第8話
暗い闇の中を俺は一人で歩く。
何処を目指すわけでもなく、黒煙を伸ばしその場に倒れるAWの残骸の中を、ただひたすらに歩き続ける。
「なんで……なんで助けてくれなかったの? 私達が嫌いだったから?」
進んでいくごとに薄気味悪い声が聞こえてくる。
恨みを込めて囁くその声に、違う。と心の中で呟く。
「自分が死ぬのが怖くて、私達を見捨てた」
違う……。
「私達を助ければ、貴方も死んでいたかもしれないものね」
違う。
「貴方は自分可愛さに、私達を見捨てたの──」
と。
そこまで、ささやかれた直後、俺は進んでいた足を止め、
「違う!」
全力で否定する。
声は暗闇へ消えて、一瞬の静寂に間が空く。
「そう、なら何が違うの?」
あざ笑うかのように聞かれる。
「俺は、君達を助けたかった! その為に、動かない機体の中で必死に打開策を探した! 決して君達を見捨てたわけじゃない!」
「……。そう。でも結局、貴方は私達を助けられなかった。貴方はただ機体の中で必死にもがいていただけ……」
その言葉に、俺は沈黙する。
確かに、その通りだ……。
俺は機体の中でもがいていただけ。結果仲間は死に、俺は生き残った。
でも──
「でも、自分だけが助かろうと思った訳じゃない!」
「アハハ……君ならそう言うだろうと思ったよ。
でも、死んだ人はどう思ってるんだろうね?」
その言葉が合図だったかのように、周りで倒れていた機体が軋みを上げてこちらに這い寄って来る。
下半身が無い機体は、腕を使って這い寄り。両腕が無い機体は足で地面を蹴る。
「たぃちょお助けてぇ……くださぃ……」
「死にぃたくなぁぃ……こんな、所でぇ……」
「ぅ……うああぁ! いやぁだ!」
「たいちょぉぉぉ……」
おびただしい声を上げながら一斉にこちらに向かって来る。
「「「「なんで、助けてくれなかったの?」」」」
「ッ‼」
思わず耳を抑えてしまう。
「そう、それが貴方の答え‼
彼らの悲痛を、貴方に見捨てられた彼らの恐怖を、貴方は聴こうとしない。受け入れようともしなかった!
やっぱり、貴方は私達を見捨てたのよ……!」
脳内に直接聞こえる声に、ふっと耳を閉じていた手から力が落ち、その場に膝をつく。
真っ暗な泥水の水面に映る、恐怖で引きつらせた自分の顔。
それを見ながら、掠れそうな声で呟く。
「でも、俺は……俺はただ、助けたかっただけなんだ……」
「でも救えなかった! 貴方は自分の命が惜しかったが故に、私達を見殺しにしたのよ! それが真実! 弁解の余地すらない! 私達は貴方に殺されたのよ!」
「違う……違うんだ。俺は、俺は!」
弁解しようと立ち上がるのと同時に、唐突に意識が覚醒した。
勢いよく起き上がった衝撃で、突如体中に激痛が走り、身が捩じれる。
死人も再び目を覚ましそうな激痛が、全身に駆けずり回る──!
ベッドのシーツを強引にわし摑み、激痛を必死に耐える。
暫くして痛みは和らいできた……。
窓から入る眩しい太陽の光と共に、冷たい風が部屋に流れ込んでくる。汗まみれの体に心地いい。
それにしても、あの夢……これで何度目だろうか?
窓から見える澄みきった空を見て、ため息をつく。
演習から8日が過ぎた。
生死の境から意識が戻って来るまでに2日。その後から今日まで、同じ夢を何度も見ている。
そして、夢から目が覚める度に、病棟の窓際ベッドから空を見ながら同じことを思う。
俺は、本当に仲間を見殺しにしたのだろうか? と……。
確かに俺は仲間を救うことができなかった。でも、それは結果であって、助けたくなかった訳じゃない……。
むしろ救えるなら救いたかった。でも、俺にはそれができなかった。
信じたくないけど。俺は本当に──。
そこまで考えていた俺の意識は、ガラッと勢いよく開けられたドアの音にかき消された。
「おう、相馬。見舞いに来てやったぞ」
呑気な声で呼ばれた俺は、ドアの方へと振り返る。
金髪碧眼、雑誌の表面誌に載っていそうなイケメン。
部屋に入ってきた正体は、一緒に演習を切り抜けた05のパイロット。サイガであった。
サイガは見舞いの品が入っているであろう、バスケット片手に寄ってくる。
「陰気臭い顔してるな。何かあったのか?」
「いや、何でもないよ」
「そうか、ならいいけどよ……」
サイガはそういうと、壁に立てかけてあった折り畳みのパイプ椅子を持ってきて腰をかける。
「それにしても……」
サイガは辺りをキョロキョロと見渡す。
「一人部屋に入院できるなんて。羨ましい限りだな」
「そうだな。俺もこんな部屋に送られるなんて想像してなかったよ……」
ため息交じりにそう言って、俺は辺りを見渡す。
六畳一間位の部屋に窓が一つ。
その窓際にシングルベットが一つ。
更に小さな冷蔵庫に自動販売機が一台。
普通の病室では考えられない。いたれりつくせりな部屋である。
「ほらよ。ロバーツと俺からの土産だ。病院の不味い飯には飽きてると思ってよ。俺達なりにお前が気に入りそうな物を入れておいたぜ」
そう言って、サイガはいい笑顔でバスケットを差し出す。
「そいつは、どうも御親切に」
俺はバスケットを受け取る。
今までこんな気遣いをされたことがなかったから。なんだか、むずかゆいな……。
バスケットの中身を見ると、入っていたのは見舞い定番の果物セットだった。
「ほう。色々と入ってるんだな」
初めての見舞い品にウキウキしながら中身を確認していく。
まず、黄色に少し黒い点が目立つバナナ。大きなオレンジに、真っ赤に熟したリンゴ。更にマンゴーにブドウ。
そして、エロ本……?
「いや~。お前の趣味が分かんなかったからさ。
俺の中で、お前が一番気に入りそうなやつを手に入れてきてやったぜ!」
笑顔で歯を輝かせて、グッと拳を握り親指を立てるサイガ。
わざとらしく言ってるようにしか聞こえないけど。彼なりに考えた結果なんだろうし。これはこれで、ありがたく貰うとしよ……。
タイトル:熟練=年齢 まだまだ若い者には負けん‼
「サイガ、おまえは俺の趣味を激しく誤解してる……!」
「……なんだと! まさかそれ以上のものを持って来いと⁉」
「違ぇよ! この年齢ジャンルが既に間違ってるんだよ!」
「そうか、もっと年下モノか……勇者だな。でも、見るだけで我慢しとけよ」
哀れんだ眼差しでサイガは俺の肩に手を置く。
「……はぁ、もうそれでいいや」
いや、良くはないんだけどさ……。
これ以上この話をするのは時と場所的にまずい。
幸いドアは閉まっている為、この会話は外に漏れることはないだろうし。
速やかに終了させるべきだ。
「さて、渡すものも渡したし。俺は姉さんの所に行ってくるかな……」
「あっ、待ってくれサイガ」
「ん?」
立ち上がろうとするサイガを呼び止める。
俺にはまだ用事がある。聞かなければならないこがあるのだ。
「カルミアを……俺の相方を見てないか?」
サイガ、ロバーツが見舞いに来てくれる。ただ、カルミアだけは演習以来姿を見ていないのだ……。
「お前が前に言っていた、白髪で小さな女の子か?」
「そうだ」
「すまない。見ていないな」
「そうか……」
なんとなく、分かっていた答えだが。改めて聞くと更に心配になる。
「まぁ、見かけたら連れてきてやるよ」
「ありがとう。サイガ……」
「まぁお前のおかげで、皆助かったんだ。恩返しはするさ──」
そう言いながら、サイガは立ち上がり部屋を出ていった。
俺も体が治り次第、彼女を探さないとな。
自分の腕に巻かれた包帯を見る。俺が生きてるのは彼女のおかげなんだからな……。
入院して2週間が経った。
何度か医師や看護婦にカルミアの事を尋ねたが。手掛かりは未だにゼロだ。
一体カルミアは何処にいるんだ? もしかしたら、もう既に──。
くそ、馬鹿か俺は!
彼女はどこかで生きている。生きているはずだ……。
考えを変えようと体を起こす。消灯時間が過ぎているため、部屋は暗い。
ただ、窓から入る月明かりで多少は部屋が見える。
窓から見える満天の夜空。一つ一つが燦々と輝く星を眺めていると、突如あの言葉が脳裏をよぎった。
[貴方にはまだ……やり残したことがあるのだから──]
演習の時に聞こえたあの言葉。
やり残した事とは、いったい何なのことなんだ?
ふと、そんな疑問が浮かぶ。
人生の相方を見つけることか?
それとも、死んだ仲間の分だけ生きることか?
もしかして、立ち食い蕎麦でありとあらゆるトッピングをためすことか! ……。いや、それは無いな。うん。
というか、それが最後にやり残したことなら相当小さい男だな俺。
いったい何をやり残してるっていうんだろうな……?
窓から見える夜空を見ながら頭を抱えていると。
コンコンとドアを叩く音が聞こえた。
こんな時間に、いったい誰だ?
「どうぞ」
返事の後にドアがガラガラと音をたてながら開く。
そして、一つの人影がこちらに向かってゆっくりと近寄ってきた。
人影が月明かりが照らす位置まで近寄り、ようやく姿を確認できる。
見慣れた白衣。僅かに顎髭を生やした痩せ細った男性が、煙草をくわえて近寄ってくる。
男は俺の前まで来ると、煙草を咥えたまま、細い目でこちらを睨む。
「君が琴美祢 相馬だね?」
「あぁ、そうだけど……。貴方は?」
「私の名前は、フェルディナント・トーレス。君の相方に会わせてやろうと思ってね。君を呼びに来た」
相方? まさか、彼女の事か!
布団からバッと飛び上がるように起き、トーレスの胸ぐらを掴む。
全身に針が刺さったような激痛が走るが、そんなのはどうでもいい! トーレスの冷たい目を覗き込む。
「あんた、カルミアの事を知ってるのか⁉」
「知っているとも。君よりもずっと詳しく、な」
「なら、教えてくれ! 彼女は生きているのか⁉」
男を逃がさんと、胸ぐらを掴む手の力が強まる。
「今のところ、生きてはいる」
「今のところ、だと?」
「あれは今、生死の境をさまよっている状態だ。今日が山場だろうな」
「なっ……」
その言葉に耳を疑った。
俺のせいなのか? 俺があの時、敵を倒せなかったから……。
そう思うと、手の力が抜けていく。
「どうする。会いに行くのか?」
「……」
「本来なら、破棄寸前の道具に会わせることはないのだが……。あれは、我々の作品で唯一の成功例だ。
なので、その相方である君には会わせてあげようと思ったのだが……必要ないようだね」
そう言うと、トーレスは俺の手を払うなり、ドアの方へと歩き始める。
「ま、待ってくれ!」
トーレスが足を止めて、こちらに振りかえる。
「どうした? 来る気になったか?」
カルミアは今、生死の境をさまよっている。
そうさせたのは、他の誰でもない。俺のせいだ……!
だけど、ここで行かなかったら絶対に後悔する。
だから──
「俺をカルミアの元に連れていってくれ」
ベッドから立ち上がる。
「ッ‼」
足が震えて転けそうになるが、点滴スタンドを掴みなんとか踏ん張る。
そのまま点滴スタンドを杖がわりにしながら、一歩一歩をふらつきながら歩き、トーレスの近くまで来る。
「さぁ早く連れていってくれよ……カルミアの元まで!」
トーレスに付いて行き、一階の受付カウンターまでやって来た。
「なぁ、少し待ってくれよ……」
ゼイゼイと息を切らしながら受付で身分証明書を見せるトーレスにお願いする。
ここに来るまでに、階段という名のデスロードで、俺の体はもう既にボロボロになっていた。
だが、トーレスは知らん顔で手続きを始める。
無視ですか……。
はぁっとため息をつく。
歩くだけで激痛が走るのに。階段なんて降りたら、激痛は絶句する程に跳ね上がる。そんなの分かっていた ことだけど、これ程キツいとは……。
というか、今更だけど。なんでエレベーターで降りなかったんだ?
もはや手遅れな移動手段を思い出している間に、トーレスは書類を書き終えて俺を待っていた。
まぁ、いいか……。
重い足を、前へ前へと進めていく。
痛みは増していく一方だが、一階にいる以上。階段がないことを考えれば気は楽だ。
そう、思っていたのに。受付カウンター奥の扉で俺は立ち止まって……。
「また、階段かよ……」
絶望にガックリと膝をつく。
受付の奥に来たことはないし、仕方ないけど……。
なんでこんな所に、地下室への入り口があるんだよ!
先が見えない程の長い階段。しかも、全身に振動が響きやすい下り階段。
カルミアに会うまで、生きていられるかな?
憂鬱な気分になる一方で、カルミアの手がかりが見つからなかった理由を理解した。
これから先の事は、機密事項だからだろう。
それなら、医師が教えてくれなかったのも理解できる。
「なにをしている? 行くぞ」
そう言うとトーレスは悠々と階段を下り始める。
気楽に言ってくれるな……。
だけど、この先にカルミアがいる。なら、行くしかないよな。
俺は腹をくくり、続くように階段を下り始めた。
ようやく下り終えた……。
長い階段を下ること15分。
既に俺の手と足は、生まれたての小鹿みたいにガクガクと激しく震え、限界ギリギリを迎えている。
本当に長い道のりだった……。というか、なんであんなに長いんだよ!!
もっと階段を短くすればいいだろうに……。それかせめて、エレベーターを作れよ!
ぶつくさと愚痴を言っている間に、ある事に気が付く。
「あれ? トーレスはどこへ行った?」
目の前にいたトーレスの姿が消えていたのだ。
辺りを見渡してみるが、左は行き止まりだ。
なら、と右に目線を向ける。そこには、長い一本道の廊下が伸びていた。
トーレスが階段に一番近い部屋へ入っていくのが見えた。
「おい、待てよ!」
ガクガクな足を引きずり、なんとかトーレスの後を追って部屋に入る。
眩しい程に明るい一面真っ白の部屋。
部屋は1枚の厚いガラスの壁で仕切られており、その向こうの部屋に彼女はいた。
色々な装置を付けられ、ベッドに横たわるカルミア。
その姿に、痛みを忘れて壁に近寄り向こう側にいる彼女を凝視する。
「カルミア……」
言葉が詰まる。
言わなければならない事があるはずなのに、言葉が出ない。
その様子を横で見ていたトーレスが、咥えていた煙草を手に持ち、煙を上に吐くなり口を開く。
「P29は、独立稼働をおこなったせいでこうなった」
「独立稼働だと……?」
「そうだ。演習中、お前が倒した最後の機体。
あれは、お前がやった訳じゃない。
P26が、機体の制御全てを掌握し、脳波コントロールで機体を操作した結果だ。
他の個体は全てダメになっちまったが……。こいつだけは唯一生き残っている貴重な個体だ。まぁその命も、風前の灯だがな……」
トーレスは話を終えると、再び煙草を咥える。
そうか、他の子達はもう既に……。
それに、やはり彼女がこうなっているのは、俺のせいなんだな……。
あの時、俺を助けなければ彼女はこうならずに済んだ。
でも、彼女は俺を助けた。
それはきっと、俺の命が助かる方が、彼女にとって最優先だったからに過ぎない。
だけど、彼女は自分を犠牲に俺を救ってくれた。それは真実だ。そこに至った過程なんてどうでもいい。
俺にとって彼女は命の恩人なんだ。
だからこそ俺は、彼女に言わないといけないことがある。
俺はトーレスの方へと向き直る。
「なぁ。カルミアの傍に行きたいんだ。どうしたら行ける?」
「行ってどうするんだ? お前が治してくれるのか?」
「俺はただ、彼女に礼を言いたいだけだ」
しばらく沈黙が流れる。
トーレスは、頭をボリボリと掻き、ため息をつき。
「ここを出て隣のドアから入れる。行くなら勝手に行けばいい。私は先に帰らせてもらう」
「……ありがとう」
一言礼を言って、部屋を出る。
杖代わりの点滴スタンドにすがるように、歩き続ける。
体のあちこちに激痛が走る。
だけど、これしきの痛みで止まる訳にはいかない。
重たい足を引きずり、ようやくドアの前にたどり着く。
すると、突然スライド式のドアは自動で開いた。
彼女の顔が廊下越しに見える。
カルミア……。
唾を飲み込み、ゆっくりと部屋へ入り、彼女の元まで近寄る。
壁に床と天井。全てが真っ白な不思議な空間。
最初に入った部屋にあったガラスの壁は、マジックミラーだったようで、こちらからは大きな鏡にしか見えない。
そんな部屋の中央。
心電計などの機械に囲まれるように、小さな少女は死人のような顔で眠っていた。
機械の間を通り、彼女のもとへ近寄る。
「カルミア……」
語りかけるように名前を呼ぶが、返事は返ってこない。
俺は数秒目を閉じ心を落ち着かせ、彼女に話しかける。
「カルミア。君のおかげで、俺は今生きていられる。ありがとう……。
でも、俺はこんなことを望んではいなかったんだ。
俺は死に場所を求めてここに来た。だからあの時、お前は俺を助けなくてもよかったんだ。だから、君のその行動は無駄なことだったんだ……でも、君は俺を助けてくれた。この安い命を、君は救ってくれた。
だから俺は、君に助けられたこの命を、君の為に使おうと思う……」
[貴方にはまだ……やり残したことがあるのだから──]
あの時の言葉の意味を。
これから全うしていく。
俺の目標は決まったんだ。だから……
「だから、早くを目を覚ましてくれよ……カルミア」
『──そうですか。琴美祢様は、自分の目標を見つけたんですね』
カルミアの声が聞こえたような気がした。
慌てて彼女の顔を見るが、彼女は眠ったままピクリとも動かない。
「……。あぁ、見つけたよ。
君は、自分の目標をみつけたのかい?」
眠る彼女に問いかけるが。無論答えは帰ってこない。
それでも、聞いておきたかった。俺は目標を、やらなくちゃいけないことを見つけた。
でも、君は自分の目標を見つけたのかい? カルミア。
静かに眠る彼女を背にして、俺は重い足を進ませ部屋を出た。
次回、プロジェクト・アーミー第9話
琴「トーレスのおかげでカルミアに会えたけど。カルミアは満身創痍。
ああなったのは、俺のせいだ……。なら次にカルミアに会った時の為に、もっと強くならないと!
その為にもカルナ、ロバーツ、サイガに俺を鍛えしてくれるように頼むぜ。
それじゃ次回もよろしく‼」