第18話
ピピピ、ピピピ。
鼓膜を震わせるような音に眼が覚める。
セットしていた目覚ましが鳴っているのに気が付き、気だるげに手を伸ばす。
「分かってる、から……」
頭上の目覚まし時計のスイッチを叩く。
アラームが止んで数秒布団にうずくまり、すがすがしい空気の中、ゆっくりと起き上がる。
時計を見れば時間は7時1分。片付けられた机の近くにはロバーツ達の姿はなく、2人にかけていた毛布だけが畳まれて机の上に置かれていた。
そうか、帰ったのか……。
「……顔でも洗うか」
※
鏡に映る泡だらけの自分に顎に、髭剃りの刃を当てて考えを巡らす。
これからの事を──。
試験部隊への配属。それにカルナの問い……。
それらを踏まえても、今後戦闘になるのは明らかだ。
俺はカルミアの為に引き金を引く。
でも、カルミアの手を汚させたくはない。
かといって、カルミアがそれを受け入れてくれるだろうか?
いや、普通に言っても無理だろうな……。
「どうしたものか……って、あれ?」
あることに気がつき手が止まる。
「なんで鏡が曇ってるんだ?」
それに──さっきから少し大気が熱い。
異変に気付いた直後、白い靄が通る。
これは湯気?
不思議に思って湯気が漂う方をみると。
風呂場には小さな少女がいた。
もちろん裸で……。
「うわぁあああああっ‼」
あまりの出来事に、思わず奇声が上がる。
白い湯気に隠される幼き肌。今まで浴槽に浸かっていたのか、彼女の長い銀髪からぽたぽたと雫が落ちる。
その姿は、まるで妖精のよう──って、俺は何を冷静に凝視しているだんだ⁉
手で目の前を塞ぎ顔をそむける。
「すまないカルミア。入っているとは知らず……直ぐに出るから‼」
急いで部屋を出ようとした直後、クイッと服を引っ張られ後ろにつんのめる。
「どこに行かれるのですか琴美祢様」
彼女に止められ、俺は廊下に体を向けたまま恐る恐る答える。
「いや、ちょっと台所に……」
「髭剃りの途中なのにですか?」
「いや、その。台所でしようと思って……」
「ここですれば良いのでは?」
「いや、君の裸を見ることになるし……そういうのは君も嫌だろうし──」
「私は問題ありません」
いや、問題あるんだけど……。
このままじゃ埒があかない。話をすり替えて、さりげなく逃げ出そう。
「──そういえば、カルミアは何でお風呂に入ってるんだ?」
「サイガ様に勧められたからです」
あいつの仕業か!
こうなることが分かっていてカルミアを風呂に入れたな!
あの野郎、後で覚えておけよ……。
「そ、そうか。それで、カルミアは何でここに来たんだ?」
「今日の集合場所を伝えに着ました」
「そうか。それで、何処に行けばいいんだ?」
「はい。本日1000時にC棟の作戦会議室に集合とのことです」
作戦会議室。
カルミアと初めて出会ったあの場所か。
「分かった。ありがとうカルミア」
「琴美祢様のお役に立つのが私の役目です。
礼などは不要です」
「そこはお礼を素直に受け取って欲しいかな……」
「はい、すみません」
別に怒ってる訳じゃないんだけどな……。
まぁいいか。
「それじゃ、俺は台所に行くよ。朝食も作らないといけないしね」
そう言って俺は、カルミアの手を振りほどき、急いで洗面所から出て行く。
「よし、脱出成功。後はこのまま台所で髭を剃れば任務完、りょ、う……」
作戦成功に上がっていたテンションは、台所に付いた途端急に冷めた。
それは何故か? 俺はあることを大事なことを忘れていたからだ。
『髭剃りを忘れた……』
ついでに台所に鏡が無かったので、結局髭はカルミアが出てから剃ることになった──
※
時間は流れ時は0800時。
円卓のテーブルに置かれた朝食を、ただ黙って食べる沈黙の食卓。
天気は快晴。落ち着くようなクラシック音楽を聴きながらの沈黙なら、どれほどいいか……。
まぁ、音楽なんてもの流れてない訳で、沈黙しているのは気まずいからである。主に俺が。
朝の1件があってから、俺はカルミアとまともに話してない。
お互いに話題がないから当たり前なんだけど……。
このままでは、任務に支障が出るかもしれん。
カルミアから話さない以上、ここは大人である俺から話題を出さねば!
「なぁカルミア……」
箸を止めて、俺は意を決して口を開く。
「君は女の子だ。少しは恥じらいを持って行動した方が良いぞ」
なんで、俺は説教を垂れてるんだッ⁉
「肌を見られるのが恥なのですか?」
小首を傾げるカルミア。
あれ? 反応してくれた。理想の話ではないが、ここは繋げなければ──
「そうだな。普通年頃の女の子だったら素肌を見られるのは苦痛だと思うぞ?」
「そうなのですか?」
「あぁ、だからお風呂に入る前は、ちゃんとカギを閉めておくように」
カルミアは納得したように「はい」と短く返事を返し、再び食事を始める。
俺もそれに続き箸を白米に伸ばす。
「……」
しまった! 話題が止まってしまった!
な、何か。何か話題はないのか⁉
食事をしながら思考を巡らしていると、
「琴美祢様、先程から何を考えておられるのですか?」
こちらを見ながらカルミアが不思議そうな顔で尋ねてきた。
どうやら、顔に出てたようだ。
「あぁ、呼び出された用件について考えていたんだ。
……なぁカルミアは何か知っているか?」
「はい。本日行われるのは新型の実戦配備の話です」
あの新型、もう実戦に送るのか──
「それで、ミッションの内容は?」
「詳細は私にもまだ知らされていません」
「そう、か」
食べ終えた箸をお椀に置く。
「……なぁカルミア。
君は、戦闘になれば引き金を引くのか?」
「肯定です」
即答か……。
膝の上に置いた手で拳を握り、意を決する。
「なぁカルミア。君にお願いがあるんだ」
「お願いですか?」
小首を傾げる彼女に俺は無言で頷く。
「君には、守りに徹して欲しいんだ」
「──それはつまり、私の力が不足だと?」
「いや、そうじゃない。そうじゃ、ないんだ、だけど……」
「では、どうしてその様なことを言うのですか?」
「それは──君に、人殺しをさせたくないから!」
「なぜそのようなことを?」
「君は、まだ子供だ」
「ですが、私はその為に作られました。それに、子供で兵士になる子もいます」
「そうだけど、いや。それでもダメだ……!
俺は君に人殺しをさせたくない。だから──頼む。俺の願いを聞いてくれないかッ!」
姿勢を正して頭を下げる。
「願いですか? 命令ではなく?」
「確かに命令すれば君は言うことを聞くかもしれない。
でも、できれば命令ではなく君自身で決めて欲しい」
「私がその願いを断れば、琴美祢様はどうなさるので?」
「そのときは、君の全ての責任を俺が背負う」
「私が殺したら罪を被さり。私が殺さなくても琴美祢様は殺して罪は消えない。
結局琴美祢様が負うリスクは変わっていません」
「──そうだね。
でも、君の手が血に染まらないなら俺はそれでいい」
「本気で言ってるのですか?」
「君は俺の表情だけで何を考えているのか分かるんだろ?
俺は嫌な顔をしてるかい?」
「いえ……、分かりました。
琴美祢様の願いを聞き入れます」
「そうか。それはよか──」
安堵した直後「ですが」とカルミアは続ける。
「私からも条件があります」
「条、件?」
「はい。貴方が危ないときには、私も引き金を引くのが条件です」
「──それは」
俺は口を瞑った。
それでは結局、彼女の手を汚してしまうことに繋がるからだ。
沈黙が続く中、
「私は貴方を守る為に作られました。
だから、その任務だけは果たさせてください」
「……俺を守るために、か」
それでも人は殺してほしくはない……。
チラッとカルミアに視線を戻す。
彼女はジッとこちらの返事を待っていた。その感じから条件を変えてくれそうにない。
これを断れば俺の願いは無かったことになる。
そうなれば当然、彼女は今後人を殺すために引き金を引き続けるだろう。
そんなのは……それだけは、ダメだッ‼
「分かった。その条件を吞もう」
「ありがとうございます」
そう言って軽く頭を下げるカルミアは相変わらずの無表情。
こういう時くらい、笑ったり訝しんだりとかして欲しいものだな。
だが、そう思う俺もこの時だけは、どんな表情をすればいいのか分からなかった。
微妙な気持ちをため息に混ぜ、俺は腰を上げる。
「さて、食器を片付けてカルナ達の所に行こうか」
「はい。琴美祢様」
※
今の時間は0959時。
作戦室にいるのは俺とカルミア。それにカルナ達。
それプラスでトーレスが張られた幕の前に立っていた。
「それでは、ブリーフィングを始める」
トーレスの一言に全員の視線がトーレスに向けられる。
「諸君らはすでに知っているかもしれないが、ここに居るのが新たに設立した部隊のメンバーだ。殆ど見知ったメンバーだろうし、自己紹介はなしだ」
そう言うと、トーレスは部屋の明かりを消した。
直後、真っ暗になり幕に投影された画像が表れる。
映るのは長い滑走路とそれを取り巻く荒野。それは乾いた土の上にぽつりと存在する軍事基地だった。
「この画像に映るのは中東の中心に作られた傭兵部隊のみで設立された空軍基地だ。
我々は今日の2200時に、機体と共にここへと向う」
「我々はそこに編入させられると?」
カルナの問いにトーレスは首と横に振る。
「編入されることは無いが、向こうとミッションを共にすることはあるだろう。
こっちもタダで基地に居れる訳ではないからな」
「ケースバイケース、か。
なら、もう二つ質問だ。武器と弾薬、それに整備と補給はどうするんだい?
それに、我々のミッションの内容もだ」
「ならまず、二つ目の質問に答えよう。
君達に行ってもらうのは新型の実戦データの採取だ。今中東では反乱軍の動きが活発化している。
これを利用しない手はない。君達には戦闘に参加し反乱軍との戦いでデータを得て欲しい」
「その新型ってのは、俺達にも貰えるのかい?」
サイガの質問にトーレスは答える。
「いや、新型は1機のみだ。
登場者は琴美祢相馬、P-2……カルミアのみだ。君達には申請された機体を用意しよう。
武装、機体は好きに言ってくれ」
「いたたれつくせり、だな」
ロバーツの言葉に「恐ろしいほどにな」とロバーツの隣に座っていたサイガが笑って返す。
「さて、最後に1つ目の質問だが、それは基地で入手してもらうことになる。
先程言ったが、反乱軍の動きが活発化している。
ここは今では最前線だ。
対空ミサイルやバルカン砲の弾は勿論、AWの武器も、ハンガーもある」
「それも好きに使って良いのかい?」
カルナの質問に「勿論だ」とトーレスは答える。
中東の反覧軍との戦闘に、新型のデータ収集。
新型のデータが欲しい奴からしたら理に叶っている。
俺は自分の手の平を見て思う。
俺は人を殺せるのだろうか? と……。
いや、やらないといけないんだ。カルミアを、仲間を守る為にも。
──俺はもう、仲間を見捨てたりはしない。
手を握りせめて新たな決意に燃えていると。
「琴美祢様、どうかされましたか?」
隣に座っていたカルミアが、不思議そうに尋ねる。
「いや、何でもない。何でもないよ」
微笑むように答えると「そうですか」と軽い返事を返して、カルミアが前へと向き直る。
俺も前を向き直る。
「私はこれから機材の準備をする。
君達は2200時までに、出発の準備をしておくように。
以上だ──」
そう言い切り、トーレスは部屋を出て行った。
「さて、私達も準備するよ」
カルナが部屋を出ようと立ち上がると、サイガとロバーツは「へい」と答え後に続く。
「さて、カルミア。俺達も準備に取り掛かるか」
「はい。琴美祢様──」
※
カツカツと音を立ててお供を連れて廊下を歩く。
「なぁ姉さん。新型の件、奴に任せていいんですか?」
「なんだいサイガ、私がアイツに預けたのがそんなに不安かい?」
「そうじゃないですが……。
姉さんの方が適任だと思ったまでです」
「フン、あんな派手なのに乗って的になるのは嫌なんでね?」
「それはそれで相馬が可愛そうに思えくるな」
「なら、ロバーツお前が乗るかい?」
「あはは、絶対に嫌です!」
ロバーツの拒絶にサイガも私も笑う。
「それにしても機体を好きに選べるなんて、大盤振る舞いだよな」
「その代わり、死地に送られる可能性も高いんだろうぜ……」
「なんだよサイガ。お前ビビってんのか?」
「チゲぇよ。ただ、その分リスクもデカいってことを言ってるんだよ!」
「デカくっても、やることは同じだろサイガ。
あたし達は詰まる所ただの人間さ。運がつければその辺の石ころでも命は消える。なら、その前に精々生きていることを楽しもうじゃないか」
言い切ると、二人は「違いねぇ」と笑って答える。
「さてお前ら、ぐだぐだしてる時間はないよ。さっさと機体を取って支度だ!」
「「へい隊長(姉さん)」」
次回、プロジェクト・アーミー第19話
琴「目標をなくした俺が、今では新しい目標もできた。
小さい目標ができただけで、こうも変われるものなんだな」
ト「そうだな。人は日々変わって行くものだ。お前もあの子も……」
琴「……お前はもう少し空気を読むようにしろよ」
ト「私は私のままでいるとするよ」
琴「お前なぁ……」
ト「では、次回もよろしく頼むぞ」




