わずかな過信
「さて、いよいよリアンの研究所の制圧作戦だ」
次の日、ヒューリさんが率いる軍勢がヘンザー城を出た。
「ヒューリさん」
「なんだい?」
「ヒューリさんのことですから考えはあると思うんですけど、ちょっと人数が多すぎませんかね」
大体何人いるかは分からないけれど、明らかに隠密にこっそり何かをするには、数が多い。
「ああ、これはね、どれくらいナナシがいるか分からないからさ」
「ああ、なるほど、ちゃんと対処するためですね」
「うん……、そうだね。君には期待しているよ」
「もちろんです。俺のこの技でなんとかして見せますよ」
何かヒューリさんの歯切れが悪い気がする。何だ?
「わるものさんもついて来て大丈夫ですか?」
「1人で待ってるほうが心配だぴょん」
城にはクリスさん残ってるし、大丈夫だとは思うけどな。
「マイル元皇太子とリッキー殿の姿もその研究所の近くで発見されたようだ。どのような手を打ってくるか予想はつかない」
「警戒はしておいて損はないですね」
さて、研究所の近くまで来たから、能力を発動させてみるか。
オリジナルフェチを発動させてみる。
『現在範囲にいるのは、ヒト、兎のヒトデナシ、犬のナナシ、猫のナナシ、トラのナナシ、ワニのナナシ、牛のナナシです』
地味に索敵にも長けるこの能力。ヒト以外なら相手がよく分かる。
「とりあえずナナシがいるみたいです。犬、猫、トラ、ワニ、牛の5種類です」
「便利だねその能力。距離は空けておいたほうがいいだろうから、ここから戦線布告をしよう」
ヒューリさんは警戒して、研究所から距離のある低い崖の上から、部下に声かけの指示を出した。
『マイル殿! リッキー殿! そなた達には、帝国法の違反の疑いが出ております! 素直に投降し、出頭するように!』
ガチャ!
すると研究所らしき場所から2人のヒトが出てきた。
1人は身なりは豪華だが、太っている。
もう1人はかなりやせこけて目つきが悪い。
「ヒューリ王! わざわざヘスまで来て何の用だ!」
「お前達を捕まえに来た! 全てリアン殿から話は聞いている」
「私を玉座から下ろしておいて、更に逮捕しようというのか!」
「玉座を失っても、ヘスに貢献する方法はあるはずだ! 過ちを認めることもできるはずだ! しかし、この研究所にいるということは、更なる罪を重ねるつもりだろう!」
「うるさい! 私の全てを奪ったお前を許さない! リッキー!」
「はっ! お前らかかれ!」
すると、何体もの獣が現れる。
「やはり……、まだ作っていたのか……」
「魔法も何も効かない兵器だ! これで私が再び玉座に返りさく!」
「そうはいかない! オリジナルフェチ! 対象はナナシだ!」
『了解しました』
「グァァ!」
俺の技により、ナナシは全て倒れる。相変わらず効きすぎである。
「何! まさかあいつが来ているのか!」
「!? 俺のことを知っているんですか!?」
「ヘスにも情報は流れている。それに、リアンからなんとか情報を得ている!」
まさか俺のことを知っているとは。だが、具体的な対策はないはず……。
「お前のために、ちゃんと準備しておいたわ! 来い!」
次に出てきたのは、なんとヒトであった。
確かに形状はヒトだが、それをヒトと言っていいものか迷った。
色は全体的に茶色に近く、目も耳も無い。
「ハハハ! リアンが研究途中だったものを完成させたのだ!」
そのヒトらしきものと、ナナシが同時に襲い掛かってくる。
「くそっ、ダイレクトフェチ!」
『対象はヒト、兎のヒトデナシ、犬のナナシ、猫のナナシです』
? あれはヒトなのか!?
俺のオリジナルフェチの説明にはあのヒトらしきものを示す言葉が出てこなかった。つまりあれはヒトなのだ。
「じゃあ対象はヒトと犬の……」
俺は一瞬躊躇した。ヒトを対象にしてしまえば、味方も巻き込んでしまう。
「大丈夫だ! 私達に構わなくていい」
そんな俺の心情を察したのか、ヒューリさんはすぐに俺にそう言ってくれる。さすがだ。
「じゃあ対象をヒトと犬のナナシ、猫のナナシで!」
『選択不可です! 同種族間なら複数を対象にできますが、それはできません』
え……。
俺はその言葉で思考を失ってしまった。
それにより、ヒトらしきものだけではなく、ナナシすら止めるのが遅れてしまった。
「シュウジくん! どうした!」
「はっ、じゃあナナシ対象!」
その声で我に返り、何とかナナシは止めた。
だが、ヒトらしきものは止まらなかった。
「ぎゃぁぁ!」
「くそっ!」
「化け物め!」
ヒトらしきものも戦闘力は高く、数で勝る味方が止めることができず、反応が遅れた何人かは、倒されてしまった。
「ああ……」
俺は後悔した。
俺の一瞬の迷いが味方を殺してしまった。
これまでも俺の知らないところで、ヒトやヒトガタは死んでいただろうが、それに俺が直接的に関与したことはないはずだ。
だが、今回俺の過信により、被害を与えてしまった。俺は油断をしていた。
なぜあれだけ頻繁にやっていた実験を怠った。なぜ、説明書をいつも読んでいるのに読まなかった。
それは油断以外なんでもない。俺の能力について、自分でもよく分からないままうまくいっていたのなら、これからもうまくいく保障なんて無かったのに、なんとなくで過信してしまった。
「危ないぴょん!」
俺が呆けていると、目の前にヒトらしきものがいた。
俺はそれに何の反応もできなかった。
「変身ぴょん! クゥー!」
「グガァ!?」
俺の目の前にいた相手は、わるものさんが変身した兎によって、倒された。
兎のヒトガタは戦闘力が低いが、生き残るために相手の急所を確実に捉えて、動きを鈍らせることができる。
「キュー!」
そして、大ジャンプをして、なんとリッキーの背後に回り、リッキーの肩を思い切り引っ掻いた。
「ぐっ!」
リッキーが一瞬ひるむと、ヒトらしきものの動きが鈍くなった。
「よ、よし今だ!」
その隙を逃さず、ヒューリさんが指示をして立て直す。
「キュー!」
「この兎が!」
「クゥゥン!」
「わるものさん!」
すばやく逃げてこっち側に戻ろうとしてきたわるものさんだったが、リッキーの魔法攻撃を右耳に受けて、バランスを失って落下してしまう。
そして、変身が解けて、もとの姿に戻ってしまう。
「ヒトガタごときが、私の顔に傷をつけるとは……」
憤怒の表情で、リッキーはわるものさんの両耳をつかんで持ち上げる。
わるものさんは気絶をしているようだが、明らかに顔が苦しそうだ。
「くそ! やめろ! ランク3!」
俺は無我夢中でランク3を撃った。
「グァァ!」
「うげぇぇ!」
「ニー!」
周りは敵も味方も問わず、阿鼻叫喚であった。
「わるものさんを離せ!」
「くそっ、お前の力か! ならば!」
リッキーはわるものさんを近くの池に投げ捨てた。
「な、なんてことを! わるものさん!」
俺は敵を掻き分けて、わるものさんを助けるために、池に飛び込んだ。
意識のないわるものさんは、どんどん沈んでいくので、俺ももぐった。
「かかったな! 『ヒューズ』」
もぐる直前に、俺の耳にはリッキーの声が聞こえたが、それどころではなかった。
「わるものさん!」
池はかなり深かったが、わるものさんがかなり軽かったので、沈むのも遅く、捕まえることには成功した。
ほっ、よかった。だけど、浮き上がるときに気をつけないと……。
そして俺は真上を見て、愕然とした。
池の表面には、何十センチとも思えるほどの氷が張っていたのである。
しまった。これがもぐる直前に聞こえたリッキーの作戦か。
不幸にも俺が最後に使ったのは、インフェクトラやダイレクトフェチのように俺がいなくても発動するものではなく、ランク3、つまり俺がいなければ意味のない能力だ。
ダイレクトフェチ!
すぐにそれを発動させようとした。
『地上に直接的につながっていない水中では匂いを発することはできません。技の切り替えは使用可能な場所で行ってください』
まじか。じゃあ今地上は……。
って、それよりも、このままじゃ死ぬ。
俺は最悪いいが、わるものさんを死なせるわけには……。
わるものさんは今大丈夫なのか?
気絶しているから、意識がはっきりしないし、呼吸の確認もできない。
とりあえず、何とか……、一か八かだ!
俺は逆にもぐった。
この池はかなり深い。
ならば、もしかしたらと思ったのだ。
あ、ある。小さいけど隙間が!
隙間は3つある。ただ、この全てがどこかにつながっているとは……。
どうだ? 一応これを試す。もし無理なら感だ!
まずは左の穴に、ダイレクトフェチを試す。
『地上に直結しない水中では匂いを発することはできません』
俺が試したのは、もしこの穴が水中から出られるところにつながるのなら、オリジナルフェチの発動の可能性があると思ったからだ。ほぼ賭けだ。
あらかじめ射程距離を試しておかなかったので、もしかしたら、左の穴も地上につながるかもしれないが、今は可能性にかけたい。
次は中央の穴に技を使う。
『地上に直結しない水中では匂いを発することはできません』
くそ、これで右の穴も同じだったら……。
絶望の可能性がよぎる、俺の息もかなり危ない。頼む!
『この周辺には対象生物はいません』
! アナウンスが違う! ということは、この穴はどこかは分からないが、地上につながっている?
ナイスだ! 急げ急げ。俺もマジでやばい。
俺は何とかギリギリ入れる狭い穴に入っていった。
真っ暗だ。もう技を使う余裕もない。
一本道じゃなかったら、終わりか……。
俺の能力がそこまで射程が広くないことを祈る……。
ザパン!
「はぁはぁ、げほっげほっ! おえっ、げほげほ!」
幸いにして、穴は短く一本道であり、俺は水から出ることに成功した。
とにかく息を吸う。酸欠状態なのにいろいろ考えすぎて頭がボーっとする。
「あ、わるものさんは……」
とりあえず呼吸を整えて、わるものさんの様子を見る。
「! 息をしてない! 心臓も動いてない」
軽く口元に耳を当てると、呼吸の確認もできず、小さな胸からは鼓動もない。
これは確実にやばい。えーとえーと、どうすんだ?
一旦落ち着け。対処を間違ったら、まじでやばい。
確かこういう場合は人工呼吸と心臓マッサージだったな。
あ、そういえばなんか漫画で、1人しかいなくて中途半端に併用するくらいなら、心臓マッサージをしとくのがいいって書いてあったな。
売れてる漫画だし、信用しよう。
俺はわるものさんの胸に手をあて、胸骨圧迫を行った。
漫画の知識を充てにしないといけない俺はやはり勉強不足だ。
日本にいれば、AEDとかもあるし、すぐにヒトも呼べる……、いや、たとえ日本でも1人でなんとかしなければいけないときはあるんだ。知らないことは罪。これは何でも人任せにしてきたつけだ。
もしわるものさんが助からなければ、俺はこの世界に残って一生償おう。それくらいのことは必要だ。
「ごぽっ……」
「あ……、わ、わるものさん……」
だが、俺の天運は尽きていなかったようだ。マッサージを続けた結果、わるものさんは水を吐き出し、呼吸を始めた。心臓もゆっくりと鼓動を始めた。
「ほ、本当に良かった……」
目こそ覚まさないが、峠は間違いなく越した。ありがとう某漫画。
「すいません、わるものさん、俺のせいで、耳に傷が……」
わるものさんの右の綺麗な白色のウサ耳には、小さな傷と赤い焦げ後ができてしまった。
俺は傷は負っていない。呆けていた俺をカバーするためにこの傷がついてしまったのである。
「そういえば、ここから出れるのか?」
わるものさんを背中に抱えて、歩き回ってみたが、出口が見当たらない。
俺が上がってきた水の近くしか外に通じる道がないようだ。
だがあそこは凍っていて出られないし、仮に出れても、水から出れば音でばれてしまう。
「ん? 何だこれ?」
周りは土しかなかったのだが、1つだけ妙にヒトの手がかかったように整備されていて、そこに紫色の石が埋められていて、その下に象形文字のような良くわからない文章が書いてあった。
「読めないな……」
この世界に来てから、そういう仕様なのか文字は読めたし、言葉も理解できた。
だが、これは文字として理解できない。
「ぴょん……、ここは……」
「わるものさん! 目を覚ましたんですね!」
俺が悩んでいると、後ろから声が聞こえる。
「タジマくん? 大丈夫だったぴょん?」
いつも大きく開いている目は半分くらいしか開いておらず、声も小さいので、まだ本調子ではないようだが、とりあえず意識が戻って安心した。
「はい、本当にありがとうございます。あと、俺のせいで、耳に傷をつけてすいません」
「それくらい大丈夫だぴょん。タジマくんと一緒に帰らないと、でっぱり達に怒られるぴょん」
朦朧としながらも、俺を心配してくれるわるものさんを俺はつい抱きしめてしまう。
「本当に嬉しいです。でも早く戻れないと、ヒューリさんたちが」
「そうだぴょん……。タジマくんの能力がないと……」
「わるものさん?」
ぴょん! スタスタ。
わるものさんが話を突然やめたと思うと、俺から降りて、無表情で歩き出し、そしてさっきの紫の石の前に立つ。
「乚丶人九十入力刀丁又了乃卜凵⺇厂匕几勹冫匚」
「へ? わるものさんなんていいました? うわっ?」
パリン! ガララ!
わるものさんに疑問を投げかける前に、紫の石が割れて、壁が崩れたので、わるものさんを抱えて下がる。




