……」
そこまでトーストが話すと、トレースの横で待機していたカルミアが、俺の前に立って口を開く。
「琴美祢様。私の相方として、データ収集を手伝ってもらえないでしょうか?」
そう言うと、カルミアが突然頭を下げた。
それに動揺しながら「説明しろ!」と、俺は目でトーレスに訴える。
目線が合ったトーレスは、苦笑しながら口を開く。
「まぁ、と言うわけだ。
P29がどうしてもと言って聞かなくてね。こんな事は初めてで、我々も困っているんだよ」
なるほど。
カルミア自らのご指名なのか。
なるほど、なるほど……って。
「えぇぇぇぇぇぇ!!」
あまりの予期せぬ事に、大声が上がる。
それってつまり、カルミア自身が考えて行動したってことだよな?
俺は膝をついて、カルミアの肩を掴む。
「カルミア! トーレスが言ったことは本当なのか?」
「はい。私を扱うのは琴美祢様が最適と判断しましたので」
慌てながら聞く俺に対して、カルミアは冷静に答える。
そこに、トーレスが話に割ってはいる。
「本来この任務は、熟練のAW乗りに頼むつもりだったんだが……。君自身が良ければこの任務、引き受けてくれないだろうか?」
トーレスの提案。正直ありがたいことなんだが……。
俺はまだ理想の力を手にいれてない。だけど、ここで任務を受けなければ、2度とカルミアには会えない。
まぁ、答えなんて最初から1つしかないんだけど。その前に確認しておきたいことがある──。
「カルミア。俺はまだ君を守れるほどの……いや、君が期待するほどの力を持っていない。それでも君は、俺を選ぶのか?」
「琴美祢様は任務適正者に相応しいと判断します。演習の時、敵の攻撃を読んで回避しました。あれは、並大抵のことではできません。
それに、琴美祢様は私を人間にしてくれると言いました。その、約束を破棄されるのは……胸の辺りが痛くなります。だから、その」
「──そうか、ありがとうカルミア」
この言葉で俺の決意は決まった。
俺は立ち上がり、トーレスに向かって敬礼する。
「その任務、琴美祢 相馬が請け負います!」
ビシッと言い切る俺を見て「そうか……」と、トーレスは肩の荷が降りたように、軽い表情になる。
「それでは、私は上司に報告してくるよ。データの収集は明日には始めるから。今日はゆっくりとしていてくれ。それじゃ──」
くるりと向きを変えトーレスは、元来た道を戻って行く。
それを見届けた俺とカルミアは、とりあえず部屋に戻ることにした。
初めて会った時のように、カルミアが椅子に座り俺はベットに座る。
「………」
「………」
沈黙が続く。
久しぶりに会ったのに、何も言葉が出ない。
何から話したらいいだろうか? 等と悩んでいると。
座っていたカルミアがそっと立ち上がり口を開く。
「琴美祢様。無理を言って申し訳ありません」
再び謝るカルミアに、俺は首を横に振る。
「顔を上げてくれカルミア。
君がああ言ってくれなかったら、俺は君のパートナーになれなかった。だから……」
立ち上がり、カルミアの肩にそっと手を置く。
「俺をパートナーに選んでくれて、ありがとうカルミア。これからも、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「……!」
一瞬だけ見えた光景に、俺は目を疑った。
いつも無表情な彼女の口元が、少しばかり微笑んでいたのだ。
自分の意思で行動や選択したり、微笑んだり。
初めて会った時と違い、感情が豊かになっている気がする。
カルミアも成長してるってことなのか?
そういえば、若干背も伸びたような……。
石のように固まっていると、カルミアが訪ねてくる。
「それで、琴美祢様。今日は何処かに出かける予定があったのですか?」
カルミアが俺の服装を、不思議そうに見つめる。
「あぁ、これからAWの操縦訓練の予定があってね……」
「操縦訓練……教官とですか?」
「いや、演習の最中に共闘した3人とだけど?」
「そうですか……琴美祢様、お願いがあります」
「なにかな? 俺にできることならなんでも言ってくれ」
「今日の訓練、私も参加させてください」
「な⁉ いや、でもそれは……!」
自分の言ったことに後悔した。
彼女がこんな事言うなんて……。退院したばかりの彼女に何かあったら、死んでも死に切れん!
ここは是が非でも、彼女に手伝わないようにさせなくては──。
「いや、その……ああ、そういえば! 今日は、サイガにとって大切な日でね。訓練は中止になったんだよ!」
あわあわとその場で、手を振って嘘の理由をでっち上げる。
「サイガ様にとって、大切な日ですか?」
「そ、そうなんだよ! 今日はあいつにとって、大切な日で……。だから、訓練ができないんだよ」
「いったい、どのような事が大切なのでしょうか?」
「えっと、それはだな……」
人差し指で空中に円を描きながら考える。
やばい……!
咄嗟にああ言ってしまったたけど……。別に今日は特別な日などではない。
いや、カルミアが戻って来たのだから特別な日ではあるのか?
て、そんなことを考えてる場合じゃない! 今はどう言い訳をするかを考えるんだ!
考えろ、考えるんだ俺‼ 何か、何かいい案は──。
「あっ……!」
あることを思いつき、手の平をもう片方の手でポンと叩く。
「サイガにとって今日は。……好きな女性に告白する特別な日なんだ‼」
大声で堂々と宣言する。
罪悪感で心が──正直あんまり痛まないが。
すまないサイガ。だけど、これでカルミアも納得して諦めてくれるだろ……。
「琴美祢様。サイガ様は何を打ち明けるのですか?」
「へ?」
思わぬ返答に変な声が出てしまう。
こうなったら、全てをありのままに答えるしかない!
「えっとだな……。サイガはだな、自分がどれだけ相手のことを愛しているかを、打ち明けに行くんだよ」
「なるほど。サイガ様の事情は把握しました」
よし、乗り切っ──
「それで、他の2人はどうされるのですか?」
ってなかったようです……。
「えっとだな。2人はサイガがどうなるかこっそり付いて行く! て、張り切っていたよ……」
「そうですか。サイガ様は、性的欲求を解消する相手を手にいれに。そして残りの2人は、それの監視に向かっている。だから今日は訓練はできないと?」
「うん。間違ってないし、結果だけを言うならそうなんだけど……。カルミア。
もっと言葉を選ぼうね。その言い方だと色々と問題ある……」
困った表情な俺に対し「分かりました」と不思議そうに答えるカルミア。
分かっていないだろうな……。
内心不安だが。理由はでっち上げれたから良しとしよう。
代わりに、明日カルナ達に練習サボったの謝らないといけないけどな……。
まぁその時はその時だな。
「さて、訓練はないし。今日はどうしよ──」
そこまで言いかけてグゥーと腹の音に俺は黙った。
因みに音の正体は、俺ではない。目の前にいるカルミアである。
「すみません。朝食がまだなもので」
「そうか、ならまずは飯だな」
「そうですね。では、これを……」
そう言ってカルミアは、白い患者服の袖に手を突っ込む。
そして、長方形の銀色に光る袋を取り出す。
「どうぞ。一日分の栄養が積み込まれた栄養食。カロリーメイト、フルーツ味です」
いや。確かに一日分の栄養素は入っているだろうけど、朝からこれだけはどうだろうか?
疑問を抱く俺を他所に、カルミアは次々と袖からカロリーメイトを出していく。
「他にもチーズ、メープル、アップル、チョコレート、プレーン、カレー、ココア味の計7種類がありますが。
琴美祢様はどれがいいですか?」
小さな両手にカロリーメイトを持ち、上目遣いで訪ねてくるカルミア。
その仕草は可愛いけど。いったい何処に、所持していたのだろうか……?
だが、ここで「いらない」なんて言えるわけもなく。
「じゃあ、チーズ味を貰おうかな」
そう言って、俺はカルミアからチーズ味を受け取り。袋を開けて食べ始める。
それに見ていたカルミアも、カロリーメイトの袋を開けて食べ始める。
それにしても──。
改めてカルミアを見ると……その、すごい。
白髪の長い髪はぼさぼさで、服装は方から膝まである白い患者服に、足にはサンダル。
「まずは、身だしなみからだな……」
「身だしなみですか?」
食べている最中に、きょとんと小首を傾げるするカルミア。
「そう、身だしなみだ」
軽く答えて、最後の一切れをポイッと口の中に放り込む。
「髪は、どうにかなるとして……問題は服だな」
「この服装ではダメですか?」
「ダメって訳じゃないけど。その……寒くないのか?」
今は3月上旬。少しずつ暖かくなってはいるが、まだ風は冷たい。
流石にカルミアの服装は寒いと思うのだが、彼女は平然とした表情で。
「問題ありません」
「そ、そうか。でも、そんな格好で女の子を歩かせるのも問題あるしな……」
それに、風邪を引かせる訳にもいかない。
何か着るものはないものかと、服が入っているタンスの中を漁ってみるが、無論カルミアのサイズに合う服はない。
俺は、カルミアの方へ振り返り尋ねる。
「カルミアは、それ以外の服を何か着た事あるか?」
「いいえ、ありません」
「だよな……」
となると、方法はただ一つ。買いに行くしかない……。
そうなると、カルナ達に会う可能性が高くなるのだが。
まぁ、なんとかなるか……。
「カルミア。買い物に付いてきてくれるか?」
「主様の荷物を持つのは、私の役目です」
ストレートで力強い発言に、やる気は伝わってくるんだけど。
別にそういう意味で言った訳じゃないんだよな。
まぁ、いいか……。
カルミアが食べ終わるのを確認して、彼女に手を差し出す。
「それじゃ、行こうか。カルミア」
直後、初めてカルミアと会った時のことが脳内をよぎる。
あの時も、こうやって手を差し出したけど、無視されたんだよな。
なんで、同じ過ちを繰り返すんだよ俺!
自分の行動に落胆していると。手にひんやりする何かが触れる。
驚いて目を向ける。
雪のように白い小さな手が、しっかりと自分の手を握っていた。
「えっ!」
思わぬ出来事に、驚いて声を上げてしまう。
「どうかしましたか?」
「いや、手を取ってくれるんだなっと思って……」
「手を差し出されたら、こうしろと主任に言われたので」
なんだ。あいつに言われたからか……。
ちょっと残念。というか……。
「その、カルミアは嫌じゃないのか? 言われたからかこうするのって、その……恥ずかしくはないか?」
「恥ずかしいと言う気持ちが、どういう物かは知りませんが。嫌ではありません」
「そうか……君が良いんならいいや」
「はぁ……」
「問題ないから、行こう!!」
「はい。琴美祢様」
俺は彼女の手を引いて部屋を後にした。
次回、プロジェクト・アーミー第10話
カ「琴美祢様。P29-カルミア、ただいま戻りました」
琴「……カルミア、今度からは絶対に俺が守ってやるからな」
カ「いえ、琴美祢様を守るのは私の務め。琴美祢様は自分の心配をしてください」
琴「(相変わらずだな……いや、よけいに頑固になったか?)」
カ「琴美祢様は失礼なことを考えていますね」
琴「あはは、何のことかな? 次回! カルミアの服を選びに、いざショッピングへ!」
カ「はぁ……それでは、次回もよろしくです」
琴「よろしく!」