第3話
少し重たい機体頭部に連動するヘッドギア。
乗るというよりも「着る」「包まれる」と言った表現がしっくりとくる空間。
ゴムのような質感のトレースシステムに手足が包まれる感覚……。
出撃前の暗いコックピット空間は、ベッドに寝転がっている次に落ち着く。
感傷に浸って目を瞑っていると、突然正面の多機能表示モニターに電源が付く。
そして、青色の画面に白い文字が打ち出され始めた。
『Mr.Kotomine Are you ready?』
【琴美祢様準備はいいですか?】
それはカルミアからの電文だった。
「ああ、勿論だ……」
『Then please start AI』
【それでは、AIを起動させてください】
「ん? AIは抜いてあるはずだが?」
数分前。整備兵が今乗ってる機体から、厚さ9cm 縦24.5cm 横38cmの小型トランクケース位のAIが組み込まれた装置が抜かれていくのを、この目で見ていた。
『Yes AI was pulled out. But, now I am in place of AI』
【はい AIは抜いてあります。ですが今は私がAIです】
「すまない。よく分からないんだが……」
10秒位経ってから、再びモニターに次の文字が打ち出される。
『Instead of AI, special equipment is included』
【AIの代わりに特別な装置を入れています】
「特別な装置? それは一体どんな装置なんだ?」
『I cannot answer it』
【それには答えられません】
答えられない。つまりそれは探ってはならないモノってことだ。
だから、これ以上聞かない。自分の身のためにも──。
まぁ聞いても、素直に話してくれる訳ないんだけどさ。
「それじゃあ、これからどうすればいい?」
『Start up a AI』
【私を起こしてください】
起こす? いつも通り、音声認証でいいのだろうか?
疑問に思いながらも、俺は小さく深呼吸し唱えるように口を開いた。
「……AI──起動」
「Roger」と打ち出された直後、正面モニターの色が青からグリーンに変わる。
「声紋チェック……完了。琴美祢 相馬様と確認。コード番号P29 カルミア起動します」
カルミアの声が、普段AIの声が聞こえるスピーカーから聞こえて来る。
「御命令を琴美祢様」
「命令だカルミア。機体の各部に異常がないかチェックせよ。異常がなければ機体を起動させろ」
「Roger。各部チェック開始……各部センサー異常なし……──動力システム異常なし……──各部チェック完了異常なし。
AWM-06起動します。ハッチ閉鎖、メイン・サイドモニター起動」
機体の両側の多機能表示モニターが光り、燃料等の残量や数値が表示される。
正面の小型モニター右に、装備されている円形のレーダー画面。更に下には360度をカバーする円形型の警戒用レーダーホーミングが獲物を求めて周囲警戒を始める。
同時に身体を固定するための装置に、身体はゆったりと締め付けられる。
「ALTS起動開始、メインジェネレーター点火、メインコンデンサー電荷上昇中、システム戦闘ステータスで起動。システムオールグリーン、各部関節のロック解除、脚部ロック解除」
機体が少し揺れ、脚部を固定していた装置が解除された。
「ALTS設定を3:4に変更」
ALTS(脚腕部投影システム)が自分が言った数値まで引き締まる。
「ALTS設定完了」
「カルミア、これから動作を確認する。誤差があれば修正してくれ」
そう言って俺は動作確認を行う。
腕や足の各部関節の稼働の確認。地味な行動に見えるが、これも実戦前に必要なことだ。
なれてない機体の特性を知っておかねば、戦いにすらならないからな。
こういう敵が居ない所じゃないとできないことだけど──。
「腕と足の感度に、問題はなさそうだな。次は──」
最後に辺りを見回していると、下の方で白衣の人達が慌ただしく走り回っていた。
何かあったのかな?
「カルミア、聴覚センサーを起動してくれ」
「……」
反応が無い。
ノイズは無いので、通信不良ではないようだ。
「カルミア、聞こえているか? 聴覚センサーを起動してくれ」
「Ro……ger………」
小さく、弱々しい声が伝わって来るのと同時に、聴覚センサーが起動した。
次の瞬間、スピーカーから慌ただしい叫び声が聞こてきた。
「急いで輸血だ!」「クソ! こいつはダメだ」「1番と5番は停止させろ。それ以外の様子はどうだ?」
「2番と3番はダメです。ですがそれ以外は正常に稼働中」「では、6~9番 18番の相方のパイロットの試験は直ぐに中止させろ」「了解!」
輸血? 中止? 一体何が起こってるんだ⁉
白衣を着た人達の行く先にカメラを向ける。
そこには衝撃的な光景が広がっていた。
子供達が座っていた真っ白な椅子が、子供達の口や鼻。目や耳から流れた血で、真っ赤に染まっていたのだ。
な、なんだ? 何が起こってるんだ⁉
思いがけない事態に、頭の回転が追い付かない。
そんな時、ふとメインモニターの端に映るカルミアの姿が目に入った。
彼女は一番右の装置に座っていた。
彼女も他の子同様、鼻からは血を流し、白い服を真っ赤にしてぐったりとした様子に、
「カルミア!」
思わず声を荒げ、彼女の名前を呼ぶ。
「琴美祢さ、ま……」
死にかけたように薄れた声で返事が返ってくる。
「何があったんだ⁉ お前は大丈夫なのか?」
「…………機体の情報量が一斉に流れて……来ました。それを処理できず……ですが、もう大丈、夫です。さぁ、ご命令を琴美祢様」
声を聴いただけで、彼女が今危険な状態であることがはっきりと分かる。
原因も分かった。ならやることは一つだ!
「今すぐAWとの接続を切れ! これは命令だ!」
「私自ら……AWとの接続を断つのは、不可、能です」
「なら、どうすればいい!」
「私は……手足を拘束されているため、頭の装置を取ることが、できません……」
「なら、今すぐ下にいる連中に、外す様に伝え──」
「それは、ダメです……。上層部から接続を停止させる命令は下されておりません……」
そう、彼女は道具……そう呼ばれている。
見た目は子供そっくりでも、大人達が自分達のエゴで生み出した道具なのだ。
だが……そんなの俺には関係ない! この子達は、話もするし自身の感情も持っている。ちゃんと生きているんだ! こんな所で、こんな実験の為に死なすなんてこと、俺はさせたくない。
「どうしたら……俺は、どうしたらいいんだ」
どうにかして、カルミアを助け出そうと考える一方、下の方では事態は最悪な方へと向かっていた──。
〇
[13番格納庫内]
「主任。2~5番、14番、19番は、稼働可能です。それ以外は、残念ながら……」
カルテを片手に白衣を纏った茶髪の若者。ロニ・ピアーズは、全員の検査を報告を主任と呼ばれている男に報告する。
「そうか。まだまだ改良する必要があるな」
そう言って主任はタバコを口に咥えてライターを取り出しす。
「主任、ここ禁煙ですよ」
「……ダメかな?」
「ダメです」
「……」
ロニの注意に、残念そうに主任はタバコを箱に戻す。
その傍を行動不能になった子供達が担架で運ばれていく。
この子達は、これ以上使えない様なら廃棄処分となる。
ロニはその未来に目を背ける。
「さて、残ったものは引き続き目標地点へ向かわせろ」
「続けるのですか?」
「この研究には、長い年月と莫大な金がかかってる。今、問題が起こってない道具は使えるだけ使い。今後の糧にする。
糧になった奴等の分、研究は進んで行く。だから──彼らの死は無駄ではない」
良い事言っただろ。と、どや顔の主任。
「はぁ。そうですね」
軽い感じでロニが返事を返す。
主任は、コホンッと一つ咳払いをして場を濁す。
「さて、使えなくなった道具を退けたら稼働できる機体だけ任務を続行させといてくれ」
主任はロニの肩を軽く叩くと倉庫の出口へ歩き始める。
「ちょっと、主任! 何処へ行かれるのですか!」
引き留めようとするロニを背に、主任は手を上げる。
その手には──。
「煙草だよ。タ・バ・コ。終わったらモニター室向かうから準備しといてくれ」
そう言うと、主任は煙草を口に咥え倉庫から出て行った。
用語説明
ALTS(脚腕部投影システム):操縦者の手足の動きを、機体の駆動と反映させる為の装置。
操縦者が肘や膝を10度動かせば、機体は素早く30度程に動く。
次回予告、プロジェクト・アーミー第4話。
カ「目標地点に集まった5機のAW。
そこに突如襲う銃弾の雨。被弾し炎に包まれるAW!
地面を叩き近づいてくる弾痕!
相馬、君は生き残る事ができるか……」
琴「あれ、俺の出番は?」
カ「次回もお楽しみに!!」