第17話
「──カルミアの様子はどうだ?」
整備中の機体の前に置かれたベンチ。
俺は横に座るトーレスを横目に尋ねる。
「あぁ、ただの過労だ。
やはり子供の体力ではあれが限界のようだ」
「そうか……」
カルミアの報告以外どうでもよく、適当に相槌を打つ。
「それはそうと相馬。新型の乗り心地はどうだったかな?」
トーレスの質問に、泥まみれの新型を見つめて口を開く。
「性能はいいと思う。
ただ、追加装甲の重さで機体の反応速度が低下するのは問題だな」
「それはこちらでも観測していた。
やはり装甲は他の物を用意した方がよさそうだな」
「あれ以外にもあるのか?」
「無論だ。
あれは1番装甲の厚い05の装甲をただ纏っているだけだ。
あれ以外にも、リアクティブアーマー・コンポジットアーマー・ECMマントなどがある。ただ、現状使用できるのはこれしかないだけだ」
それってつまり、未完成な装備で出撃させられたって事なんじゃ?
「これらは今後使って、データを取ってもらう予定だ」
「そうか……」
整備中の皆様が汗水垂らして機体の点検をしているのを見ながら、あることを思い出す。
「そういえばトーレス。
シミュレーション中に出てきた07。あれは誰なんだ?」
「なんでそんなことを聞く?」
「あれからは殺気を感じた。それも、俺を殺そうとする明確な殺気をだ……。
あれはCPUなんかじゃない。あれは一体誰が操縦していたんだ?」
「……」
気難しい顔でトーレスは黙って機体を見上げる。
暫くすると、真剣な表情でトーレスは口を開く。
「実は私も知らないんだ」
「いや、そんなキリっとした顔で答えられてもな……。
本当に知らないのか?」
「あぁ、あの戦闘データは上からのプレゼントだ。
だから、私は何も知らない」
「なんだよ、それ……」
上ってことは、あのベルガンって奴の事か?
そうだとしたら……絶対に聞けるわけがないな。
はぁ~と、深いため息を吐いて、俺は重たい腰を上げる。
「それじゃ、俺は部屋に戻るとするよ」
「? 幼女を部屋に招いて何かするのか」
「しねぇよ! てか、言ってねぇよ! いい加減そのレッテル止めてくれない⁉」
「あれなら、医療スタッフが面倒を見てくれている。
お前の心配は絶対にいらんよ」
「聞いてねぇよ! てか、話を聞けよ!」
ダメだ、こいつと話してたら更に弄られる。ここは、素早く撤退するか……。
倉庫を出ようと歩き始めた直後
「相馬!」
トーレスに名前を呼ばれ足を止め振り返る。
「なんだよ?」
「そんな、不機嫌そうな顔をするな。
新型の性能結果なんだが、予想以上の結果だった。
よくやってくれたな」
照れくさそう、という訳でもなく。
真面目な顔で言い放つトーレスに悪寒が走り身の毛がよだつ
「なんだよ、いきなり褒めて。
なにを企んでる?」
睨みをきかせて警戒する俺に対して、トーレスはフっと笑う。
「いや、何も企んではいないさ。
ただ、分かったんだ。彼女が君を選んだ理由が、な」
そう言って、トーレスは口を瞑り機体を見上げる。
「……そうか」
トーレスに背を向け再び歩き始める。
そうだな……。
「俺も、選ばれてよかったと思うよ──」
※
ようやく帰ってこれたと、安堵しながら鍵穴に鍵を差し込む。
結局あの後、カルミアには会いに行ったが、面会はできなかった。
衰弱しきっているからなのか、それとも用心のためなのかは分からない。
ただ、あの時のカルミアのぐでっとした姿は未だに目から離れない。
カルミアは決して弱音を口にしない。それは、俺の事を気遣ってくれてのことなのか。それとも自分自身のことに疎いのかは分からないけど。
せめて何か言って欲しかったな……。
おかげで、こっちは心配で今にも胸がはち切れそうだ。
ため息混じりに鍵を回し、扉を開ける。
すると、部屋の奥から声が聞こえてきた。
明かりが付いている。誰か来ているのか?
カルミアは絶対ないとして、トーレスも絶対ないな。
アイツが誰かとつるんでいるのなんて見たことないしな……。
それに、靴は3人分ある。カルナ達で確定だな。
靴を脱ぎ部屋に上がる。
リビングに入る扉まで来ると、ようやく話し声が聴こえてきた。
「お前ら準備はいいかい?」
「「いつでも!」」
やはり、カルナ達か。
それにしても何の話しをしてるんだ。
準備? パーティーでも始めるつもりか?
俺の誕生日なんてまだ先だぞ?
なら、カルナ達の誰かの誕生日パーティーか何かか?
おいおい、俺まだ誕生日プレゼント用意してないぞ。
今からでも買いに──
「よーし。
水着グラビア5点、ヌード10点、エロDVD50点、恥ずかしい日記なら60点だ。
さぁ、点が多い奴には褒美をやるよ。しっかり探しな!」
「「オー‼」」
「いや、ちょっと待てッ!」
勢い良く扉を開けて止めにはいる、が──
「テレビ台の下、タンスの裏なんかが狙い目だよ」
「探すなよ」
「おいサイガ、このタンスの下なんて怪しいぞ。
動かすから手伝ってくれ」
「だから、続行するなって!」
「おう、でも見つけも点数は山分けな」
「お前らは山賊か!?」
「あれ、これ結構重いな……」
「話を聞けよ! なぁ、カルナも止めてくれよ……」
「お前ら、ベッドも剥いで調べるんだよ」
しまった。こっちもノリノリか!
仕方ない、もう2人を止めるのは諦めよう。
「それで、カルナ達は何で俺の部屋にいるんだ?」
「ん? 見ての通りさね。
アンタの部屋を荒らしに来た」
「疲れてるんで、帰ってくれませんか。割とマジで……!」
「まぁ、そんなおっかない顔をするんじゃないよ。
ちゃんと、用事はあるさ」
「ようじ?」
小首を傾げる俺に、カルナは胸ポケットから一枚の紙きれを取り出す。
「──琴美祢 相馬。
元陸上自衛官、階級1等陸曹。入隊後、AW部隊に送られ、2年間の練習を経て第18AW小隊の隊長となる。
それから1年後、部隊は解体……」
「なんで、その事を知っている?」
「私の部下になる男の事はしっかりと知っておきたいんでねぇ。
悪いが調べさせてもらったよ」
「……俺のことを調べたのは別に構わないよ。
それに俺はいつアンタの部下になったんだ?」
「今日だよ。
正式には午後3時だがね。試作モデルの実験部隊が設立された。
部隊長は私。隊員はあの嬢ちゃんと、ここにいる全員って訳だ」
まだ、数回の試験で実戦部隊送りか……。
「それで、その報告と祝いの為に来たと?」
「いや、少し違う」
そう言ってカルナは紙をしまい、真面目な顔で訪ねる。
「アンタは人を殺すことができるかい?」
「いきなり何を……いや、当然の質問か」
「分かってるようだねぇ。
その通りさ、履歴にはアンタの戦闘回数も撃破数も0だった。
だからこそ聞きたい。アンタは戦場で人を殺すことができるかい?」
「やっ……」
言いかけた言葉を俺は引っ込める。
言葉だけなら何とでもなる、そう思ったからだ。
それに、カルナはこんなマヌケな回答は求めてい無いだろう。
なら答えは1つだ。
「──分からない」
真面目にそう答えると、辺りが呆然となる。
カルナなんて、ポカンと口を開けていた。
まぁ、そりゃこんなこと真面目に言う奴もいないだろうしな。
これは、怒られ──。
「ふふふ、アハハハハハハッ!」
突如、甲高い笑い声が部屋に響き渡る。
カルナは目に涙を浮かべながら、腹を抑える。
「いや、そんなマヌケな回答を真顔で言う奴は初めて見たよ!
そうかい、そうかい。分からないかい……」
一通り笑い終わると、カルナは目に浮かぶ涙を拭く。
「さて、飯にするよ。
話しはその後でもいいだろう──」
※
洗濯機がガタガタと振動しながら服をクルクルと回していく。
「残り28分か……」
洗濯機に表示される時間を確認して、俺は脱衣所を出る。
廊下に出ると、先程廊下まで聞こえていた3人のバカ騒ぎが聞こえないことに気が付き、リビングを目を向ける。
リビングの明かりが消えてる?
ゆっくりと廊下を歩きリビングに向かう。
あの後、結局俺が全員分の飯を作ることになった。
一通り食べ終わったのを最後に、俺は皿を洗って風呂に入ったのだ。
そう言えば風呂に入る直前、酒を買いに行くとかなんと聞こえたけど……泥酔してたりしてないよな?
リビングに繋がる扉をゆっくりと開く。
月明かりが差し込む部屋の中央。
そこには、サイガとロバーツが机を中心に仰向けに寝転がっていた。
「本当に寝てるとは……」
まぁでも、それも無理はない事なのだろう。
これだけ、お酒を飲んでればな……。
先程風呂に入るまで、奇麗だった部屋が、たった数十分そこらで空き缶や空き瓶に占領されていた。
これ誰が片付けるんだよ、まったく。
落胆していると、不意に誰かが話しかけてきた。
「やぁ、琴美祢。まだ起きてたのかい?」
声のする方に顔を向ける。
窓際に置かれたベッド。その上に腰を掛けて、缶ビール片手に不敵な笑みを浮かべる人物。
「カルナ、か。
アンタこそまだ起きてたんだな」
「そりゃ、アンタに話があるからねぇ」
「話? 俺に?」
訝しめる俺に、カルナは「あぁ」と相槌を打ち、持っていた缶ビールを一気に飲み干す。
「ふ~、琴美祢。アンタは、人が殺せるか分からないって答えたねぇ。
それは、今では変わらないかい?」
「酔ってます?」
「……いいから答えな」
冷静な声で睨まれる。
どうやら酔ってはいないようだ。
といって、酔っていたとしても答えは変わらないけどな。
「あぁ、変わらない。殺せるかどうかなんて、その場に遭遇しないと分からない」
「いや、アンタに人は殺せないよ」
平然と言い切られ、俺は彼女を睨みながら尋ねる。
「……その根拠は?」
「そんなのアンタの履歴を見れば分かるさ。
アンタは憎しみで引き金を引く。でもそれは、憎いから殺す訳であって、憎くない者、関わりの無い者は殺せないって事でもある訳だよ」
カルナは空になった缶をそっと机に置く。
「憎しみでしか引き金を引けないような奴は、味方がやられるまで引き金を引けないものなのさ。
そんな奴が仲間に居たら、おちおち背中を任せられないだろ?」
「なら、守る為に引き金を引けばいい」
真剣に答える俺に対し、カルナはフッとあざ笑う。
「無理だ。アンタにそれはできない」
「そんなことは……」
「『無い』と、本当に言えるかい?」
「……」
「言っておくが、今のお前では絶対に引き金を引けないよ。
それを今証明してやろう」
そう言って、カルナは後ろに手を回しある物を取り出す。
それは、月明かりに照らされ銀色に輝く姿を現す。
「Mark XIX.50AE。通称デザートイーグル。
人間1人を殺すには、チト大げさな代物さねぇ」
武器をチラつかせるカルナに、俺は貯まった唾を飲み込む。
冷や汗が溢れて止まらない。これからカルナが何を言い出すのか、何となく分かる。
それが、もの凄く恐ろしいのだ。
重苦しい空気の中、突如カルナは銃を机に滑らすように、こちらに投げ渡す。
机に置かれた空き缶が、銃に当たり金属音を奏でて飛び散り、恐ろしいと感じる程に鈍く美しく光る銃が、自分の手元でピタリと止まる。
「さぁそれで私を撃ってみな」
「なんの冗談だ? 流石に笑えないんだが……」
「笑わなくていい。私はジョークを言ったつもりはない」
カルナはいたって真面目だ。それは目を見れば分かる。
だからこそ、俺はこれをすぐに手にしなかった。
何かのジョークだと信じたかったから、あんなことを聞いたのだ。
これを世間では「無駄な足掻き」と、言うんだよな。
拳銃を取るのを渋っていると、カルナが口を開いた。
「アンタは仲間の為なら撃てると言ったねぇ。
なら、こうしよう」
カルナは人差し指で銃を指す。
「その銃で私を殺してみな。出来ないなら、私はアンタの代わりにアイツを使いまくってやるよ。
──壊れるまで、ねぇ」
「ッ‼」
カルナの歪みない言葉に全身の毛が逆立つ。
「それは、本気で言ってるのか……?」
「さぁ、どうかねぇ」
カルナの目に歪みはない。真っ直ぐと冷えきった瞳が俺を刺し貫く。
本気、か……。
目の前で横肌を晒す拳銃に、俺は恐る恐る手を伸ばし。
──銃把を握りしめる。
触った直後はひんやりと冷たかった鉄の塊も、すぐに気にならない程に、ほんのりと熱を纏う。
「ようやく、殺す決心がついたかい?」
そんなもの、着くものか……!
「なぁカルナ。アンタは人を殺したことがあるか?」
「あぁ、もちろんあるよ」
「……なら聞くけど。初めて人殺しをした時、アンタはなんで引き金を引けたんだ?」
俺の質問に、カルナは薄気味悪い笑みで答える。
「……簡単だよ、私の怒りに触れたからさ」
「怒り?」
「そう、怒りだよ」
釈然としない答えに、俺は黙って息を吞む。
そして、数秒の間を開け。こちらを見ることなくカルナはゆっくりと語り始めた。
「私が人を初めて殺した相手は、デリー・A・クータス。
自分の部下だった男さねぇ」
「なんで、部下を殺したんだ?」
「フンッ、そいつは命令を逸脱してねぇ。民間人を殺そうとしたのさ。だから私はそいつを殺した。
それからは、人を殺すのに躊躇わなくなったよ」
ふっと笑ってカルナは立ち上がり両手を広げる。
「さぁ、今度はお前の答えを聞かせて貰おうかい。琴美祢」
「俺は……」
どうすればいい?
「まだ迷うのかい?」
そりゃそうだ。俺に仲間を殺せるわけがない……。
無気力に武器をぶら下げていると、カルナは「がっかりだよ」と言わんばかりに落胆し、両手を下げて歩き始める。
「……どこに、行くつもりだ?」
「今からアンタの仲間を弄りに行くのさ。
そうすれば、アンタも少しは考えを変わるだろ?」
「ま、待てカルナ!」
呼び止めを無視して、カルナは俺の横を通り玄関へ向けてゆっくりと歩いていく。
俺はといえば、カルナを背にただその場に立ち尽くし、未だに銃すら向けられないでいた。
こんな言葉じゃ止まるわけがない。なら銃を……いや、それだけは。
「そう言えば、あの子は兵士だったねぇ」
その場に止まっていたカルナは俺を横目で見るなり、薄ら笑みを見せて言い放つ。
「どうやったら、アイツは生まれてきたことを後悔するだろうねぇ?」
カルナの言葉を聞いたその直後、そこから一瞬のことを俺は憶えていない。
気づいた時には、今までぶら下がっていた獲物を両手で構えてカルナに向けていた。
だが、未だに引き金を引くには至らない。
「今更何を迷ってるんだい? 私はお前にとっての敵だろ。
なら、撃てばいい。例え仲間だと思っていたとしても、今の状況でお前が取るべき行動は、私を殺すことだ」
「カルミアに手を上げるなんて言わなければ、アンタは俺の敵じゃなくなる」
「確かに、そうだろうねぇ。
でも、現実は受け止めるべきだ」
「考え直しては、くれないか?」
「くどいよ」
「そうか……」
震えていた指先がピタリと止まり、引き金にしっかりとかける。
「たしかに、俺には仲間を撃てない。
でも──カルミアを傷つける奴は別だ!」
銃身を引き絞り、カルナに照準を付ける。
「へえ、いい目になったねぇ。
でも、引けるかい? アンタはそいつを?」
「引けるさ……俺は、カルミアに全てを捧げた。
俺はあの子を守る為に、アンタを撃つ」
「ふふふ。あははははははッ‼」
突如、カルナは腹を抱えて大爆笑する。
「ますますロリコン度が輝くねぇ琴美祢」
「な、なにその新たな度数⁉ 一定数を超えると捕まったりするの?」
「ふふッ。いや、すまないすまない」
「謝る気ないよね!?」
まったく、さっきまでのやり取りはいったい何だったのか……。
針積めていた糸が切れ、構えていた獲物が下がる。
「それで、カルミアには手を出さないでくれるのか?」
「あぁ、あの子がアンタのトリガーになる内は、大切にしてやるよ」
「そうか。それは、良かった……」
安堵のあまりその場にへ垂れ込み、机に背を預ける。
それを見るなり、カルナは背を向ける。
「さて、私は部屋に帰るとするよ」
「いや、アイツら持って帰ってくれよ。
あと、銃も……」
安全装置を入れて銃を差し出す。
だが、カルナはこちらを向こうともせず、玄関の扉を開ける。
「そいつらなら、ほっとけば出ていくよ。
明日午前10時に呼び出しがある。お前は相方としっかり話しておくんだよ」
最後にそう言い残して、カルナは部屋を出て行った。
「言いたい放題言って、最後はとんずらか……はぁッ」
リビングに広がるゴミの山を見て、頭を掻き呟く。
「これ、寝れる時間あるかな?」
次回、プロジェクト・アーミー第18話
琴「俺は、これからどんな罪も背負う覚悟はできている。
人を殺すことも、カルミアの為なら躊躇わない。
だけどカルミア、君にだけは──」




